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第55話 生贄

「う……んぅ……えあ?」

 ゆ~らゆ~らとした揺れに意識を引き戻された。

 ギチギチに締め付けられて腕も脚も動かせない。

 ……高っ!?

 眼下に群衆の頭が見えた。

 ボクは長い竿棒の先端に縛り付けられ、運ばれているようだ。

 はっとして周りを見ると、ボクの半分くらいの高さに同じように縛られたニアがいた。

 ……よかったあああ、ニアも生きてる。

 気を失ってるみたいだけど、気配ははっきりしてる。

 ボクも身体が真っ二つにでもなったかと思ったけど、例によって治ったみたい。


 でも、よかったと言える状況ではなさそう。

 群衆はボクとニアを磔にして見せしめにしながら、泉に向かってる。

 見た感じ、彼らは貧民街のスラムの住人だろう。

 群衆ひとりひとりの意志が直接ボクに突き刺さる。

 ボクを殺そうとする彼らの意志を支配するのは、殺意ではなく、助かりたい、助けたいという思い。


 三百年前。

 泉のフェイのおとぎ話の裏に隠された真実。

 ――ああ、きっと同じなんだ。


「やったぞ」「これで助かるんだ」「おふくろを治してやれる」

 高揚して興奮する眼下の群衆。

 容易に暴徒と化す彼らを遠巻きにしてついてくる人々からは、憐憫や哀れみ、暴徒への怒りの感情も感じる。

 でも暴徒を止めようとするほどの力はないみたい。


 ほどなく、ボクとニアの磔を掲げた群衆の先頭が泉のほとりに着いた。

 ニアと出会ったあの日。

 二人で変態豚から逃げ出して、妖精像を眺めたこの場所。

 変わらず微笑む妖精像。

 ニアが感慨深げに泉を眺めながら寄りかかっていた欄干。


 欄干を数人の男が乗り越えた。

 泉に飛び込んだ男たちが妖精像に辿り着いてよじ登る。

 人間サイズの妖精像の羽に足をかけて肩に立ち上がった男がこっちに向けて腕を突き上げた。

 ボクを縛り付けた竿棒がその手に向けて振り下ろされる。

「わあああああ――ぎゃっ」

 身動きが取れないまま落下する感覚に声が出る。

 男の手が一気に近付いて、乱暴にボクを受け止めると渾身の力で握りしめる。

 ぐうううぅぅっ……

 身体が軋む。

 男はナイフを取り出してボクを縛っていた縄を切る。

 竿棒を泉に投げ捨て、ボクを握った腕を天高く突き上げて、雄叫びを上げた。

「うおおおおお! 俺たちの勝利だ! 助かるぞおおおお!」

 呼応して地響きのような歓声が上がる。


 男の強大な力で妖精像の頭にうつ伏せに押し付けられた。

 巨大で、硬くて、冷たくて、鋭い、ナイフの刃が首筋に当たる。

 冷たい絶望が背筋を伝い、全身が竦んでいく。

 男の殺意が膨れ上がり、ボクは奥歯を食いしばる。

 刃が首筋を離れた。

 男はナイフを振りかぶっていた。

 視界の端に見えたのは、夕焼けに染まろうかとほんのり赤みを帯びた空に高く伸びる男の腕。

 ボクは絶望的な気持ちで、それを見ていることしかできない。


 そのとき。


「制圧!!!」

「「「応!!!!!」」」


 鬨の声が響いた。

 同時に暴徒の悲鳴と怒号が入り乱れる。

 男の手は振り下ろされることなく緩み、騒ぎの方に意識が向いた。

 一糸乱れぬ洗練された動きでブルドーザーのように暴徒を押し返すのは、いくつも並んだ巨大な盾の壁。

 黄金色に輝く鎧に身を包んだ、騎士団。

 ……ミヤノの騎士団と鎧が違う。

「王室……騎士団……?」

 男が呟いた。

 ……もしかして、妖精祭に来訪するっていう王族が率いる騎士団?

 来るなりいきなり暴動の鎮圧に出て来たってこと? 地元ミヤノの騎士団より早く?


 ――カッ!

「がっ!?」


 突然、男のナイフが鮮血とともに弾け飛んだ。

 同時に、欄干の上を滑るように走ってきた黒い影が跳躍したかと思うと、男を泉に叩き落とす。

 男の代わりに妖精像の頭上に立った黒い影に、ボクは優しく握られていた。

 彼女はボクの身体に残った男の指をひとつずつポイポイと捨てると、ボクに微笑んだ。

「フェイさん。お久しぶりに、お初にお目にかかります」

 ――ユーチェ。


 広場を埋め尽くす群衆は、またも暴徒と化して騎士団に殺到しようとする。

 そんな暴徒が次々と宙を舞う。

 まるでモグラが穴を掘り進むかのように、暴徒が投げ出される痕跡が一直線に突き進む。

 そしてニアの磔を掲げる暴徒の先頭の数人をも弾き飛ばした。

 暴徒と一緒に宙を舞う長い磔の柱。

 飛び上がった影がその柱を中程で叩き折り、その先端のニアを抱えて降り立った。

 ――ダンデだ。


「静まりなさい!!!」


 凛とした声が泉中に響いた。――拡声魔法。

 暴徒を堰き止める騎士団が作る盾のステージ、そこに立ったのは。

 ――セリスじゃないか。


 その存在感、その覇気に圧されるように群衆が静まり返る。


「我々は三百年前と同じ過ちを繰り返してはなりません!」


 そこに毅然としたセリスの声が通る。


「王宮は妖精を手にかけることを許しません。わたくし、グルーサ国第四王女、セルリア・セリーヌ・フォース・オブ・グルーサの名の元に、ここに妖精を国民と迎える憲法改正を立案します。ここにいる妖精は一人の国民であり、我々の友なのです!」


 第四王女――セリスが王女!?


「そうだ!」「妖精をいじめないで!」


 群衆から声が上がる。

 その声は子供たち。

 大人の暴走を子供たちは止めようとしていた。


 セリスの演説は続く。

「現在の状況は三百年前とは違うのです! 薬学の進歩により病は克服されました!」

 ――! ――!!

 そのポーションを買えないからこんな事になってるんだと、不満の声が――上がる前に、続くセリスの言葉がそれを制した。


「国はポーションを無償で配布します。病の脅威がなくなる日まで、貧富の差なく、あまねく国民が進歩の恩恵を受けるのです!」


 ざわつく群衆。

「マジか……?」「助かるのか?」「誰でも……俺たちも……?」


「どうかみなさん、ここで矛を収めてください。今すぐ大切な家族にポーションを持ち帰ってください。暴動の罪は問いません。暴動の被害は国が保障します。どうか、これ以上誰かが被害を受けることのないよう、拳を下ろしてください」


 ・ ・ ・


 群衆は散り、大切な家族の元へ足早に去っていく。

 その手に「恩恵」を握って。


 ――暴動は、終息した。


 ◇ ◇ ◇


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