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不変の駄咲  作者: なんちゃら竜
1章 不死身の男編
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1話 笑い方がキモイらしい


「おーい! 実里ちゃーん!」

「あっ! 朱音ちゃん!」

 

 横断歩道の向こう側。

 紺色のセーラー服を着た中学生の女の子がこちら側へ手を振っている。

 

 そして俺の隣にいるこれまた女子が、その子に手を振り返す。

 この子の名は神野実里、川兎中学に通っている俺の妹である。

 

「じゃあ私こっちだから。それじゃ」


 実里は透き通るような銀色の髪をなびかせる。


「気を付つけて。試験結果、楽しみにしてる」

「はいはい、兄さんもね」


 妹の実里は青信号を渡って自分を呼ぶ友達の方へと駆け寄っていく。いつもと変わらぬ通学路、友達と会話しながら登校していく妹の後ろ姿を俺は見守る。


「はぁ……俺も行かないとなぁ」


 妹の姿が見えなくなるまで見送った俺は、自分も高校へと向かうべく再び歩き始める。


 俺、神野駄咲は無響町にある兎山高校の一年生。

 容姿はどこにでもいる日本人男性といった感じで、違うところといえば他の人より若干髪色が薄く、灰色味があるくらいだろうか。


 でも特徴なんてほんとそれくらいのもので、あとは全然平均的なごく普通の、それこそ一般人と呼べる方達と遜色ない感じの――



「先週の英語のテスト返すぞー、朝霧!」

「はぁーい」


 教室にて、担任である大道寺先生が皆の名前を呼んでいく。

 少し釣り目の怖い雰囲気がある女性の先生だ。けれど、見た目に反してどちらかといえば性格は優しい方だと思う。この人が担任だと紹介され、初めての挨拶を交わした時は、その穏やかな声にほっと一安心したものだ。ただ、怒るときは普通に怖い。まだ俺が怒られたことはないがな……(ドヤ顔)



「……小山! ……加賀谷! ……神野!」


 俺の番が来た。


「はい」


 俺は即座に返事をして、先生のもとへと向かう。

 そして先生からテストの点数が書かれた用紙を受け取った。


 点数をつける欄を見る。

 45点、と書かれていた。 


「神野……赤点超ギリギリ回避だがこれはまずいぞ。ちゃんと勉強したのか?」

「妹に教えてもらいながらしました!」


 俺は即答する。


「待て、お前の妹ってまだ中学生じゃなかったか……?」

「はいそうです」

「そ、そうか……席、戻っていいぞ」

「アッハイ」


 まるで俺に呆れてしまったかのように額に手を当てる大道寺先生。


 ――どうやら俺は普通より下級の人間なのかもしれない。

 昔、徹おじさんにも『駄咲、お前はバカだ』と直球で言われたことがある。


 もしかすると俺は本当に……ごく普通の一般人と呼ばれる人よりもバカなのかもしれない。


 その真実にふと気づき、俺は……ショックを受けた。


 せめて普通の人間です、と語れるくらいにはなろう。

 そう心に誓うのだった。



 放課後――



「神野、急がなくていいから後で職員室に来い」


 帰りのホームルームを終えると、大道寺先生が教室の去り際に俺に伝えてくる。


 え、なんで? 俺なんかしたっけ。


「神野のやつ、また先生に呼ばれてる……」

「ダセー」

「しっ、静かにしろって……! 聞こえちまうだろッ……」


 教室の端の方でたむろしている人たちが机の上に座ってヒソヒソと楽しそうに笑っている。


 あの人たちは誰だったか……。

 授業中の話し合いとか以外で人とまともに話すことが無いため、同じ教室でもクラスメイトの顔と名前が一致しなくなる。


 もしかすると俺は記憶力さえも普通以下なのかもしれない。

 その事実に、俺は再びショックを受けた。





「どうしてですか!」


 職員室へと向かう途中、誰かの叫び声が廊下で響いた。

 誰の声だろうか……?

 俺は好奇心で声がした教室の方をちらりと覗き込む。


「法竜院さん……目標を持つことは大変すばらしいですが、探求者はさすがに……」 


「私にはこれしかないんですよ! だから……!」


 教師に悲痛な声で訴えかける人物。

 ポニーテールに赤い髪留めの気の強そうな女子生徒だった。

 その綺麗な黒髪が空いた窓から吹く風でなびいている。


「法竜院さん、あなたは今一人でしょ? 探求者になるにしても同行する人がいないと」

「そ、それは……」


 状況に関しては正直良くわからないが、修羅場そうだ。


 ただ、探求者については俺も知っている。有名だから。

 まぁでも俺とは一切関係ない話ではあるけども……。


 法竜院という名前の人はどうやら探求者になりたいらしい。

 そんな夢、ここにいる限り叶うはずもないのに。

 夢は夢のままで終わらせるのがいい。

 それが、一番幸せなことなんだ。


 だから俺も夢を持つことはやめている。

 まぁそもそも持てるような夢なんてなかったが。


「とりま、がんばってくださいよっと」


 ただ、夢に向かって走る人をわざわざ止めようとも思わない。

 努力できるならば、できるところまで頑張ればいい。

 そんな人を俺は凄いと思うし、その人のことが輝いても見える。

 俺は独り言のようにぼやいて、その場をさっさと立ち去って行った。





「神野、お前学校での生活はどうなんだ?」


 職員室にて大道寺先生は椅子に座ると、片足を組む。

 そして近くに立たせていた俺に話しを始めた。


「へ? せ、生活ですか?」 


 もしかすると今日のテストの点数のことをとやかく言われるんじゃないかと肝を冷やしていた俺は、思いも寄らない話題に拍子の抜けた声を出してしまう。


「そうだ。二学期も中間が終わったあたりだろ。そろそろ友達の一人や二人でもできたのか?」

「ははっ……と、友達は……」


 俺はどう言ったものかと口籠る。


「……いないんだな。はぁ神野、お前は勤勉で頼みもよく聞いてくれるし、手伝いも進んでやってくれる。それはそれでいいことなんだが、それだけじゃダメだぞ。せっかくお前の親父さんが与えてくれた高校生活なんだ。友達の一人や二人でもつくって青春を謳歌するべきだと、私は思う」

「せ、青春ですか……」

「そうだ、生徒らしく学校生活をおくるんだよ。普通に過ごして、普通に青春を楽しむ。何も難しいことじゃない」

「普通………」


 青春とは何なのか、俺には分からなかった。

 よくテレビやら本やらでその言葉を知る機会はあったが、果たしてそれが一体どういう意味を指す言葉なのか、具体的には知らない。


 先生が言うには友達と遊んだりすることのようだが……。

 

 俺なりに努力はしているつもりだ。が、一向に友達と呼べるような存在ができた試しは無い。

 

 俺が話しかけると、皆こぞって嫌そうな顔をするのだ。

 これはもう話しかける前から無理なやつなのでは? とさえ思ってしまう。


 いわゆる詰み、というやつではないだろうか。


「……私な、お前に友達ができない原因が一つだけ分かった気がするぞ」

「えっ!? マジすか」

「多分な」


 先生が深刻な表情で俺にそう伝える。

 見るからに、明らかそれが原因なのだろうと思わせるほどの気迫が先生の顔にはあった。


「……お前、休憩時間に漫画読んではたまに笑ってるだろ?」

「そ、そーすね」

「その時のお前の笑い方、正直めっっっちゃキモかった……」

「……え?」


 おそらく先生が話しているのは、俺が授業終わりの休憩時間に「すりりんぐばーさん」を読んでいることについてだろう。


 確かにあの漫画は面白すぎて笑いを堪えきれないのだが、先生はあろうことかその時の俺の笑い方をキモイと言った。断定した。


「いやだってな? お前、グヘッグヘッってよだれ垂らしながら笑ってるんだぞ? 隣の席の杉枝とかしかめっ面でドン引きしてたからな」

「なっ!」


 そうだったのか。

 俺の笑い声があまりにもキモ過ぎたせいで、こんなことになってしまっているのか。


 俺がすりりんぐばーさんを読んでいる時の周囲の視線の変化には確かに気づいていた。が、まさか白い目で見られていたとは……。


 でも仕方ないじゃないか。

 これも、すりりんぐばーさんが面白すぎるのがいけないのだ。

 ばーさんが娘の参観日に乱入して、娘が制作に利用していた割り箸を教師の鼻穴に突き刺した時は、飲んでる牛乳を吹き出しそうになるほどだった。


「とりあえず、学校で漫画読むのはやめろ。授業中に気が散ってしまう可能性だってあるしな」

「はい……そうさせていただきます」

「あとなんならこの際、どっか部活でも入ったらどうだ? 空いてるとこ、探しといてやるよ」


 先生が書類やらファイルやらが乱雑に散らばった机の上を漁りはじめる。そこから部活動一覧と名前のシールが書かれたファイルを取り出していた。


 俺のためにわざわざ部活を探してくれるのだろう。

 気持ちはありがたい。だが……


「すみません、部活動はちょっと……家事とかしないといけないんで」

「あーそうか。そういや家、誰もいないんだっけか」

「妹と俺だけすね」


 今、家では妹と二人暮らしの状態だった。

 徹おじさんは去年、急に俺たちの前から姿を消した。

 定期的に仕送りはしてもらえるものの、なぜいなくなったのか原因は不明。実里もきっと寂しい思いをしているはずなのに、なんて父親だろうか。あの人に恩義はあれど、それとこれとはまた別の話である。帰ってくることがあったら張り倒してやる。


「そっか、じゃあまぁ家事頑張れよ。呼んで悪かったな。あと勉強もちゃんと頑張るように!」

「……はい」


 先生にしっかり釘を刺された後、俺は職員室から出ていった。


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