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第1話 転生

  ん……ここは?


 ぼやけた世界から、カメラのピントがすっと合うように、視界が像を結ぶ。

 ボクは眠りから目が醒めた。


 ……眠りから?


 なんだか少し感覚が違う気がする。まあとにかく、今目が覚めたのは確か。

 まず目に入ったのは、生い茂る植物。背が高くて葉だけのような――こんな植物は初めて見るな。似てるといえば、ソテツ? サボテン? というか、ただの草をそのままま巨大にしたような。

 そして草と土の匂い。

 ボクはどうやら外で寝てたみたい。でもこの場所、こんな森の中は、身に覚えがない。

 頭が働き始めると同時に、最後の記憶がフラッシュバックする。


 ……ボク、死んだよね?


 休みにアキバで薄い本を買い込み、その帰り路。最寄の駅から自宅のアパートに歩く途中。

 マンション工事の現場の横を歩いてたら、重量物が崩れ落ちるような轟音が響いた。

 振り返ったボクが見たのは、巨大な重機の長いアームが、夕焼けの赤い空に弧を描くところ。

 スローモーションのように見えるそれが、ほんの一瞬の出来事であることも理解できる。

 ボクの身体は金縛りのように固まったまま、圧倒的な鉄塊が視界を覆うのを、ただ見ている事しかできなかった。

 ……うん。

 あの状況から死なないで済む未来が思い浮かばない。

 つまり、ここはあの世?

 冴えない社畜エンジニアでモテないヲタ男子だったボクは、27年と少しの生涯を閉じたようだ。

 ……あれ?

 ボク……ボクの名前は何だったっけ?

 おかしいな、小さな頃から今まで生きてきた記憶はあるのに、自分の名前が思い出せない。


 ボクの名前は「フェイ」だよね。

 ……えっ?

 そうだよ、妖精のフェイ。

 ……えっ?


 もうひとつの最後の記憶がフラッシュバックする。

 絶望とともに振り返ったボクが見たのは、巨大な熊魔獣の長い前肢が、夕焼けの赤い空に弧を描くところ。

 スローモーションのように見えるそれが、ほんの一瞬の出来事であることも理解できる。

 ボクの身体は金縛りのように固まったまま、ボクの胴ほどもある爪がボクの身体を引き裂くのを、ただ見ている事しかできなかった。


 ……うん。

 こっちは間違いようがなく、最期の瞬間まで。

 つまり、どういうこと……?

 喪ヲタ男子として過ごした記憶は……うん、覚えてる。

 じゃあ、妖精としての記憶は……最期の瞬間しか思い出せない。

 現状を把握しよう。つまり、これはよくあるあれだ。


 異世界転生だ。


 とりあえず、服の土を払いながら立ち上がった。

 ……女の子。

 服をはたいたのは華奢な両腕。見下ろした胸にはふたつの膨らみ。スカートから伸びるのはすらりとした色白の二本の足。

 両の頬に手を添える。……やわらかい。

 その手を胸のふくらみに当ててみる。や、やわらかい……

 そうだった、ボクは女なんだった。

 現状を把握しよう。つまり、これはたまにあるあれだ。


 TS異世界転生だ。


 ぐるりと周りを見回してみる。

 ここは、妖精として生きてきた世界……だよね。だって地球の草がこんなに大きいわけがない。

 というより、ボクが小さいんだ。

 背中から伸びる魔力の羽でふわりと舞い上がる。

 間違いない。ボクは妖精で、ボクは女の子。

 現状を把握しよう。つまり、これはまれにあるあれだ。


 異種族TS異世界転生だ。


 転生したのに、ボクの意識はボクのままなんだね。

 日本で生まれ育ったボクは、就職とともに東京に出てきて社畜生活を送っていた。もともとオタクだったけど、東京はオタク天国で、さらにのめり込んでた。特にマンガが好きで、年2回のお祭りにも欠かさず通ってた。薄い本のコレクションはなかなかのものと自負してる。……いた。もう過去形だね。

 自分の手に目を落とす。今までの成人男子のゴツい手じゃない。華奢で綺麗な両手。

 ……不思議だな。ボクはボクのままなのに、自分が妖精の女の子だということに違和感がない。

 死ぬ間際の数秒間だけ……まるで、ボクがこっちのボクであることを自覚するためだけに覚えているような記憶があるのみ。

 つまり、ボクっ娘かあ。

 それはそれで萌えるよな、うん。転生したら妖精さんでしたとかラノベっぽいね。転生ものは好きだったし、実はちょっと嬉しいかも。だって社畜人生よりよっぽど良くない? しかもTSだよ! どこかに鏡とかないかなあ。どんな顔なんだろう。ぺたぺた触ってみると、耳が長くはないけど尖ってて、いわゆるエルフ耳なのはわかる。

 神さまと話したりした覚えはないけど、転生といえばたいていチートスキルがあるものじゃない? 俺TUEEEでハーレム……って、TSにその線はないのか。

 ここはどんな世界なんだろ。とりあえずは、何の力もない赤ん坊から始まって戦場に駆り出されるようなハードモードじゃなくてよかったあ。

 空中でくるりと、スケートのスピンのように回ってみる。服と髪がふわりとふくらんでなびく。淡い水色が基調のふわふわのワンピースと、髪は背中にかかるくらいの濃い目のブロンド。

 飛ぶことに違和感は全くない。歩くことのように自然と身に付いてる。二枚の羽は羽ばたくためのものではなく、飛ぶための魔力が羽の形に見えるもので実体はない。

 ちょっと勢いをつけて飛んでみたり、その辺の花や葉を目安に方向転換してみたりして飛ぶ感覚を確かめてみる。

 ――ああ、なるほど。

 アニメやゲームでチョコマカ飛んでる妖精さんムーブってこういうことなのか。


 〜 〜 〜


 時はほんの少し遡る。


 小躍りするかのように機嫌よく歩いてきた彼女は、ふと立ち止まった。

 彼女がいるそこは、壁も床も、いや、空と地面さえも掴みどころがない空間。

 それでいて柔らかな光が隅々まで行き渡っている。

 白を基調としたゆったりとしたドレス。床……地面?……に届きそうな輝く金色の長い髪。

 彼女はまるでわくわくするような何かが目の前にあるかのように、首を傾げて何かを覗き込んだ。

 いつの間にか彼女の前に浮かぶ球体のような何かを見ていた彼女の、柔和な表情でいながら端正に整った笑顔がふと曇る。

「あらあ、また鍵が壊れちゃってるぅ。やっぱり、一度発動しちゃうとそのままじゃダメですかねえ。仕方ありません、また作り直しましょうか」

 そう言って手を伸ばすと、立体映像のように、小さな人間――背に二枚の羽根を持つ妖精の姿が浮かび上がる。

「今度は生存の性能を少し上げておきましょうね……こんなものですか。それじゃあ、っと」

 また手を伸ばし、流れる水を掬うように掌を上に向けると、いつの間にかそこにあった光の流れが手から零れた。

 よく見るとそれはサラサラとした砂のようで、ひとつひとつの粒子が色とりどりに輝いている。青いもの、赤いもの、明るいもの、淡いもの……。

 そして、一粒が掌に残った。

「はい、バッドラックなあなた、これに入ってちょうだいな。――あら、あなた前世が地球なのね、期待しちゃうわぁ。こんどは長持ちしてね、いってらっしゃ~い」


 彼女を知る者はこの世界にいない――はず。


 〜 〜 〜


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