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第56話(Fin.) 冒険

「僕のことよりも、君たちが無事で本当に良かったよ」

 シロンが療養のため滞在してる宿にお見舞いに来た。

 療養というより、アトリエの住居が住める状態じゃないんで避難してる感じらしい。

「身体はポーションですぐ治ったけど、家がね……。僕はもうあそこには住めないよ、あれだけ犠牲者が出た場所にはね……。住む場所を探してるところさ」

 犠牲者……。ボクのせいなのかなあ。

「気に病むことはないよ、誰がどう見てもフェイは被害者だ」

 ボクの表情を見てシロンが慰めてくれる。

 騎士団の事情聴取でもそう言われたけどね……。

 すごく丁重に扱ってもらったけど、セリスには会えなかった。王女様だもの、もう別の世界の人なんだ。

 イルトのことも心配だけど、しばらくスラムには近寄るなと釘刺されちゃった。


 貧民の暴動が起こったことは多くの市民が目撃してるけど、そこで何があったかはまだ意外と広まってないらしい。

 普通の市民は暴徒に近寄ってないから細かいことは見えてないし、貧民街の住人との交流も多くない。

 噂は飛び交ってるみたいだけどね。

 王女が演説で暴動を鎮圧したって事で人気が爆上がり中なんだって。

 ポーションの無料配布が始まった事もそれに拍車をかけてるんだとか。


 今日からいよいよ妖精祭。

 そんな出来事もお祭りで塗りつぶされてしまう。


 ◇ ◇ ◇


「フェイ、あそこ『妖精の姿焼き』だって」

「むう、悪趣味な……」

「フェイより美味しいかな」

「あんなのがボクより美味しいわけが……ううっ、複雑……」


「おばちゃん、5個入りちょうだい」

「お・ね・え・さ・ん。はいよ、15ブロね」

 おりょ、良心的価格。前世の感覚だとお祭り屋台はお祭り割増なイメージあるけど、こっちの世界はむしろ割引価格っぽい。

 ニアがひとつ手に取ってしげしげと眺める。いわゆるもみじ饅頭や人形焼きみたいなカステラ生地の饅頭で、中に餡が入ってるらしい。姿焼きの名の通り、妖精を象って……るんだけど、ディティール甘々で言われないとわかんないよコレ。真ん中の身体に、周りが頭、手足、羽……あれ、2つ多い。ああ、四枚羽なんだ、ナルホド。サイズはボクが座布団に出来るくらい。要するにもみじ饅頭のディティール違いだね、○よまん……いやなんでもない。

「はい」

 ニアが妖精の頭をもいでボクにくれる。

 ……ううっ、甘くて美味しい妖精の味。

「まったくくだらん、こんなものが妖精焼きだなどと……妖精は甘みが強いから饅頭にしたというのも癪に障る。しかしこの餡は手間がかかっておるな、菓子としては洗練された……」

 ――うわっ!

 妖精焼きをぱくついてブツブツ言ってるのがいると思ったら、いつぞやの食通のおっさんじゃないか。アシアムとか言ったっけ。

 思わずニアの胸の中で縮こまってしまう。

「む、お主はいつぞやの獣人冒険者。お主は知らぬか? 先日の暴動の渦中に妖精がいたという話だが、その行方を……」

 ふい。

 無視して歩き去るニア。

 おっさんも追ってまでは来ないみたい。

 まだ執着してんのかよ……。


 ◇ ◇ ◇


 ~ ~ ~

 

 妖精祭、最終日。

 街は宵闇に包まれ、祭りは最後の賑わいを迎える。

 締め括りとして恒例のセレモニーが行われる妖精の泉の広場。

 今回は成年の儀を迎えて王宮入りした新王女のお披露目を兼ねており、話題の新王女を一目見ようと多くの市民が詰めかけていた。


 民衆のざわめきが大きくなる。

 まず現れたのは、騎士たち。

 金色の鎧に身を包んだ王室騎士が、広場に特設されたステージの周りに丸く等間隔に並んでいく。

 最後の一人が先頭に直立すると、ゆっくりと剣を抜き捧げ持つ。

 同時に銅鑼の音が鳴り響くと、騎士全員が一斉に一息で抜剣して捧げる。

 一糸乱れぬその動きは王室騎士の中でも精鋭揃いであることを物語っていた。

 そして、2騎の騎士を従えてステージに上がって来たのは、王女だ。


 ――ほおおおう。


 民衆からため息が漏れた。

 王族に相応しく豪奢で、それでいて清楚なドレスを纏った第四王女は、誰もが見惚れるほど美しかった。


 おおおおお――。


 王女は歓声に沸く民衆を見渡すと、手を胸の高さに上げてすっと滑らすように振った。

 王女の声を聞くため、民衆が静まる。


「三百年の昔――」

 王女の凛とした声が拡声魔法によって広場中の民衆の耳に届く。

「世界の犠牲になった妖精の伝説は、国民誰もが知るものです」

 王女の、民衆の、今目の前にある泉に伝わる妖精の伝説。

 妖精祭の締め括りとして、改めて妖精に感謝しよう――誰もがそう続くと思っていた。

「私たちは、多くの命を今に繋ぐために、ひとりの妖精を犠牲にしました。決して許されることのないその罪を、私たちは贖い続けなければなりません」

 罪を贖う。

 ――罪。

「この妖精祭の場を借りて祈りましょう。尊い犠牲に、感謝と、償いを」

 王女は両手の指を組んで目を伏せた。

 ――償い。

 その言葉に戸惑いが広がる。

 「自ら」身を投げた妖精に感謝するのが妖精祭であり、今さら償いなんて……。

 しかし、王女の言葉は続く。

「言い伝えは事実とは異なっています。私たちは、私たちの罪を偽り、三百年の長きに渡って罪から目を逸らしてきました。私たちは、私たちの過ちを認め、正さねばなりません。私たちの友であった妖精が、これからも、私たちの友でいてもらえるように」

 王女が言葉を切ると、舞台袖から文官が現れ、恭しく王女に一枚の書状を渡す。王女がそれを受け取る。

「グルーサ国第四王女、セルリア・セリーヌ・フォース・オブ・グルーサの名において、グルーサ王国憲法改正案を以下に発効します」

 王女は書状を掲げると、読み上げた。


『憲法第三条。主権を持つ国民とは、即ち、普人、エルフ、ドワーフ、獣人、鳥人、爬虫人、妖精、またそれらの混血人である』


「以上、今ここに迎え入れた新たな国民である妖精が、身を守るためにその身を隠すことなく、我々と共に生きることを切に願います」


 民衆がざわつく。

 ――憲法改正。

 伝説であり、おとぎ話の中の存在である、妖精。

 それを国民に加える事に何の意味があるのだ、と。

 夢見がちなお姫さまらしい実績作りだと斜に受け取る者もいた。


「私たちの友人に祝福を!」


 王女が泉の妖精像を指し示す。


 多くの流し灯籠で彩られた泉。

 その明かりに淡く浮かんでいた妖精像に魔法灯が照らされた。

 幻想的で美しい景色に人々からため息が漏れ、ぱらぱらと拍手が起き、広がっていく。


 ――そのとき。

 魔力の光を鱗粉のように散らしながら、妖精像の上に何かが舞い降りる。

 誰もが息を呑んだ。


 妖精。


 魔法灯の明かりに浮かんだのは、誰もが知る伝説に語られながら、誰も見たことがなかった、妖精の姿。

 手のひらに乗りそうな、小さくて可憐な少女。

 濃い目のブロンドと淡い水色の衣をなびかせ、背に浮かぶ二枚の魔力の羽で宙を舞う。

 おとぎ話が現実となって、皆の目の前に現れた。


 妖精は光の粒を散らして像に戯れるように舞ったかと思うと、一息に民衆の頭上を飛び越えて王女の元へ飛んだ。

 王女の周りをくるりと回ると、正面で向かい合う。


「フェイ……」


 王女が差し出した手に妖精がふわりと舞い降りる。

 王女は民衆に向けて妖精を掲げた。

 その手に立つ妖精が、小さな手を大きく振って一礼する。


 まさか。

 本当に。

 妖精が。

 ――驚きと感動に沸き立つ民衆。


 王女と妖精が目を交わす。


「セリス――ありがと」


 鈴のような妖精の声は、拡声魔法に乗って民衆の耳にも確かに届いた。

 彼女は光の粒を散らしながらまた民衆の頭上を越え、ふっと闇に紛れる。

 誰もが言葉を失っていた。

 そこに王女の声が通る。


「誓いましょう。我々と妖精は永遠に友であることを。本日を妖精憲法記念日とし、本年の妖精祭の締めくくりとします」


 ~ ~ ~


 ◇ ◇ ◇


 後日。


 冒険者組合。

 噂を聞きつけた人たちで満員だ。

 顔ぶれは冒険者だけではなく、一般市民も多くいる。子供たちの姿もある。

 カウンターにいるのは、ニアとボク。


「本日、改正憲法の公布により冒険者登録が受理されました。冒険者フェイ、種族は妖精。こちらが冒険者証になります。このサイズは特注ですよ! 妖精の冒険者第1号です、おめでとうございます!」


 ネケケさんの手で冒険者証のブレスレットを腕に通してもらうと、一斉に拍手が起こった。

 ボクはそんな人々の上をくるりと一周飛んで、ニアの肩に舞い降りる。

 ニアと見つめ合い、お互いに笑みがこぼれる。


 今、ボクとニアの冒険が始まる。


 ~ ~ ~


 おしまい。


ご愛顧ありがとうございました。

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