006 スラム街から感じる悪の気配
伯爵の名前はラシューリ。
ラシューリ伯爵と会談後、屋敷内で部屋を用意して貰った。
今日一日ゆっくり休んでくれと言われ、用意された部屋に案内された。
ラシューリ伯爵にはガベラが先に連絡をしていたらしく、暗黒騎士・剣士・木こり・パラディン・巫女に転生者を連れて行くという情報で期待していたらしいが、いざ会ってみると子供だったのでガッカリしたそうだ。
部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。
ガベラが国を出て戻るまでの1ヶ月半程の間、クーデター側の動きは無いとのこと。
だが、戦力は増強されているはずだと。
皆が寝静まった夜。
「チェンジ・ブレード」
ヒーローの姿になり、こっそり窓から部屋を出る。
Y.U.K.I。ワイスフェイドオプティクスを頼む。
『マスター。了解です。ワイスフェイドオプティクスを発動します』
ワイスフェイドオプティクスとは光学迷彩効果を生み出すものだ。
発動すると、ブレードワイスの姿が周囲の光や色彩に同化し、姿を見えなくなるのである。
しかし、エネルギーの消費が激しいので長時間使う事は出来ず、戦闘中の使用は他の技が使えなくなるので、あまり使えない。
なお、前世の時にこれを使って女湯に忍び込んだ経験がある。
あくまでも、悪者を成敗する為の緊急措置で行っていただけで、決して女湯を覗く目的で使ったわけでは……ないです。
ブレードワイスのセンサーは、半径50キロメートル以内の生体反応をキャッチする事が出来る。
先程の監視していた男のデータと生体反応をリンクさせ、居場所を特定する。
いた!
この近くにいる。
男の反応を追うと酒場に着いた。
男が店で仲間と飲んでいるのか?
クーデター側の集まりが酒場?
もっと秘密基地とか隠し部屋とか地下室とかで集まってそうなものだが。
それとも店のマスターがグルなのか。
建物の上に着地して、センサーで音声を拾う。
「おい、今日よー。めっちゃ可愛い子見つけたんだよ」
「マジか。どこで?」
「大通りでさ、人族だったけどな。でも、俺は恋をしてしまって、あの子の笑顔を守りたいって思ったんだ」
「……」
『マスター。彼は30代半ばと思われます。対象と思われるセンカは15歳です。危険な思考をしていますね。排除しますか?』
「……」
とにかくクーデター側では無かったようだ。
ただのロリコンのオッサンだ。
『マスター。あの髭を排除しましょう』
えっ!? 俺の思考を読んだY.U.K.Iもかなり危ない思考をしている。
帰るか…。
俺は部屋に戻って、また眠りについた。
قەھرىمان
翌日、朝食を済ませてから、街に出ることにした。
ラシューリ伯爵が資金を提供してくれて、皆の武器を買って貰える事になった。
高級な武器を買い揃えてくれるらしい。
太っ腹すぎて裏がないか懐疑心を抱いてしまうほどだ。
手懐けて自分の力にしようとかね。
それはそうと、俺はブレードワイスに変身しないと出来ない事が多すぎる。
この世界には魔法が有る。
だが、魔法の使い方が分からない。
生活魔法程度なら誰でも使えるが、学べば俺も魔法を使えるように成るのだろうか。
素の状態でも色々出来るようになりたいものだ。
クーデター
普通なら政変などを目的とするが、クーデター側の魔族は魔人化する者がいる。
魔人化は悪魔に魂を売ったような者。
多くは精神が支配されて自我が無くなり、破壊衝動だけの存在になる。
稀に、意識を保ったまま魔人に変わる者もいるが、それは本当に稀な事らしい。
魔人化してまでクーデターを起こす意味は何だろう。
政変を求めているとは考えにくい。
何が目的なんだ。
街中の石畳の道を歩いて行く。
レニューが立ち止まった。
どうした?
「あっちから何か嫌なものを感じる」
レニューが視線で指した方向にはスラム街があるらしい。
その方向は石畳が途切れて土の地面が剥き出しになっており、その先には街の外壁と門があった。
レニューのジョブ《巫女》は、悪意や強い力を感じ取る能力を持っている。
スラム街に行ってみたいところだが、レスナに止められた。
「ライセンスの無いあたし達がスラムに行くのは不自然よ。クーデター側に目立つ行動は避けるべき。行くならライセンサーのアリウム・ネモア・センカの3人しか行けないわ」
確かにそうだ。
スラムの入り口の門の前には衛兵が見張っている。
ギルドカードを見せれば問題無く入れるだろうけど、持ってない者が入るのは不自然だ。
「とにかく武器屋に行って皆の武器を買いましょう。経費は伯爵持ちだから気にしないでください」
ガベラがそう言ったので、全員で武器屋の店内に入った。
「凄いな。この武器、全部ミスリル製なのか?」
アリウムが驚愕している。
この魔族の国パラクーパは山脈に囲まれている為、豊富な鉱物資源に恵まれている。
ミスリルとは金属に魔石を練り込んだ合金である。
鋼より硬く、アルミより軽い。
そして魔力伝導率が高い。
「本当にいいのかい?こんな高価な物を買ってもらって」
「俺の斧2,000万ゴールドもするけど、大丈夫か?」
アリウムが恐縮しネモアが青い顔をして言う。
「あたしとセンカのミスリルソードも800万ゴールドするわ。レニューのミスリル棒も1,200万だし、アリウムのグレートソードなんて3,000万ゴールドするじゃない。いくらなんでも高すぎない?」
レスナが心配そうに言う。
「ええ、でも魔人が相手ですし、これくらいの装備で丁度良いと思います。既にA級並みの実力を持つ皆さんです。この国だけでなく、世界を救えるかもしれない人達なんですからね」
ガベラはニコニコしながら答えた。
「世界を救うって大げさだよ。そもそも何から世界を守るんだい?」
アリウムが疑問を口にする。
「善神と悪神の争いは人族はご存知無いのですか?」
「神話の話だろ。善神と悪神の戦いは知ってるが、それが今起こっているとでも言いたいのかい?」
「はい。現在進行形で起こっています。この世界では悪神アンラ・マンユとその配下達と善神アフラ・マズダー達の戦いはずっと続いてます」
「そんなバカな!神話の話は作り話だろ。第一、悪神は倒されたんじゃなかったか?今更また出てくる訳が無いじゃないか!」
「その話は後にして、取り敢えずお店出ない?」
ガベラとアリウムの話にセンカが割って入った。
「そうだな。ネモア、アリウム、センカはスラム行って見るのか?」
俺は3人に聞いた。
「ああ、行くよ。レニューが感じた気配を確かめてみたいし、何かわかるかも知れない」
「じゃあ、残りは近くの店で紅茶飲んで待ってましょう」
レスナが提案すると皆は賛成した。
俺達は武器屋を出てカフェに入りスラムに行った3人を待つ事にした。
アリウム達はスラムに向かった。
少し時間が経った。
「悪い。俺腹痛い。トイレ行ってくるわ」
俺は席を立ち、急いで店を後にした。
「チェンジ・ブレード」
「ワイスフェイドオプティクス」
人目の無いところで変身して姿を消してネモア達を追う。
ネモア達はスラム街に入っていた。
俺は気づかれないように後ろをついていく。
スラム街、人間の街ではあまり聞かない。
実際、人間の街ではスラム街は殆ど無いらしい。
田舎暮らしの俺にはまだ他の国の事を知らないが、ガベラ達魔族から色々と話しを聞いた。
魔族領には普通にあるようだ。
魔族は遥か昔、人族との争いに敗れ辺境の地に追い込まれた。
この国パラクーパも山脈に囲まれている。
他国との交流が殆ど無い。
魔族差別もあるため貿易等は無いに等しい。
国内の食料自給率は低いらしく輸入に頼りたいとこだが、それもままならない。
魔石や鉱石等の資源は豊富だが、それが輸出出来ないのだ。
その為、この国は貧しい。
国民の生活水準は低い。
スラム街があるのも、そのせいである。
魔族差別が無くなり、貿易が盛んになれば、いずれは変わるのだろうか。
ネモア達が歩いていると、大きな建物の前にたどり着いた。
「レニューはこの方向って言ってたけど、間違い無いかな?」
ネモアが言った。
「ええ、合ってるはず。という事はこの建物からレニューは嫌な気配を感じ取ったってことかしら?」
センカが答えた。
3人は建物の扉を開け中に入って行った。
俺は姿を消したまま、こっそりとついて入る。
センサーに人の反応は無い。
奥の部屋に入っても特に変わった様子は無かった。
が、3人は気付いているだろうか。
建物の奥行きと部屋の奥行きが違うことに。
「何も無いな。戻るか」
ネモアが言うと2人も同意した。
俺は膝から崩れ落ちた。