6話 反面教師です
「あっ! 駄咲にーちゃんじゃん! 今日は車にはねられないのぉー?」
「あぁ~?」
民家が続いているいつもの通学路を歩いていると、生意気なガキんちょがのこのこ後ろからこっちにやってくる。この鼻水垂らしたバカそうな見た目のおかっぱ男児は間違いない、花水垂 宗次郎だ。
花水垂 宗次郎は近所に住んでる小学3年生。知性の欠片も感じられないガキんちょの中のガキんちょだが、俺はこういうやつが大好きだ。俺みたいなやつでも知識マウント取り放題だからな。だから暇なときは公園でこいつと遊んでやったりしている。ただ、そんなことをしていたからか、いつの間にか懐かれてしまった。
「宗次郎。俺はな、好きで車にはねられてるわけじゃねーぞ。最近は特にだが運転の荒いやつが多いのがすべての原因なんだ」
「ふぅ~ん。でもさでもさ、駄咲にーちゃん左右確認はしっかりしろって皆に言ってたくせに自分は全然してないじゃん。それが悪いんじゃないのぉー?」
「うぐっ……! 違うぞ宗次郎。俺はあえてしていないんだ。皆のお手本になるように"わざと"やっていないんだ。俺が反面教師を担うことによって歩行者にもドライバーにも注意喚起を促しているんだ」
「へぇーw カッケーw」
宗次郎が鼻水を垂らしながら俺を褒め称えてくる。なぜか少し、適当感がしなくもないが、気分はいいので良しとしよう。
「でも駄咲にーちゃんってほんとにスゴイよねぇー! ふつう、車にはねられたらタダじゃすまないと思うんだよぉ」
「グヒョヒョヒョォ、よく分かってるじゃあないか! 俺は丈夫だからな! 車にはねられたくらいじゃあビクともしねーよ?」
「マジカッケーw」
「まぁだからと言って絶対平気ってわけじゃないけどな。宗次郎、お前はちゃんと気を付けるんだぞ」
「うん。駄咲にーちゃんみたいにはなりたくないからぁ、絶対気を付ける! にーちゃんは優秀な、はんめんきょーしだ! じゃーね!」
気が付けば商店街の立ち並ぶ市街地の交差点まで来ていた。
宗次郎は笑顔を見せると俺から離れて、青信号を渡っていく。左右確認を怠ってはいない。そして彼の背中が見えなくなるのを確認し、再び歩みだした。
やはりガキんちょはいい。慕われてる感が半端じゃない。
実里はちょっとアレだが、やはり年下というのは宗次郎のような感じであるべきなんだ。決して俺がバカな訳じゃないんだ。そう、なぜなら俺はいたって普通の……
プップー!
車のブザー音が右耳から痛いほど響いて来る。
「んんッ?」
学校でいたって普通に過ごしている俺の姿を妄想しながら歩いていると、気づけば俺は赤信号を渡っていた。
「あーやべぇ……」
横を見るとすでに目の前に車が迫ってきていた。フロントガラス越しに、運転手のおっさんの青ざめた表情を垣間見る。相手のその顔を見るたびに俺は申し訳なく思う。
まぁ何が言いたいかというと、やっちまったなぁ!
ということである。
俺はほんとうにダメだ。
学習できない人工知能並みにダメだ。
「へぶしッー!!」
当然のごとく、俺は車に勢いよく突き飛ばされる。
軽く10メートルくらいはぶっ飛ばされ、そこからさらに転がっていく。そしてごろごろと転がっていった先、道端にある電柱に背中側から見事に激突した。今この場ではハリウッド映画顔負けのド派手アクション、そのワンシーンが見られただろう。
「ゴフッ……」
目や口から血が溢れてくる。視界が赤く染まっていく。
呑気なことを考えている場合ではなかった。多分体の内臓かどこかの部位がやられてしまっている。酷い激痛だ。
「お、おいィ! そこの君ィ! 大丈夫かァ!」
電柱のそばで倒れている俺の所へ、一人のご老人が駆け寄ってくる。冷や汗をかき、今にも腰を抜かしてしまいそうなほど足をガクガクと震わせていた。
もしかすると、俺はこのじーさんの寿命までも無駄にすり減らしてしまったかもしれない。俺は内心で深く反省した。
「おい! 待てィ!」
じーさんが叫んでいる。どうしたのかと俺も地べたに這いつくばりながら様子を見る。どうやら俺を轢いた車がそのまま逃走してしまったらしい。轢き逃げだ。
まぁ赤信号を渡った俺も悪いし、何より相手の車のフロントも多少潰れてしまっただろうから仕方ないな。相手の車の修理代を払わなくて済んだと考えればいいだろう。うん、そうしよう。
「どっこいしょ……」
「キミィ!? なにしとるんじゃ!? 無事なのかぁ!?」
「まぁ……何とか。それよりあんまり大声でさけんでると腰にきますぜ、ご老人」
俺は近くに落としてしまったカバンを拾い直す。
じーさんは目をかっぴらいて顎をガクガク震わせていたが、俺は気にせずそのまま学校へと向かうのだった。
俺は無事、学校へと到着する。
いつも通り教室へと向かうため廊下を歩いていただけなんだが、やはり周囲の視線が痛い。まぁ高校に体操服で登校してくるやつはそりゃ目立つには目立つのだろうが、なにもそこまで嫌そうな顔して見る必要はないだろうよ、と思う。
「見せもんじゃねぇぞ!」と言いたいところだが、俺はこの学校ではおそらく陰キャに属する人間だと考えられるため、発言には細心の注意を払う必要がある。別にビビってわけじゃないぞ。友達のいない俺から言わせてもらえば、他者との人間関係をこれ以上悪くしたくないというだけだ。今でもどん底ではあるが、まだギリギリセーフといえるラインだ。面倒な連中に目をつけられた時が真の終わりだ。
あれ? それがビビってるということか。
どうやら俺は小心者だったらしい。
また一つ、俺の謎が判明した。
ガラガラガラ……
教室の引き戸を開けて、中に入っていく。
さっきまで耳が劈くほどうるさかったはずの教室に、突然の静寂が訪れる。だが、しばらくすると再びガヤガヤと教室は活気を取り戻した。
……間違いない。俺が教室に入った一瞬だけ静かになった。
あれ? 俺実はホントに嫌われてるんじゃないか。
俺の学校生活には青春という文字は程遠く、俺は解けない氷の下でいつまでも永遠に来ることのない春を待つ雑草みたいなものなのかもしれない。なるほど、ここがシベリアだったか。
そんなことを考えているとめ何故か目から鼻水が……ああ違う、これは赤いから鼻血だな。
朝のショートホームルームが終わり、一時間目の授業まで少しの空き時間ができる。すると大道寺先生が教室の廊下側にある一番後ろの席の俺の所へ近づいて来ていた。やだ怖い。
「神野、久しぶりに血まみれだな。何があった」
「いや~派手にすっころんでしまって。グヒョヒョ」
「とりあえず保健室いってこい……」
「はい」
毎度のごとく、俺に呆れたように先生は額を手で覆うのだった。