第52話 採取依頼
朝の喧騒真っ最中の冒険者組合。
掲示板の前はいい依頼を勝ち取ろうとする冒険者でごった返してる。ニアもなんとか最前列に潜り込んで掲示板を見上げてる。
上がったばかりのDランクの依頼を見ていってるけど、だいたいがパーティ向けの依頼。非力なニアが単独で請けられそうな依頼がないなあ。
ランクの低い方、右にずれながら依頼を見ていくと、結局ニアに出来そうなのはFランクの素材採取依頼になっちゃう。
「薬草、薬草、魔鉱石、薬草……うん?」
ニアは三角飛びで目の前の壁を蹴って器用に垂直に飛び上がり、目に付いたそのFランクの依頼を剥いだ。人混みを離れて受付に向かう。
そこに男が立ちはだかった。ニヤニヤと嫌味な笑みでニアを見下ろしてる。ガラもアタマも悪そう。
「てめぇが噂のケモノかぁ? Fの採取依頼たぁ、インチキDランクって噂は本当らしいなァ」
男が周りに喧伝するように大きな身振りで喚き散らす。
「実力」
ニアは男を無表情に見上げて言い切る。
「ガキがあの賞金首を生け捕りにしたってぇ? ありえねえだろ、Aランクに手柄恵んでもらったんだよなあ」
相手する時間が無駄。ニアが無視して横を抜けようとすると、すれ違いざまに蹴りが飛んできた。
ニアは歩みを止めもせずに、ヒョイと軽く跨ぐように避ける。
「それ以上は表で聞く」
男を見もせずに言うニア。おっ、反省が生きてるね。
「……上等だゴラァ」
なんか後ろで凄んでるけど、全く怖くない。
・ ・ ・
「やっぱりニアちゃんの目に付いちゃったかあ。でも、この依頼はお勧めしないなあ」
受付のネケケさんに剝がしてきた依頼書を渡す。
『Fランク/報酬3シル/素材採取/妖精の血/期限〜』
期限はあと3日。報酬3シルって、簡単な薬草採取でももうちょっと高いよ。しかも不達成も実績になっちゃうから、そりゃこんな依頼は誰も見向きもしない。
でも「妖精の血」だもん、気になるよね。
聞くと、貧民街で悪性の流行り病が流行中で、この依頼はその貧民街から出たものだそう。
流行り病って、シロンのとこでボスのジョバンが言ってたやつかな。もうこの国にも伝染しちゃったのか。
ネケケさんの説明は、あの時聞いた話と同じだった。
この病にかかってほっとくと、運が悪いと重症化する。そうなってもほっとくと、たいてい血を吐いて死ぬ。
かかってすぐ初級ポーション飲めば大抵は治るし、多少こじらせても中級ポーションがあれば治る。
いっぺんかかって治った人は二度はかからない。でも予防的にポーションを飲んでも効果はない。
「ニアちゃんも具合が悪くなったらすぐポーション飲むのよ」
幸い今のところは隣国のようにポーション不足に陥ってはいないらしい。
ただ問題はポーションを買うお金がない貧民街の住人で、スラムではこの病が蔓延し始めてるらしい。
「ただでさえ貧民街は危ないのに、今はそういうわけでピリついてるから、関わるのはお勧めできないのよ」
ネケケさんの忠告はありがたいんだけど、ニアの意志は曲がらなかった。
「……請ける。依頼人に会いたい」
「うーん、そう言われたら立場上教えるしかないけど、お勧めしないなあ。ホントに気を付けてね?」
・ ・ ・
組合を出ると一斉に注目を浴びた。なんか周りの様子がおかしい。出入口を遠巻きに取り囲む群衆と、ぽっかり空いた空間。
待ち構えていたように3人のチンピラ風冒険者がニアに立ちはだかった。
群衆は様子からしてどうやら野次馬らしい。「獣人だ」「子供じゃないか」なんて声も聞こえる。
――こうした冒険者同士の諍いは珍しくないようだ。
「インチキしといて舐めた口利くガキは折檻しねぇとなあ」
3人のうちのひとり、さっきの男が野次馬にも聞こえるように大声で言う。
「インチキのガキ相手に3人掛かり?」
ニア、コイツにその皮肉を理解するアタマはなさそうだよ?
「そんなに私が怖い?」
おっ、ニア、煽るね。男の顔がみるみる赤くなる。
「……てめぇ、生きて帰れると思うなよ」
3人は獲物を抜いた。
あーあ、その心配がいるのはお前らの方だと思うなあ。
男がナイフを振りかぶる。
「ぶべっ!?」
その瞬間、男は仰向けに吹っ飛んでいた。
数瞬前まで男の頭があったところ、その空中に浮遊するかのようにニアが宙返りしている。
一瞬で跳躍したニアが男の顔面を蹴り抜いたんだ。
「がはっ!」「べへぇっ!?」
そのまま、あっけに取られる残りの二人の顔面も次々に蹴り抜く。
トン、とニアが着地すると、チンピラ3人は綺麗に放射状になって仰向けに倒れていた。
おおー……
パチパチパチ……
野次馬から感嘆の声が上がり、まばらに拍手が起きる。
「ぐ……っ」
最初の男が顔を押さえて身を起こしたところに、ニアが小首を傾げて聞く。
「もういい?」
「……っけんなクソガキャあ!!」
男は飛び起きながらニアに飛び掛か……
「ぺびっ」
……ろうとして、魔力を乗せたニアの手刀で地面に顔面から叩き伏せられていた。
「……もういい?」
再びのニアの問いに、男はうつ伏せのままピクピク痙攣してるだけ。
ニアが顔を上げる。
「……ひっ!?」
その方向にいた野次馬たちが息を呑む。
「ごめん?」
言ってニアが歩き出すと、ザザザっと野次馬が左右に分かれて道が開く。
「ありがと」
その間をニアは平然とスタスタ歩いてく。
◇ ◇ ◇
 




