君はすきだらけ
「遅れるぞ。早くしろよ」
僕は高校の同級生で幼なじみの数寄屋橋好花に彼女の家の玄関先で声を掛けた。
月曜日はだいたい時間がかかる。準備をしていないのだ、好花は。
「待ってってば。今スカートはいてるところだから」
2階で何事かガタガタ準備している好花の言葉に僕は毎度のこと赤面する。
男性の前で言うことか。ましてやずっと片思いしている男子に向かって。
「お待たせ。ごめんねぇ」
好花が降りてきて通学用のシューズに三和土で足を入れようとかがんだ。
こらこら見えるぞ。
「おい、パンツが見えそうだ。それからリュックが閉まっていないから中身がこぼれている」
「あららら。うっかりだわ。いっつもいっつも太郎は私の保護者だね♡」
僕はクラりとした。好きすぎる。
「行ってきまーす!」
好花が元気よく居間に向かって声をかけ、僕たちは玄関を出た。
好花の家は茶道教室を経営している。数寄屋作りの落ち着いた佇まいだが、彼女は全然落ち着いていない。
並んで歩きながらチラチラと好花を見る。可愛い。ショートカットが似合っている。
そういえば先週末に美容室に行くと言っていた。
「好花、髪切ったか?」
「よく気がついたねえ…と言いたいところだけれど、それは太郎に言った覚えがあるもんね」
ウフフフと笑って僕の方を向いた彼女は可愛いけれど、コテッとつまづいて転びそうになった。
「おい、気をつけろって。何かにつまずいたのか」
よろめいた好花は僕の腕にギュッとつかまって、僕の顔を見上げる。
「えへへへ、スキップしてたらよろめいた。…でも得した気分」
「そ、それはどういう」
好花はこういうところ思わせぶりだし、スキンシップの基準が不明なんだ。
好花はパッと手を離すと、いたずらっぽい顔をして言った。
「さて、何でしょう。ところで髪切ったって得意げに言ったけど梳いただけ。髪の毛多いんで梳きました!」
何かよくわかんないけど、朝から幸せだ。好きすぎる。
通学中話すことはたわいもない身の回りのことばかりだけどそれもいい。
「昨日の夕ご飯はスキヤキだったよ」
「冬休みには家族でスキーにいくんだ」
「アイドルのスキャンダルなんて興味ないよねぇ~」
「太郎のスマホのスキルがうらやましいなあ」
僕はそんな好花のセリフに「へー」とか「ホー」とか主にハ行の相づちをうって聞いている。その時間も僕は好きなんだ。
そんな学校までの10分間、たったそれだけの間なのに好花はリュックからペンとスマホを落としかけ、危うく赤信号を渡ろうとし、通学中の小学生にはスカートめくりをされ、最後に英語の課題を家に忘れてきたことに気がついた。
「ねえ、私もしかして、すっごくアホの子かしら?」
好花は泣きそうな顔で僕を見上げる。何を今さら。いつもの月曜の風景じゃないか。
「気にするな。落としたものは僕が拾う。赤信号は僕が引き留める。スケベ小学生は次に会ったら天罰を下す(僕でさえ見えそうになっただけで注意するのに)。英語の宿題は…ちゃんと怒られろ。次から週明けは僕が荷物の点検をしてやるから」
好花がじわりと眼を潤ませて僕を見つめた。大きな瞳はキラキラしていてまん丸だ。
おい、そんな眼で見るなって。高校の正門前でこの態勢はちょっとしたスキャンダルだ。その眼は大好きだけど。
「太郎がいてくれないと、生きていけないじゃん。ずっと一緒にいてくれるの?ねえ?」
そう言いながら、好花はリュックからまたハンカチとティッシュとスキンミルクを落とした。何だか余分なものも混じってる。僕はそれを拾いながら、少し車道にはみ出そうになった好花の手を引っ張って歩道に戻した。
「大丈夫だ。お前が嫌がっても僕は側にいる。大好きだ、隙だらけの好花…好きなとこだらけだ」
僕の言葉に好花は胸の前で手を合わせて眼をつぶった。
…こ、これは。つまりいいのかな?いっちゃっていいのかな?正門前だけど。そんな隙だらけの恋をしてもいいのかな?
「…私もタロちゃんのこと好きばっかり、好きだらけだよ」
眼をつぶったままの好花、その頬に僕は軽くキスをした。
「もうっ!もっと情熱的にしてくれてもいいのに…」
好花はそう言うと、背伸びして僕の額にキスをした。それから鼻、頬、顎、さらに唇…。
「えへへへ、…隙あり」
真っ赤な顔で僕を見上げる好花。
「こ、好花、ちょっとお前。その何だ。やりすぎだろう」
僕は心の隙間を突かれてパニック気味だが、こんな時の好花は落ち着いたものだ。
「…フフフ、キスだらけだね」
二人のこれからは数奇なものになりそうな予感がする。
読んでいただきありがとうございました。
オチ以外は15分くらいで書きました。
オチは3日間悩んでこれにしましたが、ちょっと不本意というか。