3話 全裸マン
法竜院 翔華。
兎山高校に通う、ごく普通の高校二年生。
翔華には大きな夢があった。
探求者になることである。
10年前、神京消滅時の時空のゆがみと同時に発生した裂け目と呼ばれるものがあった。その裂け目は迷宮と呼ばれる新たな異空間へと繋がっており、そこで人はある力を入手することができる。
それが、超能力だ。
超能力はその名の通り、人知を超えた力のことだ。
そしてこの世界にはそれら異能や戦利品を求めて裂け目へと挑み続ける人々がいる。
それこそが探求者。
探求者は今、最も注目度のある職業と言って間違いないだろう。誰もがその不思議な空間に魅入られている。将来性もあり、人々にも慕われる。そして何よりもロマンがあった。
だが、翔華にとって探求者になるということは別の意味もあるのだが……。
ただやはり当然、探求者であっても公共の場での超能力の利用は固く禁じられている。銃や刃物を持ち歩くのがダメなように、超能力も基本的には危険なものとして扱われていた。
超能力が使える場合は、神京跡地と呼ばれる場所か国が緊急事態だと認めた場合にのみに許される。
しかし、すべての人がその力を正しく使うかというと、当然そんなことはない。必ずどこかで悪用する者が生まれる。
そう言った人物たちを支配者と呼び、厳重な処罰のもとに粛清を行っている。
探求者と支配者は互いに対立しているのだ。
翔華はカバンからスマホを取り出し、ニュースを確認する。
「髭ノ町……こっからならいける……!」
翔華のいる足羽市から龍戸市までは駅で片道5分くらいの所だ。
しかし、電車は利用できないだろう。
この騒動ではとっくに運行中止しているはずだ。
「支配者を私が取り押さえることができたら……」
自分が支配者を倒したとすれば、おそらくその名は世間にとどろくだろう。そしてそれは自分の夢を後押しする大きなきっかけになる。
翔華は家の外に置いてあるママチャリに跨る。
「うりゃりゃりゃー!」
そして全力でママチャリを漕いで、走りだした。
「消えろ!」
民家の連なる通路の真ん中で、トゲトゲした毬栗頭の男が指を差しながら叫ぶ。そいつが示した先、そこにいた道行く一人の男性の姿がスッと消失する。
男性の姿が消えると、彼の着用していたスーツやカバンだけがその場に取り残された。
「きゃああああ!」
当然それを目撃した人々は恐怖におびえる。
そして我先にと男から次々に逃げ出していく。
町はパニックに陥っていた。
「ゲヒヒヒ! やべぇ! やべぇぞこれ! 消えろ、消えろ、消えろ! 消えろォ!」
男は愉悦に浸ったような笑顔で逃げ惑う人々に指差していく。
指を差された途端、その先にいた人々が瞬く間に消失していった。
男はそれを見るたびに嘲笑う。
その表情が翔華にはとても醜く見えた。
翔華は周囲を流し目で軽く観察する。
道路端にレンジャーの物と思われる赤い制服が残されていた。
十中八九、あの男にやられたのだろう。
(間違いない、あいつが支配者……!)
翔華は背負っていたリュックからエアガンを取り出す。
BB弾がしっかりと入っているのを確認し、男の背後からそっと近づく。
「やっぱ力って偉大だわー、人間が虫けらにしか見えねー。最強になった俺はもう誰にも止めらんねぇー」
誇らしげに己の力を行使する男。
まだ翔華の存在には気付いていない。
自身の力に己惚れているのかもしれない。
(もう少し、もう少しッ……!)
エアガンが相手に確実にかつ効率よくダメージを与えられる距離まで翔華はじりじりと接近していく。今の距離は30メートルほどといったところだった。
あと5メートルほど距離が稼げれば大丈夫なはず。
その時だった。
「あっ……!」
目の前の男に気を取られ、他の注意が散漫になっていた。
そのせいで、足元ある捨てられた缶ジュースの存在に気づけなかったのだ。
翔華の右足は誰かが捨てた缶ジュースにぶつかり、カランコロンとアルミがアスファルトを転がる音が道路に響く。
「あぁ~ん?」
「しまっ……!」
男が後ろを振り向く。
その男の鋭い目と翔華は目を合わせてしまった。
「JKじゃん。若いやつは足がはえーもんだからみんな逃げたと思ってたのに、まさか自分からきてくれるとはなぁ」
「く、くんなっ!」
男が翔華の方へ、一歩踏み出そうとする。
恐怖を感じた翔華は思わず反射的にエアガンのトリガーを引いた。
発射された球は真っすぐに男の顔目掛けて飛んでいく。
しかし、
「消えろ、あとそれも消えろ」
男がそう言って翔華の方を睨みつけ指差す。
打ち出されたエアガンがBB弾もろと消え去ってしまった。
「そんな……」
「ゲヒヒヒッ! エアガンもばっちり消せるじゃんか! これ実弾でもいけんじゃね? やべぇ、楽しくなってきたぁ!」
「ちっ!」
翔華はあきらめず、一度路地裏へと逃げようと判断する。
男は自分を消すことはしなかった。
それが唯一のチャンスだと考えた。
「おいおい、逃げんなよ。俺と遊ぼう、ぜっ!」
「うわぁっ!」
翔華の逃げ道を塞ぐように道路わきにある電柱が倒れてくる。
その衝撃で翔華は後ろへ倒れ込んでしまった。
(電柱の根元を部分的に消したっ……?)
「ゲヒッ、ゲヒヒッ!」
(やばいッ……!)
男がニヤリと笑い、翔華の方へと歩みを進めてくる。
「くそ……こんな……こんなとろで……」
自分にも超能力さえあれば。
今になって翔華はそんなことを考えていた。
だが、それも儚い願望でしかない。
「ゲヒィ~」
「ひっ……」
男の気色の悪い笑顔にぞっと背筋が凍り付く。
あいつに弄ばれた後、自分も他の人たちのように消えてなくなってしまうのだろうか。
想像しただけで、恐怖に飲まれそうになる。
やはり自分ではどうしようもなかった。
不甲斐なさと後悔に押しつぶされるようにして翔華は目を閉じる。
「諦めたか~ゲヒヒ」
男は心底嬉しそうだ。自分の存在を主張するかのように足音を大げさに立てながら、翔華に歩み寄っていく。
だが、翔華はこうも思う。
本当にこのまま終わってしまっていいのだろうか――と。
「おとなしく俺に捕まりなぁ~?」
一生に一度きりの人生、こんなところで終わってしまっていいのだろうか。
男は今、油断している。
どうせやられるにしても、最後まであがくべきだ。思い立った時、翔華は自分の体がとっさに動くのを感じた。
「ッ!」
「ゲヒ……ぐおっ!?」
男がこちらに伸ばそうとする手をすり抜け、翔華の伸ばした拳が男の顔面にぶち当たった。
「ぐおっ……ぐおおお!」
倒れた男は鼻を抑えてもがき苦しむ。超能力者とはいえど、所詮は生身の人間。殴られれば痛いのだ。
「テンメェー! この野郎ー!」
男は顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
その顔が翔華には愉快だった。
「JKだから優しくしてやろうと思ったが、もういい! 殺す!」
男がこちらに指を差そうとする。
これでいい。相手に一矢報いることができた。
それができて翔華は満足だった。
次の瞬間には自分も消えてなくなるのだろう。
「消えッ――」
男が叫ぼうとした瞬間だった。
「あぁ!?」
突然車の急ブレーキ音が鳴り響く。
「ほらいけ駄咲! あれがターゲットだ!」
「よっろしっくねーん!」
「ぐえっ!」
右手を向くと、セダンタイプの白い車の後部座席から蹴り飛ばされるようにして、一人の男が飛び出てくる。
少し灰色がかった髪色の若い男だった。
駄咲とか呼ばれていた。彼の名前だろうか。
翔華は観察する。
「なんだテメェ?」
「なんだかんだと聞かれてもな……答えるわけないだろ」
男の質問に駄咲という少年はきっぱりと断る。
「……ナメてんのかテメェ?」
「知らない人には名乗らないのが、当たり前だ」
「けっ、駄咲だろ、お前の名前」
「おい! 何で知ってんだあんた!」
それはさっき車の中にいた人がそう呼んでいたからだろ。
口には出さず、心の中で翔華はツッコミを入れる。
「まぁどうでもいーわ、お前が誰でも。俺に歯向かうやつは全員消しちまえばいいだけの話だからな!」
男が駄咲に指を差す。
(まずいッ!)
翔華は戦慄した。
突然現れた少年、彼さえも結局はあの男によって存在を消し去られてしまうのだと。
自分が死ぬ間際を助けてくれたことには、それなりに感謝している。だが、そんな彼を逆に自分は助けてあげられない。
その事実を翔華は悔み目を瞑る。
「……は?」
男の気の抜けた声がする。その声に翔華は顔を上げた。
「へぇ……?」
翔華も男のように間抜けな声を出してしまう。
それほどまでに目の前に映る光景は、謎だった。
それもそのはず。
消えていなくなっているはずの駄咲が、全裸でそこに立っていたのだから。