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第37話 薄い本

「シロンのとこ行く」

「ちょっと朝早すぎない?」

 セリスたちの移動に合わせた時間だから、人様のお宅を訪ねるにはちょーっと早いと思う。特にシロンみたいなクリエイタータイプの人は、きっと、たぶん。

「他に用もないし、公園あたりでノンビリしよう?」

 通りは人が行き交ってるけど、逆にボクたちを気にかける人もいないんで、いつものように隠れてるボクはニアと普通に会話できる。

「うん、行こっか」

 公園ならシロンのアトリエも近いしね。


「なんだろ?」

 公園の泉のほとり、少し広い場所に人だかりがあった。近付いてみると、どうも列を作って何かを待っているようだ。子供が多いな。

 この辺りは食べ物の移動屋台が陣取る場所。朝食売ってる屋台もあるけど、まだ準備中で開店してないとこがほとんど。開店を待つほどの人気店があるのかと思ったけど、人の列は屋台の間のぽっかり空いたスペースを先頭にしてるみたい。

「なんの列?」

 ニアが列の最後尾の少年に尋ねた。

「なんだチビ、他所モンか? ファーリーウルフだよ、今週号が今日出るはずなんだ……マンガって知ってるか?」

 ニアは黙って頷いたけど、フード被ってるから見えたかどうか。ニアが後ろに並ぶと、少年はニアに興味を失って前を向いた。

 ヒジュで見たあの本か、こんなとこで売ってるんだね。

 しばらく並んでると、ニアの後ろにも列が伸びていく。列に並ぼうと前の方から歩いてくる半獣人の二人。兄妹かな、ニアより小さな女の子の手を男の子が引いてる。

「あーっ、ファーリーウルフ!」

 その女の子がニアを指差して叫んだ。下から見上げるとフードの下の顔が見えてしまう。

「狼じゃない。私は猫族」

 ニアが女の子の言葉を訂正した。

「……えっ、獣人!?」

 男の子の方はニアと同年代くらい。つられてニアを見て気付く。

「獣人?」「この子?」「ホントだ」「うわー」「初めて見た」

 ニアの周りに人が集まって来て、顔を覗き込んだりして口々に囃す。ニアが思わず後ずさる。

「お前らやめろよ、怖がってるだろ!」

 その時、誰かがニアの前に割って入った。犬族半獣人の少年。ニアに振り返る。

「久しぶり。あんときゃ悪かった。俺もテンパっちまってさ」

 彼が右手を差し出す。……ああ。組合の食堂でニアと取っ組み合いの喧嘩をした彼じゃん。

 ニアは彼の手を見て顔を見上げる。誰かはわかったようだけど。

「悪かったよ。仲良くしようぜ」

 獣人とトモダチという、シロンのマンガが流行った事からの打算もある気はするけど。それよりもホントに気遣ってるみたいだし、基本的には悪い奴じゃなさそう。

「……うん。許す」

 ニアはフードを捲ると、彼の右手を取った。

「おおー……」「猫族だ」「ファーリー……キャット?」

 彼の顔が喜びに染まると同時に、ニアの顔を見た周りからどよめきが上がる。何だろ、街でタレント見たみたいな反応。

「獣人、カッコいいな! 俺はテリア、駆け出しのFランクだ、よろしくな」

「ニア、私もFランク」

 カッコいいと言われて戸惑うニア。

「あっ、屋台が来た! じゃあな、今度仲間にも紹介させてくれよ! お供の妖精も!」

「……む、それは秘密」

「ははっ!」

 冗談を上手く返されたと思ったみたい。彼は元いた列の前の方に戻って行った。


 通りの向こうから二人の大人が屋台を引いてやって来る。屋台と言うか、ほぼリヤカー。シロンやボスのジョバンがいるかと思ったけど、知らない人たちだ。

 屋台が列の先頭の前に収まると、彼らはおもむろに折り畳みの長机を広げ、その上に薄い本の束を積み上げた。

「販売開始しまーす、2列に並んでくださーい」

 パチパチパチ……

 並んでいる人たちから拍手が起こる。いつの間にか長く伸びた行列は泉の周りを半周くらいしていた。

 すっごくどこかで見たような、懐かしの光景。ああ、ボクはもうあそこに戻る事はないんだなあ。

 ――いや、むしろこれがこの世界での始まりなのかもしれない。


 ・ ・ ・


 ほどなくしてニアも無事その本を手に入れた。1冊30ブロ。週イチなら子供でも買えなくもない値段だ。――裕福な子供だけかな? この世界の子供のお財布事情はわかんないや。

 さっそく読もうかとあたりを見回すけど、みんな座り込んで読み耽ってるから場所がない。ふと、本を閉じて立ち上がった男に目が行く。若いけど、もう少年という年頃ではない。こんな大人も読むんだ。前の世界で言う大きいお友達だよ、この世界いきなりレベル高いな!?

 彼は立ち去りながらポイと本を投げた。あ、読んだらもういらないタイプ。薄い本じゃなくて少年ナントカの週刊誌みたいな扱いだね。でもポイ捨てはどうなの?と思ってたら、数人の子供が競うように駆け寄り、その一人が風のように本を拾い上げて走り去った。……浮浪児かな、身なりがボロボロだった。買えない子供にもマンガはこうして浸透してるんだ。


 ◇ ◇ ◇


 コンコン

「たのもー」

 ニアが背伸びしてドアのノッカーを叩く。結局読むのを諦めて、シロンのアトリエにやって来ていた。

 まだ朝は朝だけど、さすがに普通なら朝食終わってる時間でしょ。普通なら。

 コンコン

「たのもー」

 返事がないのでもう一度。

 ……ドタバタタ……

 今度は中で物音がした。しばし待つ。

 ガチャ

「どなた……」

 どう見ても起き抜けのシロンがヌッと顔を出した。

 ニアを見ると目が覚めたように歓喜を浮かべる。

「ニア! フェイ! ようこそ!」

 ボクもニアの胸から顔を出していた。


 ◇ ◇ ◇


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