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 稲妻   作者: sanpo
1/3


 ――雨になるのはわかっていた。でも、まさか、こんなにいきなり激しくなるなんて……


 突然降り出した雨の中をえみは全速力で走った。

 両脇に田んぼが広がる細いあぜ道――ここが何処(どこ)よりも近道だ――を一気に駆け抜ける。一閃、稲光が(はし)る。稲の穂も、地面も、白く弾けた。轟音――


「何だって?」

「この先の田んぼ道で片岡笑(かたおかえみ)が雷に撃たれたそうです」

 その一報が届いた時、A高校陸上部員は雨を避けて全員体育館内にいた。

「目撃した人がいて……救急車で市民病院へ搬送されたとのこと」

「わかった、私もすぐ行く――衣笠(きぬがさ)!」

 陸上部監督は主将を振り返った。

「詳細がわかり次第、知らせるから、それまでここで皆と待機していてくれ」

「監督、笑は大丈夫ですよね?」

 既に監督は職員とともに駆け出している。その後姿を見つめながら衣笠行人(きぬがさゆきと)主将は真っ青な顏でつぶやいた。

「馬鹿な……だいたい、なんだって笑はそんなとこにいたんだ? あいつ、風邪で今日は、学校を休むって言ってたのに」

 ドサッ

 背後で鈍い音がして、一人、床に昏倒した。

「あ、清水センパイ……?」

歌織かおり?」

「歌織!」

 片岡笑の親友、清水歌織(しみずかおり)だった。


「嘘だ、姉ちゃん……」

 雨は止んで、月が皓皓(こうこう)と輝いている。

 濡れたあぜ道に立ち尽くす少年――小5の弟、片岡駆かたおかかける身動(みじろ)ぎもせずに真っ黒い地面を見つめている。

「ここで? 笑ねぇが死んだなんて、そ、そんなの嘘だっ!」

 突っ伏して泣きじゃくる。両手で滅茶苦茶に地面を()(むし)った。

「嘘だ、嘘だ、嘘だーーー!」

 突然動きが止まる。何かが地中で指に当たった。

「?」

 掘り出して、凝視する。その頬に再び涙があふれた。泥だらけの(こぶし)を握りしめて少年は絶叫した。

「姉ちゃんーーー!」


 10年後、初夏の空の下。

 体育館前のコンクリートの階段に足を止めて駆は校庭を見下ろしている。

 視線の先には、三年間汗を流したトラック、懐かしきホームグランド……!

 駆の姿に気づいて監督が手を振る。ほとんど同時に部員たちがドッと駆け寄って来た。

「片岡先輩っ!」

「カケルさんっ!」

「駆せんぱいっ!」

「あ、すみません、練習の邪魔しちゃって。終わるまでこっそり見学するつもりでした」

「何言ってる、おまえが顔を見せてくれるなんて、最高のサプライズプレゼントだぞ!」

 若き監督は満面の笑顔で駆の肩を叩いた。

「よく来てくれた、片岡。おまえは今や我がA高校の誇りだ。インターハイ前の部員たちにも何よりの刺激になる」

 取り巻いた部員たちが先を争って口々に叫ぶ。

「素晴らしかったです、片岡先輩!」

「正月は皆、TVの前で声を張り上げて応援してましたっ!」

「先輩の雄姿、目に焼き付けましたよ!」

「一年生で、箱根の花の三区激走、7人ぶっちぎって――しかも区間賞なんて! 凄すぎです!」

 駆は、頬を染めて大いに照れながら、

「それもこれも衣笠監督のおかげです。ここで三年間みっちり鍛えてくれた。ほんとに感謝しています」


「カッコよかったね、カケル先輩!」

 更衣室を出る時も女子部員の間で賞賛の言葉は尽きなかった。話題は駆一色だ。

「在学中もカッコ良かったけど、一段とすてきになったあああ」

「もう雲の上の人だもんね。日本中の陸上ファンがその名を知ってるアスリート」

「ってーーちょっと、ちょっと和奏わかな

 ドン、と背中を押されて和奏は顔を上げた。校門の前にその人、雲の上のアスリート、片岡駆がいる。

「おう、和奏、待ってたんだ、一緒に帰ろう」

 気を利かせた他部員たちが足早に去って行く。ようやく和奏は口を開いた。

「駆先輩……」

「カケルでいいよ。いつもそう呼んでたくせに」

「やだ、それは子供の時だよ。中学・高校はずっと『先輩』って言ってたでしょ」

「だっけ? でも、二人の時はカケルだった」

 駆はまっすぐに一歳年下の和奏を見つめる。

「俺たち、ずっと一緒に走って来たよな?」

四人(・・)でね」

 和奏は訂正した。

「歌織ねぇと私」

 駆が言葉を継ぐ。

「そして、笑ねぇと俺」

 未だ暮れ残る空を見上げて和奏は大きく息を吸った。

「でも、あの日以来、笑さんはいなくなって――歌織ねぇは走るのを止めた。陸上部も辞めちゃった」

「歌織さんは笑ねぇの親友だったからな。ショックが大きすぎたのさ。だけど、俺たち――俺と和奏は違うだろ? あれからもいつも一緒に練習した」

「カケルには全然ついて行けなかったけどね」

「えー、手加減してやったのに」

「手加減しても無理だよ。素質が違うもん。それはともかく――突然顔を見せて、吃驚したよ! K大学の夏の強化合宿用宿舎が隣りの県で良かった! 近いから帰省には便利だもんね」

「〝近さ〟か、それもある。でも、何よりナイスタイミングだと思ってさ」

 ポケットを探る駆。

「地元開催の全国高校総体(インターハイ)が、いよいよだな。だから、直接渡したかった。これを――」

 差し出した駆の(てのひら)に小さな水色の袋が乗っている。凸凹(デコボコ)の針目、御世辞にも上手とは言えない。まるで小学生が縫ったような……

「?」

「お守りだよ。俺、今年、箱根でもコレを付けて走って好成績出したんだ。だから、今度は和奏に貸そうと思って」

「私に?」

「あれ? なんで泣くんだよ? 俺がいじめてるみたいじゃないか。人が見てる、ほら、さっさと受け取れよ」

「あり、ありがとう。だって嬉し過ぎるんだもの。カケル、超有名人になって、私のことなんか忘れちゃったと思ってたのに」

「バカ、忘れたことなんかねーよ!」




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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは❤ 雷が豊作をもたらすのは空気中の窒素が雷放電によって酸素と結びつき窒素酸化物(肥料)となるからという話は聞いていましたが、雷については他にもこれからまだ何か不思議な効力が発見さ…
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