グレイ・オルタナティブの釣り
拙者は失恋をしたのだ。
あの時はそう、死の大地での決戦後、拙者は念願のアインズ殿とお会いする事が出来たのだが……
「おお、貴女がセシリア・アインズ殿。お会いしとうござ……」
「ニャー、怪我はニャかったニャア? ヒスイ」
「ああ、大丈夫だぜ! アインズさん……いや、セシリアさん!」
「ニャ、ニャア? オニャエ……今、わっちをセシリアって呼んだのニャア?」
「好きだ! アンタと始めあった時から俺はアンタに心を奪われちまった。一生衣食住に困らせねえ。旨いものたらふく食べさせるからよう。俺と付き合ってくれ! セシリアさん」
「……!……旨いものたらふく食べさせるニャア? それニャら良いニャぞ。わっちもヒスイの事はかなり気に入ってるからニャア~、これからよろしくニャア」
「は?……俺の思いがセシリアさんに伝わっただと? 夢じゃねえよな!」
「ニャア。現実ニャぞ。これからよろしくニャア~、わっちの彼氏ニャン」
「マジかよ……やったぜ。神成、俺はやってやったぞおぉ!!」
「……拙者の恋が目の前で粉々に粉砕されてしまっわ」……バタンッ!
「あれ? 誰か来て! 怪我人がここに倒れてるよ!」
失恋た……拙者は話しかける前に……告白をする前に決着が着き。失恋したのだ。
◇
フレイヤ地方 〖フノス国 豊魚の沼〗
そして、あれから数週間。拙者は南方に下りさ迷う様歩いた。
そして、気付けばフノス国まで戻って来ていた。
「はぁー……今日も何も釣れんな」
神々の黄昏との戦いも終わり。神成殿は元の世界とやらに帰ってしまった。
数日前に突然、現れた魔王領の王殿からは、神成殿から拙者宛に書かれた手紙を渡されたな。
ちなみに手紙にはこう書いてあった。
《グレイへ。突然、何言わずに地球へと帰還して済まなかった。
神々の黄昏との決戦の時も駆け付けて力を貸してくれた事、君の友として、相棒として深く感謝する。本当にありがとう。
それと俺はもうそちらの世界には二度と行けないので、もしも再び魔法世界が危機に陥った時には、どうかよろしく頼む。
真なる我が友、グレイ・オルタナティブ殿へ》
「……良き文章だな。こちらこそ感謝しよう。神成殿……魔王殿いわく。こちらの世界での新たな脅威になりたくないから来る事を拒んでいるのだろう。と言っていたが。用心深い、神成殿らしい選択だな」
チャポン……
そうして拙者は再び、何が生息しているかも分からぬ沼地に釣糸を垂らす。
「ねえ? ねえ? ねえ? いい加減。私と一緒にヘファイストス地方に行こう! 君のその珍しい剣を研究させてほしいんだよ」
「……カンナ殿か。また来たのか? あの決戦以来、ずっと付きまっとてきているが、家族は心配しないのか?」
「しないしない。だってここから直ぐ近くの村にずっと待機してもらってるからね~、そんな事よりさぁ~」
ヘファイストス地方・オアシスの高名な魔道具師カンナ殿。
決戦時、何故か拙者の愛剣《鰻土刃》に興味を引かれたらしく、それ以来、ずっと付きまとわれているのだ。
「カンナ殿はいつも楽しそうで良いな……拙者など失恋して、ここ数週間落ち込んでいるというのに」
「失恋?……ああ、ヒスイ候の告白を見て倒れてたもんね……ふーん。失恋したから途方にくれてこんな沼地で釣りをしていたんだね……なら試しに私とお付き合いしてみる? グレイ君」
「は?……何故、突然そんな事を?! 何かかかったぞ!」
「おお、じゃあ、私も手伝うよ。まだ仮の彼氏君」
「まだ仮の彼氏?……ハハハ。何だそれは」
────人生とは常に何が起こるか分からないわけだ。
釣り糸を垂らしているだけで釣れる新たな関係せいもあるのだろう。
平和になったこの世界で、カンナ殿と新たな知り合いもでき、これから色々な事が拙者との間で起こっていくのだろう。
ならば拙者はそれにどう応えようか。そんな事を考えるだけで明日が来るのが楽しみになる。
ああ、これからしばらくは忙しい日々が続くだろうか? 隣で屈託なく笑うカンナ殿が拙者を追いかけ続けて来るのだから。