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第45話 仇

「やっぱりツガイだった。もう一頭を追うよ」

 クローネとダンデが相談してる。

「待て。こいつはほっとくにしても、ニアはどうする。お前はともかく、俺たちじゃ街に戻る人数を分ける余裕はないぞ」

「んー、じゃあみんなでいっぺん戻る? でもオルちゃん、私を待ってそうなんだよね。逃げたら街の中まで追ってくるんじゃないかな」

「……逃げ惑う一般人の安全確保よりゃニア一人連れてる方がマシか。――ニア、悪いが一緒に来い」

「うん」

 今、割と気軽にニアの命が天秤に乗ったよね?

「私もなるべくフォローするよ」

 そうして欲しいよ、切実に。


 ・ ・ ・


「盾役が2人、攻撃役が4人。ニアは後衛の2人と一緒にいろ」

 ダンデ自身は攻撃役らしい。

「クローネは?」

「私は連携できないからソロ……まあ、遊撃ね」

「……」

 ニアが倒れたままの人攫いの男に目をやる。

 男はそれに気付くと、天を仰いだ。

「……終わったら戻ってきてあげる。ま、頑張って生きててね」

 生きてる方が面倒とでも言いたげなクローネの声は冷たい。

「ダンデあたりは聞きたいことがあるだろうし、なんならニアちゃん、殴ってもいいよ」

「うん、あとで殴る」

 男の口元に小さく苦笑いが浮かんだ。


 ◇ ◇ ◇


「街道の方みたいね」

「この先は――あの切り通しか。厄介だな」

「機動力に磨きがかかっちゃうねー」

 討伐隊一行はオルキヌスウルフの痕跡を追って進んでる。

 クローネが先頭ではなくサイドに位置取りしてるのは、後衛にいるニアを気にしてくれてるのかな。


「森を抜けるぞ」

 先頭の盾役。

 森の切れ間から切り立つ崖が見える。今夜は月光が明るい。その崖上に、こちらを見下ろすオルキヌスウルフの姿があった。


 アオオオ――――ン


 遠吠え。

 群れがいるわけでもないのに誰に呼びかけるのか。

 その響きは哀しげに聞こえた。

 ――弔い、だろうか。


 オルキヌスウルフが身を踊らせて崖を駆け降りるのが見える。

「来るの? どういうつもり――」

 意図を掴みかねたクローネが訝しむ。

 確かに、有利なステージに誘い込むつもりなら、まだ仕掛けてくるのは早い――

 ――!!

 咄嗟にジョイスティッ毛を引っ張った。

 でも、ニアはそれと逆に飛んでクローネを押し倒そうとした。

 体格的にも屈強には見えないクローネは、だけどビクともしなかった。

 ただ、それで気付いてくれた。ニアを抱えて飛ぶ。

 間一髪。

 すぐそばの横合いから飛び出した巨大な黒い塊が元いた空間を引き裂く。

「あ、ヤバ」

 クローネが呟いた。

 即座に反転したオルキヌスウルフは続けてダンデたちに襲いかかった。

 あ、ヤバい。横からの奇襲に盾役が反応出来てない。


 ドカカッ

「うおっ!」「……っ!!」「べじゅっ」


 2、3人弾き飛ばされた。

 ――ヤバい声しなかった?

 オルキヌスウルフの戦法は基本的にヒットアンドアウェイらしい。幻術をフェイントに使って一撃を加えては離れる。隙は見せない。

 でも、初めて、攻撃の後にこっちに背を見せていた。

 ――震えてる?

 ゆっくりとオルキヌスウルフが向き直る。真っ直ぐクローネを貫く瞳に、涙が溢れていた。

 同時に、遠くの崖を駆け降りていたオルキヌスウルフの虚像が溶けるように消えた。

「凄いねキミ。あの距離は騙されたよ」

 クローネはその隙にニアを下ろして背後に匿う。


 ゴリ、ベキキッ――


 悔しさを噛み締めるように、咥えていた冒険者を噛み砕く。既に息はなかった。

 起死回生をかけた全身全霊の奇襲だった。仇であるクローネにその牙は届かなかった。

「逃げてくれるなら見逃すけど」

 オルキヌスウルフは、それでも、力を溜めるように姿勢を低くしてクローネを睨み付け、「否」を示した。

「そう……じゃあ、せめて一撃で」

 言いながら、クローネがニアを庇うようにスッと半歩ずれる。

 オルキヌスウルフの視線はニアを捕えていた。


 ――ならば、お前が守る者を奪ってやる。


 そう聞こえるかのように。

 それを感じてニアの全身の毛が逆立つ。

「ニアちゃんごめん。捨て身で来られると守りきれないかも」

「……頑張る」

「いい答え」

 ニアの目に覚悟が宿り、クローネの頬が緩む。ボクの手にも力が入る。

「――ふうっ」

 クローネの気配が一気に膨れ上がった。

 オルキヌスウルフが地を蹴ったのは全く同時だった。

 幻惑なしの最短最速でニアに真っ直ぐ迫るオルキヌスウルフの巨大な爪。それをクローネの剣が真っ向から受ける。

「――くっ!」

 歯を喰いしばったクローネの口から呻きが漏れた。爪は前脚ごと引き裂かれながらも勢いを失わず、ニアを――ニアがいたはずの空間を切り裂いた。

 オルキヌスウルフが地を蹴るよりも一瞬前。ニアはオルキヌスウルフに向かって飛び込むように転がっていた。横や後ろに避けていたなら、その爪は確実に標的を追って切り裂いただろう。でも、オルキヌスウルフ自身の最速の一撃だっただけに、詰められた間合いには反応出来なかった。

「――はあっ!」

 クローネの気合いが奔る。


 バキッ!

 ドガガガ、バキメキキョズ……ズン


 残心を取ったクローネの剣は根本から折れていた。

 オルキヌスウルフの巨体が突進の勢いのまま森の木々を薙ぎ倒して転がる。

「ガハッ、ガブォ――」

 最期に肺に残った空気を血と命と共に吐き出し、息絶えた。前脚を裂いた剣の刀身は、その身体を肩から腰まで切り裂いて、そこに残っていた。


 ◇ ◇ ◇


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