第43話 危ない橋
「よお、ご苦労さん」
それぞれ馬を牽いた男と大男。
「なんだお前ら? 魔獣警報で夜間は全ての街門は閉鎖だ。街から出たけりゃ明日南北の大門で手続きしろ。通用門は昼間も警報解除までどこも閉鎖だぞ、魔獣と反対側のここもだ」
話の内容からして相手は門番かな。つまりここはいくつかある東側の通用門のひとつらしい。
男と大男は、ボクとニアを厳重に縛り上げて別々の荷物に詰め込むと、馬に背負わせた。
門番は2人だけ。辺りにそれ以外の気配はない。魔獣側の外壁に重点的に人を配置してるぶん、こっちは警備が薄いって事か。
若い門番は低レベルの冒険者だろうか。油断しすぎだよ、こいつらどう考えても不審でしょ。もっとちゃんと警戒しないと、キミたちの命は今風前の灯火なんだってば! 逃げて! 人呼んで!
(んーっ、んーっ!)
ボクに出来るのは、声を上げようともがく事だけ。
「……ん? 何だ? 声?」
門番のひとりがボクの声に気付いた。
「――!?」
そして、二人の気配が途絶えた。ああ……。
この男、要所で気配を隠蔽するから、どうやってるのかよくわかんない。
一瞬で命を刈り取るのは、暗殺系の技なんだろうか。
「おい、死体は堀のその下にでも放り込んどけ。多少時間が稼げりゃ十分だ、どうせすぐに追手かける余裕なんてないからな」
こいつら、まんまと街の外に出てしまった。
魔獣が出たのは、本来初心者向けのはずだった西の山地の南寄り。その反対側って事は、北に向かうつもりだろうか。
北は隣国ヤーマに通じてる。国境の検問はこうはいかないはずだけど、「注文品」とか言ってたし、内通者でもいるのか。
このままじゃまた豚貴族のとこの二の舞……いや、そんなことよりニアと同じとこに売られる可能性は低いんじゃ……なんとか、この道中でなんとかしないと……。
◇ ◇ ◇
「アニキぃ、なあ、街出たしもういいだろう? 遊ばせてくれよお」
馬にまたがり夜道を行く二人。後ろを進む大男がボヤく。
ボクとニアは、先を行く男の馬の左右に下げた荷物にそれぞれ押し込められてる。
二人とも厳重に縛られていて身動きは出来ない。猿ぐつわで声も上げられない。
「バカヤロウ、早く街から離れるぞ。災害級なんて鉢合わせたら終わりだ」
「魔獣はあっち側だろお、こっちまで来ねんじゃねえかあ」
「1頭とは限らん。危ない橋渡ってんだ、気ぃ抜くんじゃねえ」
そ、そんな危ない橋にボクたちを巻き込まないでくれよ……。
冒険者たちがあっという間に蹂躙された、あの場面を思い出してしまう。
得体が知れないのに絶望的な恐怖を纏って迫るあの気配。
「お、脅かすなよお、アニキも大丈夫だと踏んでんだろお」
今この時、不気味に静まる森の奥から、またあの気配が迫る錯覚に囚われて身震いする。
……?
錯覚?
……錯覚にしては、不気味な気配の意識が、あの時よりもはっきりとこっちに向いてるような。
「ん、ん――っ! ん――っ!!」
ヤバい! これはあの魔獣だ! オルキヌスウルフだ!! 狙われてる! ボクたちが狙われてるってば!!
「うるせぇ、てめぇ自分がレアだから安全と思って舐めてやがると思い知らすぞ」
違うって! お前、気配隠蔽出来るくせに、この気配がわかんないのかよ! 来る! 来た!
「アニキい、それはオラに――」
ザッ! ――ドッ!
突然。
躍り出た巨大なシルエットが頭上を通過した。
ガシャア
――ボオッ
大男が提げていたランプが吹き飛び、巻き散らされた油に火が燃え広がる。
振り返る巨大な体躯と巨大な双眸が、火に照らされて闇の中でオレンジ色に浮き上がる。
――いや、違う。不気味に笑う目のように見えるのは、オルキヌスウルフの白い斑紋。
ゴッ、ドサッ
オルキヌスウルフがふいっと顔を振り、咥えていたふたつの塊をこちらに投げた。
それは、馬の首と――無残な表情を晒した大男の上半身。
後ろにいる大男は、馬の首ごと、胸から上がなくなっていた。――ゆっくり、崩れ落ちる。
「ブルルッヒヒーン!」
「うおっ!」
「――!」
ボクたちの乗る馬が嘶き、後脚で立ち上がったと思うと、逆に勢いよく後脚を蹴り上げて男を振り落とした。ボクたちが入った荷物も宙を舞って地面に落ちる。
パニックを起こした馬が全力で駆け出す。さすがに速い。
オルキヌスウルフはそれを見送ってたけど、こちらに一瞥をくれると、地を蹴った。
速い、どころの話じゃない。残像を残して瞬間移動するかのように馬を追う。
――いや、ホントに残像が残ってる。残像がゆらりと揺れると、すうっと消えた。これは幻術?
「ちいっ、ツイてねえ!」
男は吐き捨てると、荷物の中からボクの入った革袋を掴み、気配を消して森に駆け込んだ。
ボクは離れていく気配を見る。
放せ! ニアが! ニアが残って――!!
オルキヌスウルフが逃げた馬を咥えてニアのいるところに戻ってきた。
息絶えた馬を凄惨な肉塊のそばに置く。
近くにはニアが中にいる荷物が転がってる。
ニア! ニアが! ――ひっ!?
オルキヌスウルフの視線は、ニアではなくこっちを貫いた。
瞬間。
オルキヌスウルフの真っ赤に開かれた巨大な口が目の前にあった。
「うわあっ!」
男が叫ぶ。
ボクは革袋のまま飛んで逃げようとしたけど、男がボクを放さなかった。
牙の列が男をボクごと捕える。
ゴリボキキッグモッ――
「ごがぁはっ!」
オルキヌスウルフの顎が容赦なく男を砕き、その音と呻きが耳元に響く。
ぐぇぇぇ――
ボクは男に掴まれたまま、巨大な舌と上顎に潰される。
男の手が痙攣して喉の奥にボクを放しそうになる。
ダメ! 放すな! 吞まれちゃうぅ!
「ぅ……ぐ……」
男は瀕死のまま、執念でボクを握り直した。
た、助かった……いや、全然助かってない!
ドサッ
オルキヌスウルフは、元の場所に戻って男を大男の残骸の上に落とした。
そして、散らばった荷物を鼻先で残骸に寄せる。ニアもその中のまま。
「お……ご……」
あ、この男まだ生きてんだ。
オルキヌスウルフが腰を下ろして男を見下ろす。
ボクは革袋ごと飛べなくもない。
でも男の手はまだボクを握ってるし、ボクも竦んで動けない。
オルキヌスウルフはボクたちを見下ろしたまま。
でも、あの時のように食事を始める様子がない。
そういえばオルキヌスウルフは、まだ誰も、馬も、食べてないよね。
――そうか。逃げた獲物をここに集めて、逃げないようにしてるのか。
いったい何をするつもり?
実は食べないとか、殺すつもりはないとか……なんて、そんな都合のいい展開はありそうにない。
ふと、オルキヌスウルフが顔を上げた。
その視線の先に現れたのは――もう一頭のオルキヌスウルフ。
「クゥーン」
ボクたちの上のオルキヌスウルフが甘えるような声で鳴いた。
そうか、ツガイって――
ああ、一緒に食事しようって事か――
ああ――




