4話 人に迷惑かけちゃダメだ
「あれ? 俺の服は?」
駄咲も自分が裸であることに気付いたのか、自分の体を見回している。
(あれ……?)
この時、翔華は妙な違和感を覚えていた。
「ゲヒヒヒッ! 変人みっけ! 俺よりこいつのが不審者じゃね?」
「ゲヒヒヒッ!」
「は?」
男の笑い声を真似するように駄咲も笑う。
「なんのつもりだ?」
「ピンチの時こそ笑って見せるものなんだろ? だから笑ってんだ」
「そういうことじゃねぇ! 俺の笑い方を真似すんじゃねぇ! キメェんだよ!」
駄咲の真面目なのかふざけているのか分からない態度に、男は怒り始めている。
「おい、それ言ったらあんたの笑い方もキモイってことになるじゃんかよ!」
「何言ってんだオメェ? 俺の笑い方を真似するオメェの笑い方がキモイつってんだよ!」
「いや、だからそのアンタの笑い方を真似してる俺の笑い方がキモイってことはつまり、その笑い方の元であるあんたの笑い方もキモイってことでぇ~!?」
全裸の少年と変な髪形の男が道路の真ん中で言い争っている。
一体自分は何を見せられているのか。
翔華は呆然とする。
「だぁー! こいつ急に現れてなんなんだよ! もーいいわ! 消えろ!」
男が再び駄咲に指を差す。
だが、今度は何も起こらない。
駄咲は変わらず全裸でその場に立っていた。
(そうだ! なんでこの人、消えてないの!)
違和感の正体が分かった。
駄咲に男の能力が効いていないのだ。
男が先ほどからむやみに力を行使し、
力を使い果たしてしまったのだろうか?
なんにせよ彼はここに残っている。全裸で。
「はぁっ!? なんでこいつ消えねぇんだよ!」
「よっ!」
「ぶぎゃっ!」
動揺する男の鼻面を駄咲が殴る。
「イッテーなぁ! 殴られたとこ殴ってくんじゃねぇ!」
男はふらふらと揺れながら駄咲にやり返そうとする。
「消えろとかそんな言葉、人に向かって喋んな! ほっ!」
「ぐあぁっー!」
だが、駄咲は男のすべての攻撃を受け流し、殴り返した。
(しかも意外と強い!? まさか彼は……)
翔華は驚く。一見ごく普通のなんでもない少年が、格闘技で年上の男を圧倒していた。
「くそっ! 消えろ!」
男は懲りずに駄咲を指差す。
が、結果は何も変わらない。
「なんでだよぉ! なんで! なんで効かねぇんだ! これじゃ、これじゃぁ俺の夢が……」
男は泣き崩れる。
「夢か、そんなもの無い方がいい」
「はぁ……?」
駄咲が跪いている男の方へと歩いていく。
「夢なんてあるだけ自分を虚しくさせるだけだ。いつか壁に当たって身の程を知るんだよ」
「知ったような口を……、オメェに俺の何が分かるってんだ……」
「事情とかしらん。けどあんたのは駄目だ。特に他人に迷惑をかける所がな。誰かのために目指せる夢は素敵だけど、人様に迷惑かけちゃう夢は駄目だ。だからあんたは諦めた方がいい」
「生意気な……ガキのくせに……生意気なんだよぉぉぉ!」
男が涙を流しながら駄咲にとびかかる。
駄咲は男の前で腰を落として、構えをとる。
そして男の顔面が迫ってくるそのタイミングで、右手を突き出す。
「身の程を知れパンチ! ……と見せかけてキック!」
だが、その瞬間右手を突き出すと同時に、全身を捻って右足も上げる。持ち上がった右足は、男の顎を蹴り上げるようにして命中した。
「がはっ!」
男の飛び散った涎がアスファルトの上で黒く斑点模様を描く。
そして男は倒れて、意識を失った。
一瞬の静けさが、この場を包み込む。
(た、倒した……?)
翔華は呆気に取られていた。
支配者をレンジャーでも探究者でもない少年が倒したという事実に、翔華は言葉を失うばかりだった。
だが、それと同時に翔華はこの少年に興味が沸くのだった。
「あー終わった終わった。あの人に電話しないと」
自分の尻を両手で叩く。
パチンといい音が鳴った。
いや、そんなことはどうでもいい。
持っていたはずのあれが無い。
「……携帯無くした」
携帯がないと電話ができない。
あの人たち、俺をここに連れてくだけ連れてって、自分たちはどっか消えちまうし散々だ。
ちらっと下を向いてみる。
さっき戦った変な頭をした男が白目向いて倒れている。
そうだ! こいつが携帯持ってるじゃないか?
携帯借りるくらい、なにも悪いことじゃないよな?
男の懐を漁る。
ついでに服も借りるとしよう。
俺は男の身ぐるみをはがして自分のものにする。
ズボンが少しブカブカだったが、ベルトできつく縛れば問題ない。
パンツはかわいそうなので剝がないであげた。
俺も下が少しスース―するが、多分問題はない。
倫理的な問題はあるかもしれないが。
「お、なんかある」
ジャケットの内ポケットに何か感触がある。
スマホだった。高級品じゃないか。
ただスマホに関して俺は実里のやつを一回触ったくらいで、何をどうしていいか分からない。
とりあえず適当に手当たり次第に触ってボタンも押していく。
すると、暗かった画面に明かりが灯った。
「お、なんかついた。ん、なんだこれ? パスワード?」
4桁の数字を入れろと画面の文字が命令してくる。
4桁? なんでもいいのか?
「ちょっと見せて」
「え?」
隣から一人の女子がスマホの画面を覗き込んでくる。
そういえばこの人もずっとここにいたな。
ん? というかこの人、どっかで見たことあるような気が……。
「なんか適当に数字うってみたら?」
俺の考えなんて知らないといった様子でその人は提案してくる。
俺は言われるままに画面に数字を打ち込んだ。
「んー、4545」
「なにそれ? 下ネタ?」
「西上さんの番号」
「他人の? アハハッ! そんなんで開くわけ……」
彼女がそういうのも束の間、俺の持つスマホの画面が次の画面へと移り変わる。
「あ、いけた」
「まじか!」
どうやらあっていたらしい。
西上さんはなんとなくでこの番号にしたと言っていた。
だからこいつも何となくでつけているんじゃないかという俺の読みが的中した。
ラッキーと思いつつ、俺は電話ができる項目を探す。
四角いアイコンがたくさんあってややこしい。
「何探してんの?」
「電話」
「……え、もしかしてスマホの使い方分からないの?」
「うん」
「えっ、まじ」
俺の返事にこの人は驚いた顔をしていた。
「信じられない!」とでも言いたげである。
もしかしてスマホ使えないのって珍しいのか?
確かに教室では皆よく使ってるなーとは思っていたけども。
まずい。
そんなこと考えてたらスマホが欲しくなってきた。
やっぱり最低限流行には乗らないと。
でもそうなるとお金を節約しないとならない。
ただでさえ貧乏なのに、これ以上お金を使っていたら明日からの献立にもやしが並ぶことになるかもしれない。
やはりそれは実里に悪いな。
やっぱりも少し稼いでからこのことについては考えるとしよう。
俺は私欲をぐっと押し殺す。
「……あと電話なら下にある受話器のマークのやつがそうだよ」
「あ、これか」
頭の中であーだこーだと考えていると、隣にいた彼女がスマホの画面に指を差す。
俺はとりあえず彼女に教えてもらったボタンを押した。
この人、いい人だな。
そしてよく見る番号を入力するところに来た。
俺はすっからかんの脳みそを振り絞り、記憶の中にある相手の番号を思い出す。
「えーっと、ふんふんふんのごーやさんきゅー、っと」
プルルルル……
発信音が鳴る。
どうやらつながったらしい。
「あ、西上さん? 俺です俺」
「あ? オレオレ詐欺か?」
「いや違いますって。もう終わったんで早く回収しに来てくださいよ。あと報酬も」
「へいへい」
西上さんは適当に返事をして通話を切った。
いきなり電話を切られるとビックリするのでやめてほしいが、最近はもう慣れた。
後は迎えを待つだけである。
「駄咲、だっけ?」
さっきのいい人が、俺の名前を呼んでくる。
「え? あ、うん」
「あなたってさ……」
彼女が何かを言おうとした時だった。
「ダサちゃんこっちー!」
少し遠くから聞き覚えのある声がする。
そっちの方へと目をやると、西上さんの相棒レックスが停車していた。
その助手席の窓から坊主頭の男が手を振っている。
あの綺麗な坊主頭は間違いない。点瞳さんだ。
やっと帰れる。
俺の頭にはもうそれしかなかった。
「ごめん、この人あの車まで運ぶの手伝ってくれない?」
「え? い、いいけど」
「あざっす!」
隣にいた女子に倒れている男を運ぶのを協力してもらうことにする。いい人そうだから、頼めば手伝ってくれるんじゃないかと思った。そして案の定手伝ってくれるらしい。
「点瞳さん、ドア開けて」
「はいは~い」
俺といい人はせーので運んだ男を車の中に放り込む。
「お疲れダサちゃん、んでその子は?」
点瞳さんは男を縄で縛りながら、尋ねてくる。
「えーと、いい人です」
「いい人~?」
「あ、あたし、法竜院翔華って言います!」
俺と点瞳さんが話をしていると、いい人が割り込んでそう名乗った。
ん? 法竜院翔華? 待ってくれ、それってもしかして……
覚えの悪い俺でもさすがに分かる。
学校にいた人じゃん。
というかよく見なくても同じ学校の制服着てた。毎日見る服だから逆に何も思わなかったけど、よくよく考えればここ足羽市じゃないし、なんで気づかなかった俺?
「どうしたのダサちゃん、顔色わるいわよん?」
「え? そんなことないっすよ! それよりほら車だして!」
「もーせっかちねぇ。そこのえっと翔華ちゃんだっけ? 良かったらあなたも送っていこうか?」
点瞳さんが法竜院さんにもついでに声をかける。
「あーいえ、私は自転車があるので」
「あらそう? じゃあ気を付けてね、夜は暗くて危ないから」
「お気遣いありがとうございます」
法竜院さんはお辞儀をすると、自転車が置いてある方へと走って行ってしまった。
「じゃあアタシたちも帰りましょうか、右下ちゃん」
点瞳さんが運転席の人物に声をかける。右下とは西上さんの下の名前の事だ。正直変な名前だと思ったが、ブーメランが頭に刺さるような気がしたので俺は特に何も言わない。
「………」
「あら、右下ちゃんどうしたの?」
だんまりしている西上さん。点瞳さんが心配そうにしている。
急に一体どうしたのだろうか。
「なぁ、おかしくないか」
西上さんが口を開くとそんなことを言った。
「おかしいって何がよ~?」
「この辺りの被害は結構深刻だ。火災もちらほら起きてる」
確かによく見ると周りには崩れた建物があったり、窓から煙が立ち上っていたりして、なかなかに酷い有様ではある。
「駄咲がとらえたこいつに、これほどの被害を出せる実力があるようには見えなかったんだが」
西上さんは涎を垂らして白目で倒れている男を睨みつけながらそう言う。
でも確かにこの男には民家を倒壊させるような力は無かった。
あれ、でもそれだとおかしくないか。
だったらこの被害は一体誰のせいでなっているというのだ。
「あれれ?」
そこまで考えたとき、バカな俺でもさすがに気づいてしまった。
「皆さん気を付けて! サヨナラ!」
法竜院さんがこちらに手を振りながら一言添える。
そして自転車に乗って全力で去っていった。
まるで何かから逃げるように。
その時だった。
「うわっ!」
突然大きな地震が発生する。
車が一瞬ふわっと浮くくらいはあった。
その反動で俺は天井に頭をぶつける。
シードベルトをまだしてなかった……! 迂闊……!
「おいおいおい! これやべーぞ!」
おそらくその場にいた全員が感じていたであろう嫌な予感。
その予感の正体が目の前に姿を現した。
「うおおおお! 全員死ねぇぇぇ!」
民家を突き破って現れる、体長2mほどはあろう怪物
人間というよりはゴリラに近い見た目の怪物は気高く吠えた。
「まずい! アレがガチの支配者だ! 点瞳!」
「はーいはい」
西上さんが点瞳さんの名前を叫ぶ。
そして点瞳さんが俺のせっかく装着したシードベルトを外し始めた。
「あの、点瞳さん? 何をしておられるのですかね?」
「ごめんよーダサちゃん! アタシたちを守るためだと思って頑張ってねぇーん。報酬はその分はずむからさ★」
「へ?」
「いってらっしゃーい!」
「はぁぁぁ!? ふざけんなぁぁぁ……」
泣き叫ぶ俺を点瞳さんは容赦なくドアから蹴りだす。
そして車は素早くバックすると、俺を置いて反対方向へと逃げていった。
おのれ! あの人たち仲間を売りやがった!
絶対に許せん!
「ガキィィィ!」
「ひっ……」
去っていく車を睨んでいると、後ろから大声が響いてくる。
「……死ねや」
「ああ……くそ」
相手は完全にこっちを見てきてる。
どうやら逃げられそうには無い。
すまない実里。
帰りは遅くなりそうだ。