第51話 合格
麻痺して倒れているシンをニアが見下ろす。
ボクは麻痺したままニアに抱かれてる。
全身脱力しちゃって全く動けないけど、不思議と目だけは動かせるみたい。
麻痺と言っても、意識もあるし呼吸もしてる。もちろん心臓だって動いてる。
身体だけが動かせないって不思議な効果だよね、さすが魔道具。
麻痺させた相手に何かを見せることが出来るように、あえて目だけ動くようになってるのかな。
何のためにって考えると……え、ちょっと怖くない?
ニアはシンの喉元に剣を突き付けた。
シンが怨嗟のこもった目だけを動かしてニアを見上げる。
しばらくの沈黙。
すぐ止めを刺せってクローネは言ってたけど……ニアは剣を下ろしてしまった。
やっぱり人を殺すのは難しいのかな。
それを見たシンの意識に侮りが混ざる。
ダメだニア、やっぱりこのクズは殺しといた方がいいよ、麻痺が解けちゃうよ。
……と言いたいけど喋れない。
でも、剣をしまうニアは、むしろ「いいこと思い付いた」って顔をしてた。
そしてシンを見下ろしたまま魔法収納から取り出したのは、狩り用の弓矢。
番えた矢をシンに向けると――
ヒュドッ
そのまま至近距離から矢を放った。
シンの肩に矢が突き立つ。
シンの目が泳ぐ。
激痛に喘いでるようだ。
ヒュドッ、ヒュドッ、ヒュドッ
ニアは次々と矢を番えては放つ。
あれれ、結構容赦ないな、殺すの迷ってたわけじゃないのかな。
倒れたまま動けないシンの両太ももと両肩に都合4本の矢が突き立っていた。
――あ、そうか、これ麻痺毒の矢だ。
5本だけ毒矢買ってたんだっけ。
こっちは魔道具じゃなくて毒だから、少々時間が経っても効果が消えたりはしない。
付与弾の麻痺が解けても、毒消ししないともう手足は動かせないはずだ。
なるほど、これなら人を呼びにここを離れても……って、あれ? ニア?
ニアはボクを胸元に入れると、ボクが捕まってたスライムの壺を両手で抱え上げた。
そしてシンの頭の上に持ってきてひっくり返す。
でろーん
まだ麻痺してるスライムが壺の口から水飴のように流れ落ちる。
シンは目を白黒させて焦ってるけど、動けないからもちろん逃げられない。
流れ落ちるスライムがシンの顔を覆っていく。
あらかたスライムをシンにぶっかけて壺を脇に転がしたところで、スライムがピクピクと動き始めた。
同時にボクも身体の感覚が戻り始める。
正座で痺れた足に感覚が戻るときみたいに、身体じゅうがジンジンする。
「……ぐ……うぁ……」
身じろぎして悶えると……。
「フェイ、気が付いた? 大丈夫?」
「みっ!」
ニアがボクを胸から取り出す。その刺激が電撃のように身体中を駆け巡る。
みゃあああ、ダメ、触っちゃダメ……!
ニアが優しく撫でてくれるけど、それさえ痺れてさらに身悶える。
「みゃっ! ……うやっ!」
ちょっ、ニア、面白がってるよね!?
うあああ、ぢごくのくるしみ……。
・ ・ ・
スライムはすっかりシンを押さえ込んでしまった。
サイズ的にどうかと思ったけど、意外と行けちゃうんだ。毒で手足が動かないせいもあるかもだけど。
矢はまだ使えるから回収しといた。
もう魔道具の麻痺は解けたようだけど。
「……ふお……てめぇら許さ、むぐっ……」
うん、順調にボクと同じメに遭ってる。
お、スラくんボクで学習したのか、最初からそっちに行くかあ。
「……! ――っ!?」
あーあ……。
見入っていたニアがふとボクを見る。
「……フェイ、大丈夫だった?」
「間一髪だったよ」
でもニア、こういうのはあんまり見ない方が……。
とりあえず、そろそろ人呼んで来ようか。
◇ ◇ ◇
「はい、更新完了。ニアちゃんランクアップおめでとー。EからDでは最速記録じゃないかな?」
「ありがと」
賞金首の捕縛、しかも尋問ができる生け捕りってことで、貢献度が高く評価されたそう。
Dランクはもう堂々と胸を張れる冒険者。
「あんなの殺しちゃってもよかったのに……ってあたしが言っちゃいけないけどね。でもニアちゃん、自分の安全が第一よ?」
「あいつが死ぬとこ見たいのは私じゃない」
そういう理由だったんだ。
この世界、罪人の公開処刑みたいなのがあるのかな?
口では「殺す」とか言ってたけど、敵意以上の殺意まではない感じだったもんね。
「それで賞金なんだけど……Dランクから口座が作れるわよ、どうする?」
「コーザ?」
ニアは首を捻ってるけど、そうか組合で預かってくれるんだ。
こないだは冒険者証の腕輪盗られそうになったし、預かってもらう方が安全……って、あれ? 口座が冒険者証に紐付いてたら意味なくない?
「冒険者証があれば他の都市でも下ろせるし、登録したここなら冒険者証を失くしても下ろせるから安心よ。冒険者証は本人しか使えないから、盗まれても口座の中まで盗られることもないわ」
おお、よく出来たシステムだった。
◇ ◇ ◇
「ニアちゃん花マル合格は予想通りだけど、まさかフェイちゃんの方が落第点とはねえ」
うっ、面目次第もない……。
「二人合わせて合格点はあげるけど、フェイちゃんもうちょっと危機感持たなきゃダメよ」
ううっ、おっしゃる通り、面目次第もない……。
「だいじょぶ。フェイは私が守る」
うううっ、面目次第も……でもまあニアが元気になってよかった。
「じゃあね、二人とも。王都に来ることがあったら訪ねて来てね、歓迎するよ」
「うん、クローネも元気で」
差し出された手を握りながらニアが返す。
「ありがとうクローネ。おかげでやっていけそうな気がするよ。何かあったら呼んでよ、駆け付けるからこき使ってよね」
雑踏の中だから僕は姿は隠してるけど、声まで隠す必要があるほどじゃない。
獣人が珍しいのか、たまにニアを振り返る人はいるけども。
そう、ニアはフードで顔を隠すのをやめた。隠れる必要がないくらいには力を付けたんだ。
「それは君たち自身の力だよ、私が与えたわけじゃない。自信を持っていいよ」
「……うん。ありがとう」
クローネは見上げるニアにまっすぐ目を合わせ、そしてニアの胸の中のボクにウィンクする。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
「またね」
クローネは手を上げると、振り返りもせずに行ってしまう。
ニアはクローネが雑踏に紛れるまで見送っていた。
◇ ◇ ◇




