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第48話 お仕事

「……ほら、わかる?」

「うえ……ぞぞっとする」

 宿屋の部屋に3人、ボクとニアとクローネ。

 ニアがクローネから魔力制御を教わってるのを、ボクは足を投げ出して机の上に座って眺めてる。

 ニアの場合はまず自分の魔力を認識するところからだって。

 ボクはいきなり扱えちゃってるから、逆にどうすれば扱えるかがわかんないんだよね。

 こう。

 ……って言ってもわかってもらえないし、自分でもわかんない。

 クローネがニアを背中から抱くように身体を密着させて、クローネが動かす魔力をニアが感じようとしてる。

「わひっ」

 ピンと立ったニアの尻尾にクローネが尻尾を絡ませると、ニアがおかしな悲鳴を上げた。

「ほら、動かすよ……」

「んひ……っ」

 ブワッと根元から先端へニアの尻尾が膨らむ。

「背筋が……」

「んふふ」

 クローネ、わざとやってるよね。

「……ほら、わかるでしょ?」

「……うん」


 ・ ・ ・


「自分の魔力、わかる?」

「んー……んー……ん? んむー……お……おお、わかる」

「よしよし、理解が早いね。しばらくは身体の中でその魔力を動かす、そして慣れる。おーけー?」

「んむー、がんばる」


 ◇ ◇ ◇


「ふむ……ここがお立ち台……とするとこっち、うん遮蔽ありっと……」

 クローネのお仕事に同行して、泉公園の広場。

 クローネは書類と周りを見比べてぶつぶつ唸ってる。今度の妖精祭の要人警護計画をA級目線で確認するんだって。地味なお仕事だなあ。


「ほっ!――はっ!」

 ニアはと言うと、近くの広場の片隅で魔力操作のシャドウ練習中。

 短剣に風を纏わせることにもう成功してる。

 足を止めて見物する人が数人いるくらいサマになってきてる。

 ボクはいつもの場所からニアの見学。

 ここはニアの魔力を「見る」にも特等席、なんたって密着してるからね。

 ニアの身体を流れる魔力を感じる。身体の中心あたりから湧き出る魔力に流れを作って手に持つ剣に放出する。

 まだ子供で小さなニアだけど、ボクにとっては巨大な身体を改めて感じる。

 毛皮一枚を隔てて流れる魔力の大きな流れに翻弄されそうになる錯覚。

 ボクは思わず、水の流れに手を差し入れるように、ボクの魔力を差し込んでしまった。

「みにゃっ!?」

 ニアが素っ頓狂な鳴き声を上げて動きを止める。

 それはまさに流れる水と手、のようなものだった。そのくらいニアの魔力とボクの魔力は濃さが違っていた。

 サイズが違うのに動かす魔力の量はボクの方が多いんだから、そりゃあ濃さは桁違い。

「…………」

 ニアが無言で防具越しにボクに手を添える。

 魔力が身体から手に向かって集まるように流れて来たかと思うと……あ、もしかして。

(うやっ!?)

 ニアの手から放出された魔力がボクに流れ込む感覚に、思わず変な声が出そうになった。

 全身から流れ込んだ魔力が身体の中心に集まって満たされていく。

 身体の中に何かを注がれるようなこの感覚は、身構えてないとヤバい。

 ニアの存在感が身体に入ってくる……これは多幸感とでも言うのか。

 これは不意打ちはダメだよね……。


 ◇ ◇ ◇


「もう魔力交換まで? ニアちゃん成長速すぎでしょ」

 今日の宿は豪華、なんと個室風呂付き。

 さすがA級さんはリッチ……と思ったら、これも調査の一環なんだって。

 最重要警護対象はもちろん領主が邸宅でもてなすんだけど、関係ないのに勝手に集まる貴族やらは、そのすぐ近くのこういう高級宿に泊まる。

 そして、よからぬことを企てる輩がそれに紛れる事がよくある、と。

 そんなのが悪事を起こしにくいように手を回しておく……はずじゃないの?

「あひゃ……ニア、や、やめて……にゃあああ……」

 広々お風呂に3人。

 ニアがボクをふにふに洗ってくれるのはいつもの事だけど、今日は同時に魔力で弄ばれてたり。

 魔力を注がれる感覚はまるで快楽抜きの絶頂のよう。

 ニアはボクを洗い終わると桶の湯舟に横たえ、自分の身体を洗い始める。

 そこにクローネの手が伸びた。

「ニアちゃん、洗ってあげる……はあぁ、獣人ちゃんステキ……」

 クローネがニアの身体を優しく撫でるように洗っていく。

 毛皮をわしゃっと逆撫でてはすっと撫で付け、繰り返す。

 ボクはぐったりしたまま、そんなふたりを桶から見上げる。

 クローネは大人の女性としては小柄でスレンダー。

 胸も大きい方じゃないけど、そのぶんハリがある。

 左腕は肩から、左脚は腰のあたりから白に近い灰色の毛皮に覆われてる。

 手首足首あたりからグラデーションを経て先が黒くなる。

 髪もベースが同じ灰色で、黒のメッシュと黒い猫耳。長い尻尾もほぼ黒。

 ひと言で言えば、ポインテッドのいわゆるシャム柄。

 ……女性には御法度だけど、いくつなんだろう。

 言動のせいもあって幼さが残るように見えるけど、実際はネケケさんより年上だよね?

「ねえフェイちゃん、撫でてもいい?」

 ふえっ?

 いつの間にかニアを洗い終わったクローネがボクを見つめていた。

 ボクは小さく頷く。うむ、如何様にも良きに計らいたまえ。

 伸びてくる手に包まれて身を委ねる。

「んあ……」

 背中が左手の毛皮のベッドに包まれたと思うと、右手の柔らかい5つの指の腹が、ボクの形をなぞるようにゆっくりと、顔から肩、胸、おなか、そして両脚を包むように撫でおろしていく。

 心地よさに思わず声が漏れちゃった。

「妖精ちゃん、柔らかい……ああ、夢みたい……」

 恍惚とした表情でボクの全身を繰り返し撫でるクローネ。

 その手に包まれて身悶えながら、同時に、その動きからわかってしまう力量の違い、今絶対に逃げられない状況を本能が理解してしまう。

 優しく守られる安心感と、もしかして取り返しのつかない事を許してしまったという小さな恐怖が混ざり合って胸を満たし、全身が痺れるように熱を帯びていく。

 そして何かが胸の奥から背筋へと込み上げるように後頭部を焼き、全身がブルルっと震えた。

「ふああっ……」

 そして脱力する。

「……ん……フェイちゃん、大丈夫?」

「……ふええ」

 大丈夫だけど、大丈夫じゃない……。


「次は私」

 クローネの手からニアの手へ。

 ああ、絶大なる安心感。思わず、身を捩ってニアの手にしがみ付くように抱き付いた。

 ニアがその背中を優しく撫でてくれる。

 そして……


 ペロリ

「にゃあっ」


 ニアの舌が背中を背筋に沿って撫で上げる。

 ちょ、ちょっと待って、ふたりがかりは身が持たな……ふやあぁ……


 ◇ ◇ ◇


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