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第17話 空想

 …………んぅ……

 強烈な匂いで目が覚める。成人男性ならみんな知ってるこの匂い……。

 全身の肌に直接纏わりつく、大量のスライムみたいなゼリー状の塊。温かくてヌルヌルして白っぽい、この粘液は……


 うえええぇ!!


 身を捩ろうとしたけど、ボクサイズの磔に手足が拘束されていた。しかも大の字で逆立ちの状態。

 荒い息をしながら、今まさに何かをやり遂げて満足した顔の豚が逆さまに見える。

 ボクが気絶してる間に何しやがったああああ!

「ふうううう……ぐふふふ、もう目覚めおったか。どうだ、たまらんだろう」

 豚が指の腹でボクの全身を嬲る。

 ぐちゅぐちゅと粘性の高い粘液を潰すように潤滑油にしながら、ボクの身体を撫でまわす。

 うぞぞぞぞ……

 ききき、きぼぢわるいいいい……

「ぐふふふふ、さあ、次はこれだ……」

 豚が口角を歪める。

 手に取ったのは、数枚の大きな鳥の羽根……羽根ペンだ。

 あの本の絵を思い出し、何をするつもりなのかを理解してしまう。

「や……やめろ! そんなの無理いい!」

 ひときわ大きな一本の羽根を手にした豚の巨大な手が迫る。

 必死に全身を捩って抵抗する。でも、無駄な抵抗でしかない。

「ぐふふふ、ふふふふふ…………」

 豚が磔台ごと、逆さのボクの腰を握る。巨大な手の強大な力にがっちり抑え込まれ、必死に身を捩っても身動き出来ない。

 羽根ペンを持ったもう片方の手が降りて来て、圧倒的な質量がボクの内股を押し広げる。

「いいいやあああああああ!!!」

 狙いを定めたそれがそこに沈み込もうとした、そのとき。


 ガンッ!


 硬質な音とともに、豚は羽根ペンを放り出してビクンと伸び上がった。 

 ……ニア!


「ふぐおおお、貴様、一度ならず二度までも……だが、今度はちゃんと対策しておるわ!」

「……痛い」

 ニアが蹴り上げた豚の丸出しの股間は、あの部分だけが半球状の鉄防具でガードされていた。

「貴様、あれだけ痛め付けたというのに、どうやって抜け出した!」

 豚は、掴んでいたボクを磔台ごとニアの方に突き出す。

「動くな、こいつがどうなっても…………」

 でも、ニアは豚の言葉が終わる前に、自分の首輪を掴んでフルスイングしていた。

 首輪が豚の顔に「ベシッ!」っと張り付く。

「ベスポジだから、ごめん、フェイ」


 バシイッ!


「ふごっ」「ぎゃんっ」

 首輪から幾条もの稲妻が迸る。豚がまた硬直した。もちろんボクも。

 ニアはスタスタと近付くと、豚が突き出したボクを両手で大事そうに受け取って、豚に蹴りを入れる。

 豚はそのまま、ちょうど真後ろにあった拘束台に仰向けに倒れた。

「ちょっと待ってて」

 ニアは、横の机にボクを仰向けにそっと横たえると、拘束台のベルトで豚を固定していく。


 ・ ・ ・


「貴様ああ! これを解かんか! 解けええええええ!」

「むー、うるさい……」

 電撃の硬直が解けた豚が絶叫し続け、ニアは顔をしかめる。

 部屋を見回し、壁にぶら下がるいろんな器具から、長いベルトが付いた鉄球を手に取り、絶叫する豚の口に鉄球を突っ込んで拘束台ごと縛り上げた。

「ふごっ、んおおおおお!」

 うん、ボリュームが下がったね。

「ニア、どうやって……傷は大丈夫!?」

「フェイの味がして気が付いたら、手のベルトが外れてた……これ、フェイの血?」

 ニアは自分の頬に付いた血の染みを指で取って舐める。

 ニアのグレーの毛皮は、身体のあちこちが血の染みで黒いまだら模様になってる。ニアの毛色は血の赤が分かりにくいな。

「……おいしい。ポーション感もマシマシ?」

 あんなに酷かった鞭の傷が塞がってる。ボクの血はボク自身の超回復と同じような効果が得られるってこと?

 でも……やっぱ美味しいのか……。

「食べないでよね?」

「え、食べないよお」

 前世のアニメで聞いたようなやり取りだけど、ボクはまだ磔のまんまだし、臨場感がシャレになってない……。

「フェイが外してくれたんだよね? こんなに血が出て、フェイは大丈夫?」

「うんまあ……ボクは結構な怪我でも自己治癒するみたいなんだよね」

 ニアが話しながらボクの拘束を解いている間に、なんでボクが来たのか事情を説明した。

「むうう、あいつあとで殴る」


「フェイ、くちゃい。ばっちい」

「うぅぅ…………」

 ニアは、拘束を解いたボクを抱き上げようとして、ヌメヌメに気付き、ボクを腋から二本の指で摘まみ上げて顔をしかめた。

「あの水で洗う」

「あの水槽!? いやあそこには蛸が、蛸! 怖いいいいい!」

 完全にトラウマだよ!?

「蛸?」

 ニアが水槽を覗き込む。

「おおー、大物。さ、フェイ、ここで身体洗える」

「いいい…………」

 こっち見てる、蛸がこっち見てるよ。足がすくんで及び腰になる。

「洗ってあげようか?」

 ニアは返事を聞かずにボクを掴んで水に突っ込み、ぞんざいにシェイクする。

 あばばばば。

 ニアもこの汚れはそうとう嫌だったらしい。

 蛸も、嫌なものを見るように、水槽の隅で丸まっていた。


 とりあえず気持ち悪いドロドロをなんとか洗い流し、修復した服を着た。

 これ塩水だよ。うう、おフロ入りたい……。

 ニアは壁にぶら下がったあれこれを物色しはじめた。

 ふと横の書架を見ると、この災難の元凶たる、シロンの薄い本がまだ置いてある。

 ふわりと書架に飛び乗ってボクが近付くと、開いたページが端から少し変色した。

 そうか、ボクが飛んでる魔力に魔鉱紙が反応してるのか。

 背中を向け、羽の魔力でページを撫でてみる。

 忌まわしい蛸の絵は、撫でたところが鮮やかなエメラルドグリーン一色で綺麗に上書きされた。

 手で絵に魔力を流してみる。手で辿った跡が濃い緑色になった。

 うーん、ちょっと姿勢が苦しいけど、羽の方が効率いいな。

 1ページずつめくっては、消去を繰り返す。

 シロンの空想であるはずの絵が、だいたい身に覚えがある事になってんだけど……。

「ぶふっ!」

 さらにページをめくって、思わず吹き出した。

「ん? フェイ?」

 いろんな道具を物色していたニアが振り向く。

「なな、何でもないよ、だいじょぶ」

 言いながら背の羽でページを大きくひと撫でする。

 これはニアには見せられない。

 シロンさあ……そっか、獣人オタクでもあるって言われてたっけ……。


 結局、10枚近くあった絵をすべて抹消完了。

 第二、第三の豚を生まないためにも、ここで存在を抹殺しておかねば。

 空想と現実を区別するのは、この世界にはまだ早いみたいだよ……。


 ・ ・ ・


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