第39話 噂
「おお、フェイ、来とったんか。礼言いたかったんや。おかげさんでウハウハや、おおきにな!」
上機嫌だったボスは、ボクたちを見るとちょっと神妙になって頭を下げた。
「売れてるなら良かったよ」
「そらもう飛ぶように売れとるわ、絵画と印刷の革命や。このマンガってやり方、どっから仕入れてきたんや?」
――まあ、言っちゃってもいいかな。
「んー、前世の記憶」
「ほお……さすが妖精さんはご利益あるな。拝んどこ」
ボクに手を合わせてお辞儀するボス。
「フェイ、生まれる前のこと覚えてるの?」
ニアの興味に引っかかったみたい。
「うんまあ、全部じゃないけどね。こことは違う世界みたいだよ」
そういや前世のノベルやマンガでは、前世覚えてるの隠す展開が多かったっけ。なんでだろ? 前世がどうあれボクはボクだし、聞かれて困る話じゃないし。
「それじゃマンガの事みたいに、その世界の記憶でいろんな凄いことができるんじゃない?」
シロン、さすが作家! これだけでチート無双の概念に行き着くなんて!
――でもなあ。
「境遇が違いすぎて、前世の記憶なんてあんまり役に立たないや」
前世はどんだけ科学の恩恵で生きていたのかと思うけど、じゃあボクがこの世界で科学の恩恵を生み出せるかというとね。ボクなんてちっぽけすぎて何もできない。物理的にも。
「それでもや。今は思い付かへんだけのコトで、他にも何か出来そうな気ぃするな。やっぱ拝んどこ」
「ボクは出来れば平穏に暮らしたいんだけどなあ」
――なんかボク、追放スローライフ系みたいな事言ってない?
・ ・ ・
「今年の妖精祭は新しい王女さん来るらしいで」
「妖精祭?」
何それ?
「ミヤノの妖精祭、たのしみ」
ニアは知ってるんだ。有名なのかな。
「泉の妖精さんに感謝するって、年に一度の歴史あるお祭りや。灯篭流しとかキレイやし、遠くからわざわざ見に来る人もぎょうさんいるくらい有名やで」
「うん、お母さんがよく話してくれた。食べ物とかゲームとかの屋台のお店が並んでて楽しいって」
「せや、中央通りから泉までいろんな屋台が並んで賑やかやで。輪投げや射的、針球に蝦釣りとかイロイロ遊べるし、串焼きやの卵餅やの豆花や葱油焼き、大鳥揚とか旨いモンもぎょうさんや」
「へぇー、楽しそう」
感心するボクにボスが意味ありげにニヤリとして言う。
「妖精の姿焼きも有名なんやでえ」
「え゛っ!? すすす、姿焼き!? 妖精の!?」
シロンが目を逸らして肩を震わせてる。えっ、何、どういうこと!?
「わははは、お菓子やお菓子。妖精の姿をかたどった、甘ぁい餡たっぷりの饅頭や」
「な、なんだ、びっくりしたあ」
でもそれ、妖精に感謝するはずなのに趣味悪くない? ボスはしてやったりって顔で笑ってるし。
「あとはやっぱ最終日の灯篭流しやな。泉いっぱいに浮かぶ灯篭は綺麗やでえ。そんときに王宮の式典があるんやけど、今年はそれに4番目の王女さんが来るんやって。来週やったかな、成年の儀を迎えて王宮入りするんで、そのお披露目って事や。祭りに王族サマが直々に見えるの何年振りやろな」
妖精祭かあ。妖精のボクとしてはむず痒いような気もするけど、ボクが感謝されてるわけじゃないしね。
・ ・ ・
「そんでな、隣国のナクオトで流行り病が出て、けっこう犠牲が出てるらしいで」
「流行り病って、妖精のおとぎ話みたいな?」
「それが話がよう似てんねんな、ほっとくと血ぃ吐いて死ぬらしいわ」
「えっ、それヤバいんじゃ……」
「まあポーションで治るんやけどな、フェイがまた身を投げるようなことにはならへんやろ」
「治るなら大丈夫だよね? ボクはそんな殊勝じゃないから逃げ出すよ」
「ただな、貧民街の連中はそうもいかん。初級ポーションでも奴らにとっちゃ1か月の稼ぎがいる。貯えなんてあれへんから買われへん。そうやって貧民街が起点になって病が蔓延しとるらしい。そうするとポーションも足りんくなってまうんや」
「貧民街……ミヤノにもそういうとこあるの?」
「あるで、北の隅っこの方や。まだウチの国でその病が出た話はないけどな、国はもうポーション増産に動いとるらしいで。ジブンらも今のうちに念のためポーション買うとけや……って、ホンマにフェイの血でも治るんか?」
「……さ、さあ? どうなんだろ?」
たぶん治るだろうけど、なんか怖いから誤魔化しちゃったよ。
◇ ◇ ◇
 




