第46話 稽古
「はい、更新完了。ニアちゃんランクアップおめでとー!」
「ありがと」
魔獣警報も解除され、落ち着きを取り戻したミヤノの冒険者組合のカウンター。
ネケケさんが更新した冒険者証を返してくれる。
今回のオルキヌスウルフ討伐に貢献ありとクローネが報告してくれたのと、先日のセリスの依頼の花マル達成の評価で、ニアはEランク昇格と相成った。
「それとね、あの人攫いの件、やっぱり手掛かりなしなの。ごめんなさい」
あの男、戻ってみるといなくなってたんだよね。上級ポーションを隠し持ってたのかもだって。あの時そこまで調べてる余裕なかったし、しょうがないけど。
通り名だろうけど、名はシン。汚れ仕事を請け負う裏世界の住人。ガフベデの件でそこまでは判明してる。あのときに冒険者を3人、今回門番に駆り出されていた冒険者2人を手にかけ、組合からお尋ね者として賞金がかかることになった。
「それでね、ちょっといい?」
ネケケさんがカウンターに身を乗り出して声をひそめる。
「何?」
ニアも顔を寄せた。
「フェイちゃんの事も知られてるとなると、また狙ってくる心配があるのよね。そこでなんだけど、しばらくの間クローネに付いてみない?」
「いいの?」
「クローネもニアちゃんならミヤノにいる間くらいは面倒見てもいいって。ただし条件付き、ニアちゃんの実力を確認してから。それで稽古って形で手合わせしたいって。もちろん非公開のナイショ稽古よ」
「んー、フェイはどう?」
「A級さんに稽古してもらえるなんて、ニアがよければぜひぜひじゃない?」
◇ ◇ ◇
「ここよ」
ネケケさんに連れて来られたのは、組合の一角。道場部屋とでも言うのかな、中はテニスコート半面くらいの広さ。あまり大胆には飛び回れないけど、軽い打ち合いくらいは十分出来そう。
すぐにクローネがダンデと一緒にやって来た。
「ニアちゃん、よろしく」
「こっちこそよろしく、お願い、します」
「かしこまらなくていいよー」
クローネってふんわりした雰囲気だけど、今日はちょっとボクらに対して鋭い気配ある。
「クローネ、部屋壊さないでよね」
ネケケさんがジト目で言う。
「あははー、気を付ける」
過去にやらかしてる?
ダンデは黙って見てるけど、目がちょっとマジ。
数歩の間合いで向き合うニアとクローネ。
ニアの手には木の短剣。対してクローネはなんと細い竹棒をヒュンヒュンしならせてる。
「じゃあいくよー、避けてね」
言うと同時に踏み込んで来た、速い!
ジョイスティッ毛でニアがギリギリ身を躱す。
「ふーん、やっぱアレはマグレじゃないんだね。じゃあ……」
ヒュッとしなった竹棒の先端が流れるように懐に飛び込んで来た。
速っ!
ニアのジョイスティッ毛への反応を上回る速度。というか、これって――
バシッ!
(あだあっ!)
「――!」
キッ、とニアが怒りの籠った鋭い目でクローネを睨む。毛が逆立った尻尾がピンと伸びる。
クローネの攻撃は明らかにニアの胸の防具の中のボクを狙って来た。分厚い革越しなのに背中を強かに打ち据えられ、涙目で悶絶しながら耐える。いったああああ〜!
竹刀で叩かれたことってある? 高校の体育の剣道の授業でさ、「面!胴!」ってやってたら悪友が「ももー!」とか防具のないとこ狙ってきてさ。しなる竹って叩かれるとすっごい痛いんだよ! そんで逃げるように避けようとしたら偶然「チーン」って当たっちゃって悶絶した記憶を思い出したよ! 今はもうないけどさ!
ビシシッ!
「みぎゃっ!!」
おしりと太ももに連撃。執拗にボクを狙って叩き込まれる攻撃に思わず声が出る。痛い、痛いってば!
ジョイスティッ毛のニア遅延がこんなに致命的なのは初めて。
「うぐううっ!!」
自身にダメージのないニアが尻尾をタワシのように膨らませて、怒りで沸騰しそうになってる。クローネにもだけど、ボクへの攻撃を防げない自分にも怒ってる。
「んふふー、私だけ仲間はずれとか酷くなあい? 何隠してるのかなあ、出て来ないと次は痛いじゃ済まないかも?」
そっか、そういやネケケもダンデもボクのこと知ってるもんね。今ここでボクを知らないのはクローネだけ。
ヒュンッ!!
今度の攻撃は威力が一段上がってた。ヤバい、コレ当たったらマジで痛いじゃ済まないよ!?
「――っっっ!!」
――ッシィィィン!
ボクはたまらずニアの胸から飛び出した。直前で軌道を変えたクローネの竹先がニアの防具に掠って乾いた音を出す。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
空中に静止したボクに全員の視線が集まる。誰も動かない静寂。
ボクが逃げ出したことに呆然とするニア。
心配そうなネケケ。
苦笑いを浮かべるダンデ。
無表情にボクを見つめるクローネ。
そしてその目を見下ろすボク。
「――たあっ!」
ゴンッ!
動いたのはニアだった。
クローネの脳天に木剣が振り下ろされる。
打ち据えられてもクローネは動かなかった。
「ん〜〜〜っ!!」
ゴンッ! ガッ! ゲシっ!
べしべしべしっ!
ニアが怒りを発散するようにムチャクチャに木剣を振る。しまいには剣の腹で頬を叩いてる。クローネは全くダメージ受けてなさそうだけど。
「ほへっ」
クローネの口から間抜けな息が漏れた。
「ほわあああ……」
そしてその表情が喜色満面に染まっていく。
「よ……妖精ちゃん……まじぇ……ふええ」
口をわななかせてつぶやくクローネ。
ニアがようやく気が済んだのか、剣と尻尾を下ろしてボクを見る。
「フェイ、ごめん。大丈夫?」
「うん……」
「ふぇふぇフェ、フェイ!? ホントのホントに!?」
返事をしようとしたボクにかぶせ気味のクローネ。A級さんともあろうお方が、そんな狼狽えてていいの?
「おとぎ話のフェイじゃないからね?」
ボクが釘を刺してもクローネの興奮は収まらないみたい。
「フェフェ、フェイちゃん? ね、ねえ、こっち来て――お願い……」
クローネがボクに掌を差し出す。
――どうにかしようって気はないみたいだけど。
ボクはおっかなびっくり及び腰でクローネの手の上に立った。
クローネは両手で捧げるようにボクを顔の前に持っていく。
「妖精……ホントにいたんだあ……初めまして。A級冒険者のクローネです」
ようやく落ち着いたみたい。
「妖精のフェイ。ニアのパートナーだよ、よろしく」
・ ・ ・
「ネケケもダンデも意地悪だなあ、教えてくれてもいいのに」
「ダメよ、言ったらニアちゃんに息の根止められちゃうもの」
「うんー、まあそりゃそっかあ。ねえフェイちゃん? キミ、かなりやるよね? 私と手合わせしない?」
おいおい、クローネがとんでもないことを言いだしたぞ。
「ボクが勝てる要素が見当たらないよ」
「でも、そうそう当たらないよね? 私にタッチ出来たら勝ちでどう?」




