夜砂漠のキャラバン
アリババ国から出発したキャラバン第一陣の旅はとてもスムーズに進んでいる。
それもその筈か……アリババ国の中でも安全な地域であり、肥沃の土地とも言われる〖アラビア農地〗の道中を進んでいるのだから。
〖アラビア農地〗はアリババ国が所有する広大な農村地帯であり。フレイヤ地方五大列国を結ぶ街道がきちんと整備され道幅もとても広い。
その為、大所帯のキャラバンの大移動でも、脱輪や事故などのトラブルは一切起きなかった。そして、現在はシンドの夜営地と言う場所まで無事に到着し、今日はその場所で一晩を過ごす事に決まった。
夜〖アラビア農地 シンドの夜営地〗
現在、俺は夜営テントの中で一人、黙々と〖空間の書〗を読み更けていた。
「よし! 三回は読み返せた……分厚い見た目と違って、絵ばかりだったから、かなり早く読み終える事が出来た。後は〖黄金の部屋〗で目的地に着くまでの間。ひたすら〖匣〗の特訓だな」
「こんばんは。弟君。少しお話したいので宜しいですか?」
「……はい? お話ですか?」
……この声はゴリラ聖……エリスか。何だ? 俺、ゴリラに殺されるのか? そうか。これが俺にとっての最後の夜になってしまうのか。
俺がそんな事を考えている間に、白い聖職服を着たエリスが夜営テントの中に入って来た。
「ええ……失礼しますね……あら? 魔法のお勉強中でしたか。お邪魔だったでしょうか?」
「あっ、いえ大丈夫です。今、さっき読み終えた所なので」
俺はエリスの機嫌が悪くならない様にそう伝えた。
「そうですか。それは良かったです」
良し、まだ。だいぶ、機嫌が良いな。良かったぜ! 金髪碧眼の美女にして、品行方正に見える聖女様は見た目だけは完璧なんだ。見た目だけはな。
だが、その中身は戦闘狂のバーサーカーだ。かなり腕っぷしが立つ為、有りとあらゆる事を力業で解決使用してくる。昔から……
あれは俺がスヴァローグとギルドを設立し、好き放題暴れ、フレイヤ地方のあらゆる国や街にギルドの支部を設置し、活動拠点をアテナ地方へと拡大しようといた時だった。
七聖教会の暗躍で魔術院の連中に捕まり、強制的に魔術院へと入学させられ。俺の監視役として、エリスが俺と私生活を共に過ごしている間、俺がエリスの発言を否定すると直ぐに鉄拳制裁のパンチが飛んできた。
それは俺が勇者に任命されてからも、同じ勇者パーティーになってからも変わらずだった。
本人曰く、〖これは愛が故の制裁です〗とか抜かしていたが。セシリアにはアインアンクローを、サーシャには激痛マッサージを、ランスロットには蹴りを入れ、魔王打倒の旅時には勇者パーティーの真のリーダーもとい、支配者として君臨していたのである。
そんな恐怖のゴリラ聖女が目の前に居るんだ。機嫌を損なわない様に立ち振舞うのは当たり前だ。
「えっと。エリスさん。こんな夜更け俺に何の様なんですか?」
「……やはり。声は勇者様に似ているんですね。流石、弟君です」
弟じゃないわ。本人だわ。
「えっと……ですね。弟君に聞きたい事があったんです」
「俺に聞きたい事ですか?」
「はい! 単刀直入に聞きます。勇者様は現在、どこにいらっしゃるのでしょうか?」
君の目の前に居るだろう。
「さあ……分かりませんね。俺……兄もかなり多忙な為、魔法世界を動き回っているんじゃないですか。人を助ける為に」
「まぁ、魔法世界中を動き回っているのですか? 私との未来の為に」
ちげーよ。何でそうなんだよ。魔法世界の為だわ。何で君の未来の為に俺が頑張るんだよ。君なら大概の事は力で解決するだろうがい。
「……エリスさんはその……」
俺は長年に渡って気になっていた事をエリスに聞く事にした。
「はい? 何でしょうか?」
「エリスさんは俺を……兄を慕っているんですか?」
エリスは力や聖魔法ならば俺よりも優れている。血筋だって完璧だ。神話の〖聖人・ギアートル〗の血を受け継ぐ聖女が、俺の様な得体の知れない異世界人に好意的なのだろうか。
「そらはですね……勇者様は私よりも強いからです」
「……は?」
「ですから。あの方は私よりも強いからお慕いしているのです」
「……凄い理由ですね。それは何ともエリス…さんぽいです」
「はい。強さは正義ですから! それからそれからですね。勇者様は……」
……この聖女様は何を基準に好き嫌いを決めているのだろうか。いや、エリスの考えを否定するのは良くないか。人の心……価値観というのは千差万別。
彼女はあらゆる種族、あらゆる強者よりも強い。強い故に、力がある故に固まった自己の考えに支配され、それが正しいと思い行動する。その思いと七聖―女神―の〖祝福〗が交わり、目の前に本物の勇者が居るのに気づけないのだろう。
「……君は……エリスは昔から猪突猛進で唯我独尊だな。だが君のその性格だから、俺や皆が生き残れたんだな……(ボソッ)」
「それでですね……てっ! 弟君。今、エリスって呼びましたか?」
「……いえ。何でもないですよ。それよりも兄とエリスさんの話をもっと聞かせてくれませんか。俺も久しぶりに共通の兄の話題が出来る人と話したかったので」
「勇者様の話題……ええ! ええ、是非、聞いて下さい。あれは4年前、初めて勇者様とお会いした時です……」
エリスはマシンガントークの様に俺との思い出を話し始めた。俺はしばらくの間。エリスの言葉に耳を傾けながら聞き入った。エリスとの……久しぶりの勇者パーティーの仲間との思い出話はとても盛り上がり、夜遅くまで続いた。
ゴリラだの、暴力聖女だのと言っておきながら。何だかんだ文句を言いつつ、昔の仲間……エリスと過ごす時間はやはり楽しかった。出来ればこんな時間がまた来る事を願いたい。
◇
〖数時間後〗
「フゥー、少し長く話し込んでしまいましたね。弟君。私の話を聞いて下さりありがとうございました」
「……いえ。貴女の考えや気持ちが知れて良かったです。ありがとう。この旅が終わってまたどこかでお会い出来た時にまた、色々な話を聞かせて下さい」
「はい。また〖魔道船 ユピテル〗に帰還した時に語らいましょう」
「……はい? 今、何て言いました?」
「ええ、ですから。今度から勇者様捜索の活動拠点とする〖魔道船 ユピテル〗に帰ったら、また語り会いましょう。弟君」
「……はい?」
……このゴリラ。今、何て言った?
「―女神―様達……ユグドラシル様とティアマト様の許可は既に頂いております。でもびっくりしました。まさか本物の七聖―女神―様の二柱が地上にいらっしゃる何て……驚きました。まさか神様が水着でバカンスを楽しんでいらっしゃるなんて」
「……なん……だと?」
そんな話、初めて聞いたぞ。ティアマト様はともかく、ユグドラシル様はまともな方だと思っていたが……やはりアテナ様とヘスティア様の例に漏れずアホの子だったか……あの緑髪と青髪の―女神―共。余計な事をしおって。まさか超特級呪物を魔道船に乗せてくるとは。呪●廻戦の世界じゃないんだぞ。ここは!!!
俺は心の中でそう叫び。その日の夜、悪夢に魘されながら床に就いた。