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 稲妻   作者: sanpo
3/3

 低い声で駆は続けた。

「寂しい時、悲しい時、辛い時、落ち込んだ時、しんどい時、くじけそうな時、いつだって俺を支えてくれた。やり場のない恨みや憎しみ、怒り……感情の嵐に体ごと(さら)われそうな時も俺を落ち着かせてくれた。競技に勝つとか、いい成績を残すなんて願い事は勿論、どう言えばいいのかな? 今日まで、どんな時も俺を守り、生きる力――エネルギーを与えてくれたんだよ。な? 和奏、そうだったろ?」

「うん、その通りよ。私、上がり症で、いつも大会本番は足が震えて頭が真っ白になるのに、今回は違ったもの。これを身につけてたら、怖くなかった。勇気が湧いて冷静になった。だから、最高のスタートが切れた――」

「そりゃよかった! やっぱりな、和奏のことも笑ねぇが守ってくれたんだよ!」

「笑らしいな」

 行人は笑って、手を差し伸べる。

「駆、俺も、いいかい? 触らせてくれ」

「どうぞ、どうぞ」

 小さな細い石――かつて触れた恋人の白い指に似ている――を手の中にギュッと包み込んで目を閉じる。手を(つな)いで帰る部活の帰り道、優しい風が吹くたび肩先で揺れる柔らかな髪と微笑み。ふいに手を引っ張られた。見て、蛍よ! うん、知ってる。初夏、明滅する光は川渕に幾百と飛び交っている。でも、俺はあの夜、そんなもの見ていなかった。見ていたのはたった二つの光。俺の真横で(またた)く、あの……


 しばらくして行人は目を開け、静かに息を吐いた。

「ありがとう、駆。俺も元気をもらったよ」

 和奏が姉を振り返った。

「香織ねぇも、どう? 持ってみて」

「わ、私はいいわ」

 首を振ると歌織はさっと立ち上がった。

「じゃ、明日も早いので私はこれで」

「えー、もう? 姉さん、さっき来たばかりじゃない」

「あなたもよ、和奏、一緒に帰るわよ。明日も学校があるでしょ」

 監督の顔に戻って行人がうなづく。

「そうだな、じゃ、この辺でお開きとしよう」

「やだぁ、私――せめて、駆とゆっくり歩いて帰りたい。駆も明日の朝早く大学の合宿場に戻ると言うし、そしたらしばらく会えなくなるもん」

「俺、ちゃんと送って行きます」

「じゃ、俺は歌織さんを送ってくよ」


「逃げられないのね、嫌と言うほどわかったわ」

 人通りが減り、シャッターの降り始めた商店街をどのくらい歩いただろう。唐突に歌織は言った。

「このことは墓の中まで持って行こうと思っていた。そして、あの世で笑に謝ろうと。でも――そんなんじゃ、笑は許してくれないのね」

 真横を歩く行人をまっすぐに見つめる。

「笑を殺したのは私です」

「ば、馬鹿なことを言うなよ」

 息をのむ行人。

「あの日――笑が雷に撃たれて亡くなった時、君も俺たちと一緒に体育館にいたじゃないか!」

 歌織は激しく頭を振った。

「笑を、あの雨の中走らせて――結果的に笑が雷に撃たれたのは私のせいなの」

 声が(かす)れる。

「もちろん、命を奪おうとまでは思っていなかった。でも、びしょ濡れになればどんなにいい気味だろうとは思った」

「何故――」

「だって笑が憎くてたまらなかったから。あなたを独占してる」

「え?」

「私だって笑と同じくらいあなたに夢中だった」

「それは……知らなかった。俺……」

「そうよね、あなたはいつも笑しか見てなかったもの」

 背筋を伸ばして歌織は言った。

「風邪で熱があり学校を欠席した笑に私はメールしたの。〈行人サンが寂しがってる。それにね、聞いたのよ。あなたがいないこの機会に衣笠主将に告白する人がいるって。いいの? ほっといて?〉」

 口を閉ざし、きつく唇を噛む。

「笑の性格は誰よりも知っていた。純情で純真。いつもまっすぐにゴールを駆け抜ける。そのままにあの日も一直線。熱なんかもろともせずに部活へ駆けて来る――それでいい」

 うっすらと微笑んで歌織は言った。

「実を言うとね、濡れ鼠になった笑に言うセリフも用意してた。『バカねぇ、そんなにムキになっちゃって。揶揄(からか)っただけよ。あ~あ、かなわないなぁ』……でも、これで気分は晴れる。ささやかなイジワルには大きな代償。あなたたち二人の仲に私が入り込む込む余地はない。今日こそ、きっぱりと受け入れよう。私は失恋したのだ、と」

 額にかかる前髪をサッと払う。

「私には、びしょ濡れの笑に心配そうに駆け寄るあなたの姿さえ見えてた。てんでピエロじゃない? でもそこまでしないと私はあなたを諦めきれなかったの!」

「――」

「ところが、あの日私がなったのは道化(ピエロ)じゃなかった。親友の命を奪った〈死神〉、愛した人から大切な人を奪った〈悪魔〉――」

 一気に言い切った。

「ね? 私、最低の人間なんです。わかってる、生きてる価値はない。こうして、あなたに真実を明かしたことだし、もういい、スッキリしたわ――さよなら!」

 その場から駆け出した歌織の腕を強く行人が(つか)んだ。

「待て、おまえが笑を殺したわけじゃない、あれは偶然の事故だったんだ」

「違う! 違う!」

「聞けったら! おまえは嘘で笑を誘いだした。でもそれが笑の死の原因じゃない。それが原因と言うなら俺だって――いや、俺の方がもっと原因だ」

「?」

「俺もずっと自分を呪っていた。俺が笑を殺したんだって。だって、笑はあの日も、誕生日に俺が贈った金鎖のネックレスをしてた。それが雷を誘引したんじゃないのか……?」

 両肩を掴み、真正面から顔を覗き込んで行人は言った。

「だから、歌織、よく聞け! 今、俺がおまえに言いたいことは、一つだけだ。いいか、馬鹿な真似はするなよ? しっかりと生きて行けよ!」

「行人……」

「おまえは一度、馬鹿な真似をしたんだから――だから、もう二度とそれを繰り返すなよ! 命を断つとか、そんな独り善がりで愚かなことしたら若い二人が悲しむだろ? そして、笑も」

「笑が?」

「駆が信じている通り、あの石が笑の魂なら、笑は二人――駆や和奏を守ってやってるぞ。笑と一緒におまえも二人を祝福してやれよ。二人の恋の行方を見守ってやれよ」

 行人は照れ臭そうに笑った。

「あの石、駆の言うように笑の化身だって、俺もそう思う。手に持つとヒンヤリして心が静まり……身体(からだ)が引き締まって力が湧くんだよ。生きるパワ―が湧く、って言うか」

 ボソリと言い添えた。

「歌織、おまえも今度、握らせてもらえよ。そしたら、それがわかるから」

「ワッ―― ―― ……」


 同時刻、町のアーケード街から遠く離れたあぜ道で若い二人はそっと口づけを交わしていた。天空遥か、燦ざめく星々と月だけがその姿をこっそり覗いている。



      ***


 フルグライト(閃電岩)――英名はラテン語のFulgur〈雷〉から――は落雷の際、その激烈な熱によって瞬時に地中の石英質が溶けて生じる鉱物である。本編内で片岡駆が拾った石はこれだった可能性がある。

 面白いことに、近年、このフルグライトに地球上では存在しない類のリンが大量に含まれていることが判明した。リン【元素記号P】――命名はギリシャ語phosphoros〈光を運ぶもの〉から――はDNAやRNAを構成する、あらゆる生物にとって必須の元素である。それ故、地球における生命誕生の役割は雷が担ったと考えられ始めている。




          稲妻 ―― 了 ――



☆最後までお付き合いくださりありがとうございました!

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