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第54話 暴動

 ~ ~ ~ ミミSide ~ ~ ~


「ミミ姐……目が覚めた?」

 ……あれ? 苦しくない……息が、息が出来る……。

「……イルト?」

「ミミ姐! ミミ姐!!」

 イルトが泣きながら抱き付いてきた。その頭を撫でる。

「ミミ姐、無理すんな!」

 私は体を起こしていた。だって身体が軽いんだもの。

「大丈夫よ。私……どうして?」

 恐ろしい病に侵されていたはずなのに、嘘みたいに何ともない。

「ホントに……ホントに治ったんだ……うぁ、うわああああ」

 イルトは声を上げて泣き出してしまった。


 苦しくて、吸っても吸っても息苦しくて、水の底に沈んでるような朦朧とした記憶の中。

 おぼろげに浮かんだのは、小さな猫族の獣人の女の子の顔と、手の温かさ。

 それを最後に、その後の記憶がなくて。


「ニアが、冒険者のニアが、助けてくれたんだ」

「ニア……ちゃん? もしかして、獣人の?」

「そう、そうだよ……ファーリー仮面のニアだ」

 イルトが泣きながら笑って言う。

 なによそれ、マンガじゃないの……。


 ~ ~ ~


「ミミ!? おいおい、お前くたばったんじゃねえのか」

「治りました。お仕事させてください、お金がないんです」

「ヤれんのか? 見たとこ大丈夫には見えるが……あそこまで行ったらくたばるしかねえって聞いたぞ?」

「ファーリー仮面がポーションで助けてくれたんです」

「あンだそりゃ。まあいい、じゃあ今日は3番の角に立て」

「はい」


 娼街に向かうミミを見送る。

 あれでマニアックな客が付くからな、くたばらなかったのは助かるわ。

 しかし、獣人が紛れ込んだとは聞いたが……初級ポーションが効くのは最初だけだぞ。中級ポーションがいくらすると思ってんだ、貧民にそんなもん使えるわきゃあねえ。

 ……まさか、妖精見たって話はマジなのか?


 ~ ~ ~


 スラムでは、流行り病の犠牲者は増え続け、その蔓延は深刻な域に達していた。

 貧民にとっては、重症化すると助からない死の病。

 喉の痛み、風邪症状、そして高熱。そこから回復するかどうかが運命の分かれ目。

 5、6人に1人は回復できずに死に至る。

 高熱が出た時点でポーションを飲めない貧民は死のサイコロを振るしかない。

 赤い「1」の目が出たら、死神が迎えに来るのだ。

 死の恐怖、それは怨み嫉みを呼ぶ。


 うつした奴が治ってうつされた奴が死ぬ。

「お前が仲間を殺したんだ!」


 親が死んで子が残る。

「俺の……せいで……」


 高熱を出した者が街の外に放り出され、翌朝冷たくなっている。

 咳き込んだだけの子供が閉じ込められ、水も飲めずに餓死する。

 ――スラムに怨嗟が渦巻き、暗い絶望の影が落ちる。


 死の恐怖に怯えるスラムに、いくつかの噂が病よりも早く広がった。


「妖精を見た奴がいる」

「獣人の冒険者が末期の子供を助けた」

「おとぎ話の妖精なら病を治してくれるのに」

「妖精を連れた獣人の物語」


 複数の噂が荒唐無稽に絡み合い、希望と願望を添加剤にして形を変える。


「――妖精を隠して独占する獣人の冒険者を探せ! 妖精を奪って泉に捧げろ!」


 奇しくもそれは、一面では真実を捉えていた。


 ◇ ◇ ◇


 ~ ~ ~ ダンデSide ~ ~ ~


「はあ? 暴動だと?」

 騎士団からの使者が告げた言葉は、突拍子もないものだった。

「北門から緊急伝書だ。貧民街のスラムに蔓延した例の流行り病で、奴らとうとうパニックを起こしやがった。それに変な方向性が付いたようだ。奴ら、ここに向かってるぞ」

 南北の大門と騎士団本部は、お互いに召喚獣による伝書で緊急連絡できる体制になっている。

 騎士団本部は冒険者組合の近くにあるんで、ここには普通に本部から使者が来る。

「ここ? 組合か? なぜ?」

「何故かはわからんが『獣人の冒険者』が目当てらしい。騎士団も動くが時間がかかる。先にそちらで該当者を保護するようにとのことだ」

 何だそりゃあ?

 流行り病と獣人に、ニアに何の関係が……まさかフェイが関わってるのか?


 そのとき、ドアが荒々しくノックされる。

「支部長! 支部長!」

 ネケケの声だ。どうしたんだ、こんなに取り乱す奴じゃないのに。

「入れ、どうした、血相変えて!」

「支部長! スラムの子が駆け込んできて、スラムの人たちが大勢でニアちゃんを捕まえようとしてるって!」

「くそ、もうだと――ニアは!?」

「今朝たまたま会って、シロンさんのところに行くって……その子にも伝えたら飛んでった!」

「ニアを保護するぞ、すぐに向かう……ええい、今度は何だ!?」

 ドアがまたノックされた。


 ~ ~ ~ シロンside ~ ~ ~


 ドンドンドン!!

「ニア! 俺だ、イルトだ! 逃げて! すぐに逃げて!」


 ……はいはいはい、何だよもう、そんな激しくドアを叩かないでくれよ。

「はいはい、どなた?」

 僕が返事をしながらアトリエのドアを開けると、ボロを纏った少年が鬼気迫る勢いで訴えてきた。

「ニアは!? ニアはいる!? すぐに逃げて! たいへんなんだ!!」

「ニアなら奥で……何だあれは?」

 通りの向こうから大勢の人がやってくる……押し寄せてくるという方が正しいかもしれない。

 尋常じゃない人数だ。

 ただならぬ雰囲気を感じて、僕は後ろでドアを閉める。


「あのガキ、やっぱり知ってやがった! 獣人はあの中だ! 捕まえろ!」

 先頭の男が叫ぶ。

「そんな……俺が尾けられて……」

 少年は愕然として呟いた。

「何だ君たちは!?」

 僕は問いただそうとしたが……

「うるせえっ!」

 先頭の男にいきなり殴り飛ばされた。

 地面に転がった僕に群衆が群がる。

 四方八方から容赦のない暴行が降り注ぎ、たまらず僕は身を丸める。

 視界の端にさっきの少年も殴り飛ばされるのが映る。

 何なんだこの暴徒どもは……がっ!?

 誰かの爪先が首にめり込み、意識が暗転する――。


 ~ ~ ~


「ニア、まずいよ。凄い数の悪意に囲まれてる……迫ってくる……うう、気持ち悪い」

 あまりの悪意、怒涛の数の負の感情にあてられて吐き気がする。

 あの気配はイルトだ。シロンも外にいちゃ危ない、呼び戻さないと……

 ニアが出入り口に向かおうとしたとき。


 バアン!

 ガシャーン!


 アトリエのドアが蹴破られ、窓ガラスが砕け散る。

 そこから目を血走らせた人たちが大勢雪崩れ込んできた。


「いたぞ、獣人だ! 捕まえろ!!」


 暴徒が一斉にニアに襲い掛かる。

 何なんだよ、こいつらは!?

 一様にボロを纏ってる、貧民スラムの奴らなのか!?

 ニアは3人目を躱したところで、次々と雪崩れ込んで来る暴徒に囲まれて逃げ場がなくなり、床に押し倒された。


「妖精を奪え!」

「妖精を出せ!」

「どこだ!」

「殺せ!」


 ニアに暴徒が群がる。

 ――目的はボク!?


「ボクはここだ! ニアを放せ!!」

 僕はニアの胸元を飛び出して叫んだ。


「いたぞおおお!!」

「捕まえろおおお!!!」

「妖精だああああ!!!!」


 ボクを見た暴徒たちが尋常じゃない勢いで殺到する。

 ドアからも窓からも、もう隙間もないアトリエに、人の上に人がよじ登って雪崩れ込む。

 ニアが人の雪崩に揉みくちゃに飲み込まれて沈む。


「ニアああああ!!」


 ボクは人の山の隙間に潜り込んで、ニアに辿り着いた。

 ニアは将棋倒しになった群衆の一番下で滅茶苦茶に踏み潰されていた。


「ニア! ニア!!」

 ボクはニアの顔に取り付いて叫ぶ。でも口から鼻から血を流すニアの返事はない。


 血を! ボクの血を!


 薄く開いたニアの口にボクは上半身を突っ込む。

 ニアの牙でボクの――


 ぎゅううううう……


 そのとき、さらに上から圧力がかかって押し潰される。

 ニアの顎が歪み、牙がボクの身体に深く喰い込んで引き裂いていく――


「が……はッ……ごぶ……」


 熱い塊が喉にせり上がってきて口から溢れ出る。

 絞られ引き千切れるように、ボクの意識はそこで途絶えた。


 ◇ ◇ ◇


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