8話 だが
「神野駄咲って人、知ってる?」
翔華は手当たり次第に廊下にいる人たちに対し、聞き込みを行う。
「駄咲? あぁ……」
そのうちの一人の意味深な反応に翔華は食らいつく。
「知ってるの?」
「ま、まぁ……そこそこ有名ですから」
「どこの教室にいる?」
「えっと……F組です。席までは分からないです」
「ありがとう」
F組というと校舎の端の方にある教室になる。
翔華は2階から3階へと上っていき、廊下を突き進んでゆく。
「ここか」
そしてF組と書かれた室名札を確認。
迷わずドアに手をかけ、開ける。
賑やかな空気を断ち切る音が、教室に鳴り響いた。
今、教室のドアを開ける音がした。
その瞬間、教室で騒いでた人らが静かになったことから推察するに、おそらく先生が来たのだろう。なんだかいつもより早い気がするが、授業時間になってしまったのなら仕方ない。
俺は突っ伏していた顔を机から上げる。
「は……?」
俺は背中に悪寒が走るのを感じた。
なぜなら俺の目に映ったは教師ではなく、今朝方あったばかりの法竜院翔華だったからだ。彼女は息を荒げながら、血眼で辺りを探っている。
「まっずい……!」
おれは急いで顔を伏せ、ついでにカバンの中に頭を突っ込む。
あれは絶対に俺のことを探している。
間違いない。
嵐が過ぎ去るのを、まだかまだかと肝を冷やして俺は待つ。
だが、どうやらそう上手くはいかなかったらしい。
「神野駄咲って人、いない?」
ひっ。
あの人の声がする。
「神野ですか? 神野なら……」
クラスメイトの誰かが彼女と対話している。
まさか俺を売るつもりじゃないだろうな。
そこまでまだ関係がないとはいえど、一クラスメイトを他人に売るなんてあんまりだ!
「やっほー」
思わず体がビクッと反応する。
この声は……あの人だ。
俺はおずおずとカバンから頭を引き抜いていく。
そしてがっくりと肩を落とした。
「今朝の事、もう忘れちゃったのかぁ~?」
法竜院さんが笑顔でこちらに迫ってくる。
もはや笑顔で表情を取り繕っても、にじみ出る怒りのオーラを隠しきれていない。
「……な、なにか?」
「おい」
「すいません。今し方、机の角に頭をぶつけてしまってこれまでの記憶が……」
「ちょっとこっち来い!」
「はうっ!?」
胸ぐらをがっしりと捕まれ、廊下へと連れ出される。
そして壁側に押しけられた。壁ドンってやつかもしれない。
「なんで無視したのかなぁ? そんなに忙しかったかぁ?」
「ま、まぁそうともいえ……」
「るわけね―でしょうよ! すんごい暇そうだったなぁ!?」
彼女の拳に血管が浮き上がっている。
これは相当ブチギレてるやつかもしれない。
あまり癇に障るようなことを言うと、明日のわが身が危うい。
「うごごっ……だ、だって……」
「だって?」
「だって絶対言いふらすつもりだろ! 俺があの時あんなことしてたって!」
「言いふらす? なんで?」
「あれ?」
思っていた反応と随分と違う。
もっと悪魔みたく攻め立ててくるのかと思っていた。
「私は別にあなたがやってることにとやかく言うつもりはないけど……」
「そうなの?」
「なんでそんなこといちいち私が言いふらさなきゃならないの……」
「そ、そうですか」
これまでも俺に何かしらの理由をつけて問い詰めてくるような人間がいた。
そういう奴らの目的は大体、俺をパシリに使わせようとするか実里とお近づきになろうとするような不届き者だったりする。
俺はその度に適当にあしらってきた。
だが、今回はさすがに自分への影響が大きすぎてどうしようかと心底困り果てていた。しかし、彼女の無垢な反応を見るに俺の心配事は杞憂だったのだろうか。
「ふぅ……」
「どしたの急に?」
「いや、あんたが無害そうで助かったってだけ」
「なにそれ……」
俺は安堵する。
明日のわが身を憂いていたが、希望が見えた。
だが、それだと新しい疑問がでてくる。
なぜ、彼女は俺を探しているのか。
それが知りたい。
「……なぁ、あんたはなんで俺を探してたんだ?」
俺は尋ねる。彼女の意図が知りたい。
「あ、あたし? そ、それはまぁ……その……」
気まずそうにしている。
何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「あ、あれ! お、お礼が言いたかったの」
「お礼……?」
「あの時助けてくれたこと、ちゃんとお礼言えてなかったから。だからまずは言わせて。あの時は助かりました。ありがとう」
法竜院さんは俺に向かって深々とお辞儀をする。
わざわざ俺にそんなことでお礼を言いに来るなんて、随分と律儀な人だなぁと感心する。
あの時俺は目の前の変な男に意識を集中していて、他の事などあまりに気にしていなく、ほぼ成り行きだった。だが、結果として彼女を助けることができたならば、それは良かったと思える。何よりお礼をされることなんてめったにないため、嬉しかった。
「気にしなくていいよ。たまたまだから」
「そう……」
俺は法竜院さんに顔を上げるよう促す。
これで会話は終了したかと思っていたが、法竜院さんはまだこの場を離れようとしない。
口をパクパクさせ、何かを言いたそうにしている。
「えっと……他に何か?」
「ッ……! その、もしよかったらでいいんだけど、あなたに一つお願いしてもいいかな?」
お願いとは何だろうか。
わざわざ俺に頼むということは、余程の事なのかもしれない。
「……どうぞ」
「あたしと一緒に……探求者目指してみない?」
彼女の一言。
「は?」
俺はその一言に停止してしまう。
まったく予想すらしていなかった一言だ。
「……あの日の君の戦い、あたしにとっては目を見張るものがあった。きっとあなたなら快く引き受けてくれると思って」
「ああそう」
「うん。だからあたしと一緒に……!」
「断る」
「え……」
俺は彼女を突き放すように言った。
相手も予想外だったのか、酷く驚いた顔をしていた。