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008:肉の塊・カフェイン・十字架

「おい」

「…………」

「おい、瀧宮白羽」

「…………」

「おい」

「…………」

「…………」

 ぴと。

「あっつぁっ!? 何すんじゃボケぇ!!」

「無視するからだ」

 一瞬前まで机に突っ伏していた白髪長身の女のどこからともなく取り出した純白の日本刀をひょいと慣れた様子でかわし、白衣の痩せた男――工藤快斗は、先ほど女の首筋にあてた熱々のコーヒーの入ったカップを改めて差し出した。

「この俺が手ずから淹れてやったんだ。飲め」

「……この時間に飲むと眠れなくなるんだよなあ」

「阿呆め。日本人の体はカフェインに強い。コーヒーで目が覚めるというのはプラシーボに過ぎん。そもそもその体には毒物に対する完全耐性機能をアップデートしてある。カフェインなんぞ効くか」

「おい、じゃああたしが酒に無闇に強いのってそれが原因か?」

「今頃気付いたのか」

「何てことしやがる! おかげで酔ってねえからって教授会で年末年始飲みたくもねえ酒延々飲まされるんだぞ!」

「相変わらず子供舌か」

「……砂糖とミルクは?」

「たっぷり入れてやった」

「……ん」

 白髪の女――瀧宮白羽は差し出されたカップを受け取り、ふうと息を吹きかけてからゆっくりと口に運ぶ。快斗の言葉通り、砂糖とミルクたっぷり。カフェオレを通り越してコーヒー牛乳の域だった。

「はー……」

「流石にお疲れか」

「まーねー。()()が最初に目撃されてからなんやかんや6か月以上。夏通り越して秋も深まってきちまった。ちゃんと布団で寝たのって最後いつだったか」

 白羽は机の周りに山と積まれた研究資料や報告書を眺めながらうんざりした様子で髪を掻きむしる。すると指先に、ごわっというか、ぬたっというか、イヤな感触が伝わってきた。そう言えば風呂に入ったのもいつか覚えていない。

「…………」

「どうした」

「いや……あたし、臭わない?」

「いつも通りだ」

「何日も風呂入ってない状態の体臭が『いつも通り』ならやべーじゃねえか!!」

 カップの中身を一息で煽り、白羽は羽織っていた白衣を放り投げ、もう面倒だと上着もスカートも、下着も脱ぎ捨てて研究室内に無理やり作らせたシャワールームに足を運ぶ。同じ空間内に快斗がいるが、それはもう今更だ。思春期の頃は嫌で嫌で仕方がなかったが、10年以上にわたる身体の経過観察の果てに、ここ数年はもはやどうでもよくなった。自分でも終わっている自覚はある。一応彼以外に対しては同性だろうと恥じらいはあるのだが。

「工藤快斗、タオルと着替え出しといて」

「この俺を家政婦扱いとはふざけた奴だな?」

「そっちの棚の上から二段目が下着類、その下がタオルな。服はハンガーから適当にヨロ」

「おい聞け阿呆」

 しかしその制止も虚しく、白羽はさっさとシャワー室へと消えていった。すりガラスの向こうからは早くも水音がし始め、快斗は深く深くため息をつく。

 机とシャワー室の間のきたないヘンゼルとグレーテルを部屋の隅にあった洗濯籠に回収しながら、快斗は毒づく。

「女物の洗濯なんぞ知らんぞ。色落ちだの縮んだだの後で文句言うなよ」

『あとで彩萌に頼むから置いとくだけでいいぞー』

「貴様この俺の助手に洗濯までさせてんのか!」

 シャワー室の奥から届いたくぐもった衝撃の事実に、驚愕の声が漏れる。たまに呼んでも来ないときがあると思ったらこいつの世話をしていたのか、と快斗は呆れ返る。しかし快斗も快斗で汚部屋癖があり、その処理を助手任せにしているため大きな声で文句は言えない。一言いうと二倍三倍になって返ってきそうだ。

「ふう、さっぱりした。やっぱ研究室にシャワーあると便利だなー。欲を言えば浴槽に足伸ばして入りた……あれ、タオルと着替えは?」

「自分でやれ!」

 実に優雅な顔つきでシャワーから出てきた白羽に、口では文句を言いながらもタオルだけは投げつけてやる快斗。

 受け取ったタオルで全身の雫を拭いながら、ふと思い出して快斗に向き直る。

「そういや何の用? 生存確認でもしに来た?」

「貴様の体に異変が生じたらラグなしでこの俺に届くようになってるわ。……瀧宮梓から報告が来たぞ」

「え」

「『目標を捕捉。いつでも動ける』とのことだ」

「おい馬鹿! そういうことは先に言え!」

 タオルを快斗に投げつけ、白羽はハンガーにかけていたバスローブを羽織る。そして机周りの資料を薙ぎ倒しながら椅子に腰かけ、パソコンのグループ連絡ツールを確認する。見ると、赤い着物のアイコンがオンラインで待機中を表示していた。

「もしもし! 梓お姉様!?」

 慌ただしく通話をつなげると、即座に反応があった。

『お、来たわね』

「申し訳ないですわ……ちょっとシャワー浴びてましたの」

 余所行きの口調で謝罪を述べると、苦笑交じりに『大丈夫』と返ってきた。

『ここんところ碌に寝てないでしょ。少しは休んだ?』

「ええ……ですが、それも今日で終わりですわ」

『だね。で、いつ動く?』

「そうですわね……今9時前ですから、区切りよく、2100(フタヒトマルマル)行動開始で」

『りょーかい。他の待機組にも指示よろしく』

「ええ。……梓お姉様」

『なに?』

 通話の向こうの実姉の穏やかな声音に、白羽はほっと息を吐く。

「『不具合』の捕縛に冥府への侵攻と陽動――この作戦、梓お姉様の負担が大きいですが、よろしくお願いします」

『はは。……クスクス、任された』

 そう笑い声を残し、通話が切られる。

 そして流れるように別のグループを選択し、状況を確認する。――総勢二十人弱。全員が漏れなく、遅れなく、オンライン待機中だった。

 各々が北欧フィヨルドの底、アマゾン源流部、キリマンジャロの奥地、南極点、富士の山頂など、目標を捕捉した地点で監視待機している。

「瀧宮白羽」

 と、快斗が声をかける。

「最後の確認だ。この作戦、本当に実行するんだな?」

「愚問ですわね」

 あえてその口調で、白羽は幼少の頃を思い出させるような愛らしく、凄惨な笑みを浮かべた。

「こちとら二度目の生を受けてから常に冥府に目をつけられてきた身ですわよ。今更その十字架の一つや二つ増えたところでなんともありませんわ」

「……そうだな。余計なことを言った」

 小さく笑みをこぼし、快斗が総てを見届けるように一歩下がり、壁に寄り掛かる。


「親愛なる狩人(ハンター)諸氏、ごきげんよう」


 芝居がかった口調で、通話を開始する。


「これより、日本時刻2100にて行動を開始しますわ。作戦に変更はなし。コードネーム『劔龍ガダ』全個体の生け捕り及び魔石へ封印完了後、指定の術式で速やかに月波市まで転送すること。……働きに期待していますわよ」


 一方的に語りかけ、一方的に通話を切断する。

 疑問や確認など、しばし待ったが折り返しは一切ない。

 全ては作戦通り。

 これで、ようやく――

「なあ」

「んぁ?」

 口調を戻す白羽に、快斗が提案する。

「これが終わったら飯でも食いに行こう」

「奢り?」

「安心しろ。研究者としては貴様より先輩だ、儲けはこの俺の方が多い」

「腹立つ!」

「何が食いたい」

「ステーキ! 肉の塊みてぇな分厚いやつを、血の滴るようなレアで!」

「……ふはっ。わかった、店を探しておこう」

「うっし! やっぞー!」

 子供のようにぶんと腕を振り上げる白羽。それを苦笑と共に眺めていた快斗が小さく付け加える。

「あと、まあ……その時に、話がある」

「今じゃダメなん?」

「全部終わってからな」

「あっそ」

 不可解な態度に白羽は曖昧に頷く。気にはなるが、今は全部終わってからだ。

 と、その時――ぼうっと、研究室の片隅に置かれた巨大な魔導具のランプが光りだした。

 転送受け入れ申請だ。

「……随分と早いな」

「この仕事の速度は十中八九あの人だなー」

 よいしょ、と白羽は椅子から立ち上がり、シャワー上がりの裸足のままペタペタと装置へと近寄る。

 それを見てふと思い出し、快斗は声をかける。


「そう言えば瀧宮白羽」

「なに?」

「さっきの通話、カメラ起動してたぞ」

「…………」


 白羽は顔を真っ赤にし、へにゃへにゃとその場に座り込んだ。

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