006:ガソリン・ライター・アイス
「肝試しをしよう!」
「「「…………」」」
いつも通りの放課後、いつも通りのメンツで部室(仮)に集まって駄弁っていると、部長がいつもの通り突拍子もないことを言い出した。
「しかし夏休み明けたってのにあっちぃぜ」
「本当ですね」
「あ、冷蔵庫にアイスがあるわよ~。あら、ちょうど四本あるわね~。味はバニラとイチゴとチョコとお抹茶よ~」
「お、いいね。ウチはイチゴくれ」
「桐原先輩って結構可愛い味好きですよね。私はバニラください」
「は~い。芦屋ちゃんは何がいい~?」
「三好クンは抹茶派だったな! それならボクはチョコをもらおう!」
「あら~、覚えててくれてありがとう~。はい、チョコ味をどうぞ~」
お母さんこと三好先輩が各々に棒が刺さったアイスを配る。それぞれが希望したフレーバーのアイスが手元に届くと、みんないそいそと包装を切って棒を引っ張る。冷凍庫から出したばかりで蒸気が漂うアイスを口元に運ぶと、じめじめと肌にまとわりつく暑さが幾分か和らいだ気がした。
そしてバニラが美味い。チョコだベリーだ抹茶だと、いろいろと試してきたが結局はここに行きつくのだ。普通の味が一番美味い。普通最高。
アイスを齧りながら見渡すと、やはりみんなこの暑さには辟易していたらしく、表情が和らいでいた。部長だけはいつもの目ぇガンギマリ状態の無表情だけど。
そして。
「肝試しをしよう!!」
「「「…………」」」
誤魔化されなかったか。
一人キンキンに冷えたアイスを煎餅か何かみたいにバリバリとすごい勢いで貪り食った部長が、再びそう宣言した。
「……一応聞きますけど、なんで肝試しなんですか」
このままでは詳細を聞く前に一人で勝手に話を進められてしまうため、渋々確認する。
「うむ。かつて名声をほしいままにした我らオカルト研究会だが、今年度の新入部員は結局樋口クン一人だった。二年生はおらず、三年生も我々三人のみ。それにより春先には廃部の危機にまで陥ったが、なんとか幽霊部員を確保することで窮地は脱した。しかし! しかしだ、このままではボクたちが卒業後、残された樋口クンがまたも同じ窮地に立たされてしまう!」
「いいじゃねーか、来年こそ廃部で」
「それでは部の創設者である中西先輩に申し訳が立たない!」
「中西先輩、そこまでこの部に思い入れはないと思うわよ~?」
「そこでだ! ボクたちが卒業した後に樋口クンが苦労しないよう、オカルト研究会の知名度を上げておこうと考えたのだ!」
「……それでなんで肝試しなんですか」
一応尋ねるも、いやな予感しかしない。
というか、部長が来た時に抱えていた段ボール箱が見えた時から嫌な予感しかしていない。
「世は動画サイト群雄割拠時代! 我々も心霊スポットへ赴き、その様子を撮影して動画サイトに投稿しようではないか!」
「嫌な予感の中でも一番悪質なやつだった!!」
ばぁん! と部長が持ってきていた箱の蓋を開ける。中には、新品の暗所撮影も可能な無駄に高性能なハンディカメラ、こちらも新品の暗視対応ゴープロ、やはり新品の妙に本格的な収音機材……そしてなぜかこれだけ、古臭くぼろい懐中電灯が入っていた。
「なにこんな高価なもの買い揃えてんだ、馬鹿か!?」
「ボクのお小遣いの範疇だ。気にすることはない」
「相変わらず変なところでお嬢様ね~」
「ハハ! 今まで無趣味だったからな! たまりにたまったお年玉の大放出さ!」
無表情のまま誇らしげに胸を張る部長。そういえばこの部屋の冷凍庫も部長の私物だった。相変わらず中学生の財力じゃない。
「そしてボクにこれだけのものを買わせて、まさかやらないとは言うまいな?」
「やり方が卑怯すぎませんか!?」
「行動力のある金持ちの馬鹿って本当に手に負えねえな……」
桐原先輩が心底軽蔑するような視線を部長に投げつけるが、当の本人はどこ吹く風。全く堪えた風はなく、むしろ実に楽しそうだ。
「それで、誰が何を担当するのかしら~?」
と、三好先輩が箱の中を物色しながら部長に尋ねる。この流れは変えられないと諦めたのか、この人も一周回って楽しそうだ。
「うむ。色々考えたのだが、三好クンにはこちらの主カメを担当してもらおうと思う。三好クンはこの中で一番肝が据わっているからな、何が起きてもブレのない映像を撮ってくれるだろう」
そう言いながら部長が大きい方のカメラを手渡す。確かに、この人ならばよほどのことがない限り取り乱してカメラがブレるなんてことはなさそうだ。適任だろう。
「そしてボクは録音を担当しよう。事前に色々弄ってみたが、この中ではこれが一番機械的な難易度が高かった。ボクが責任を持って、皆の音声を収録しよう」
「……と、いうことは」
「…………」
つい、と視線を桐原先輩に向ける。すると彼女もこの先の展開を察したのか、すでにガタガタと震えている。
「桐原クンと樋口クンには被写体となってもらおう!」
「絶ッッッッッ対イヤだ!!」
「ビビりな桐原クンのリアクションで良い絵を撮り、何事にも動じない樋口クンがグダらないようにシャキシャキ歩く。我ながらナイスな人選だと思うのだが」
「それなら被写体は三好先輩でもいいですよね!?」
「え~、でも隣でプルプルしてる桐原ちゃんを見てると……つい、おっきな声でびっくりさせちゃうかも~」
「ふざけんな!! ていうかお前なんでいつの間にかそっち側になってんだ! 反対しろよ、肝試し!!」
「でもせっかく買ったのに使わないのはもったいないし~?」
「ぐっ……!」
ザ・庶民出身の桐原先輩が言い淀む。普段はやんちゃしてそうな見た目や言動なのに、こういうところはいい子なんだよなあ。
「はあ……ああ、もう、分かりました。分かりましたよ、肝試しの撮影」
「樋口ぃっ!?」
「ただし、いくつか条件があります」
今にも泣きそうな桐原先輩はいったん置いておいて、部長に提案する。
「まず、撮影の時は私たちはマスクをして、そのうえで編集の時には顔全体にぼかしを入れてもらいます。服装も、地域を特定できるような制服や指定ジャージはNG。撮影場所も、地名が分かる標識にはぼかしを入れます」
「うむ、当然だな。最低限のネットリテラシーは守らねばならん」
「それと肝試しの場所ですが、廃墟はダメです。私有地に勝手に入るのは普通に不法侵入です」
「む。それなら、芦屋家で所有している、取壊し前の古い建物なら――」
「ダメです。というか、お家の方にどう説明するんですか。『夜遅くに倒壊寸前の建物に遊びに行きます』って、絶対止められますよ」
「……確かに、それもそうだ」
「そして最後に一つ――マジモンの心霊スポットには行かない。あくまで『それっぽい場所』を選ぶこと。これが条件です」
「ふーむ……」
部長が瞳孔を見開いたまま浮かなそうに腕を組む。部の存続どうこうと建前を並べたが、結局は心霊スポットで肝試しをして動画を撮るのが目的なのだ。最後の条件は意にそぐわないのだろう。
しかし、こればかりはこちらも譲れない。
なぜならマジモンの心霊スポットは、本当に、遊び半分で行ってはいけないのだから。
私は小さい頃からそれだけは肝に銘じて生きてきた。
「…………」
しばし部長と見つめ合う。
数秒そうしていると、部長もこちらが折れる気配がないと悟ったのか、ふうとため息を一つついて首を振った。
「わかった。その条件でいこう。全くアテがないわけじゃないしね」
「ありがとうございます」
こちらも安堵のため息をこぼす。これでよっぽどのことは起きないだろう。……隣で、生まれたての仔山羊のように震えている桐原先輩はいったん無視することとする。
「では詳細は後日連絡する! それまで楽しみに待っていたまえ!」
「全然楽しみじゃない!」
後日。
私たちは部長の指定した、山へと入る辺鄙な道沿いのコンビニに集合した。
時刻は夜八時。中学女子がうろついていたら一発で補導されてしまうため中には入らず、店員に見えない位置でたむろする。
万一見つかった時の建前としては、部長の家にお泊りで勉強会を開くこととなったが、飲み物がなくなったので買いに来た、という体だ。実際、部長の家はこの山の中にあるらしく、これから本当に部長の家に行くつもりだ。目的は勉強会ではなく、撮影した動画の確認と編集だが。
「よし、揃ったな!」
「は~い」
「……はい」
「はい」
女子らしさの欠片もない、それでいて妙にハイブランドなジャージ姿の部長が号令を発す。山道という事前説明があったのにゆるふわなワンピースの三好先輩と、「被写体として絵になるから」という理由で半袖のポロシャツに長い足を大胆に出したホットパンツを部長に指定された桐原先輩が各々返事をする。
ちなみに私は普通にジーパンにパーカーだ。私も部長に際どい恰好を指定されたが普通に無視した。だってまだ蚊がいる時期だもん。刺されたくない。
「う、裏切り者……!」
「桐原先輩も無視すりゃよかったのに……」
本当、変なところで律儀なんだから。
「それでは出発しよう!」
わくわくという擬音がピッタリな表情(ただし無表情)で歩き出す部長。その後を三好先輩が追いかけ、早くもビビり散らしている桐原先輩が私の腕にしがみついてくる。この先思いやられるというか、部長の思惑通りというか。
「ちなみに具体的な場所はどこなの~?」
「この先、ボクの家までの道のりの間に脇道、というか近道の旧道があってね。そこに古いトンネルがあるんだ。夜は暗いし照明もまばらだから使うなと言われているがね」
「そんなところに行くのかよぉ!?」
「登校の時には普通にチャリで駆け抜けているから勝手知ったる道だよ。たまに蛇やコウモリが出るがね」
「いやぁ……!」
「ちなみに幽霊の噂は?」
「一通り屋敷の者にも確認したが、そのような話はないそうだ。本当に、夜はただ暗くて不気味なだけのトンネルだ」
「十分いやだぁ……!」
しれっと屋敷の者とかいう単語が出てきたが、それは今更なのでスルーする。どんだけ金持ちなんだ。
しばらく歩いていると、主線道路からわきに道が分かれる場所についた。脇道の方は見るからに経年劣化していて、アスファルトがボロボロにひび割れている。
「さて、この道を左に行くと旧道だ。トンネルはもう少し先だが、明るい街灯はしばらくない。ここで機材の準備をしよう」
言いながら部長が背負っていたリュックを下ろし、中からカメラとマイクを取り出す。大きい方を三好先輩に、小さい方を桐原先輩に手渡すと、自分はいそいそとマイクとヘッドホンを組み立て始めた。
「あれ、部長? 懐中電灯は?」
「ああ、はいこれ」
言って部長がリュックから取り出したのは、ぶっといロウソクとライターだった。
「…………」
やられた……。
「おま、芦屋ぁ! お前ふざ、お前ぇ!!」
「ハハハハハハハ!」
半泣きの桐原先輩に揺さぶられながら部長は実に楽しそうに笑っていた。それを試運転のつもりか、三好先輩がにこにこといい笑顔で撮影している。
「はあ……」
試しにロウソクに火をつけてみると、思ったよりは明るかった。遠くまでは見通せないが、スマホの貧弱なライトよりかは足元が良く見える。ないよりはマシか。
「さあ行こうか! レッツ肝試し!」
「やだぁ! ウチやっぱ帰るぅ!!」
「はいはい、ここまで来たらもう街まで戻る手段がないですよ。マスクして、さっさと部長んちまで行きましょ」
「あらあら~」
四者四様のリアクションをしながら、私たちは街灯のほとんどない旧道へと足を踏み入れた。
というかマジで暗いな。隣でビビり散らしてる桐原先輩がいなければ、私でも普通に進むのを躊躇しそうだ。……いや、この状況でビビらない方が異常か。
「うぅ、樋口ぃ、いるよなぁ? 急にいなくなるなよぉ……?」
「いますよ。いないなら桐原先輩が掴んでる腕は誰のですか」
「怖いこと言うなぁっ!」
「怖いのハードルダダ下がりじゃないですか。それにこれだけ強くつかまれたらどこにも行けませんよ」
なんなら血が止まりそうなので少し緩めてほしいくらいだ。言っても絶対聞き入れてくれないだろうけど。というかまだトンネルについてすらいないのに、これ大丈夫だろうか。
「部長、まだ先ですか?」
「いや、もうすぐだ。……ほら、あれだ」
マイクで私たちの声を拾いながら、部長が道の先を指す。すると暗闇の奥に、オレンジ色の寂びれた人工の光が見えてきた。
「あら~、雰囲気あるわね~」
「ひゅっ……」
三好先輩はのほほんと、桐原先輩は青ざめながらそのトンネルにカメラを向ける。
確かに、これはすごい。
照明が生きているということは夜間の利用を前提にしてはいるのだろうが、ところどころ蛍光灯が切れていて暗闇が発生している。残っている光も、カバーがくすんでいるのか絶妙に薄暗い。今まで心霊スポットとして噂がないのが不思議なほどの風格がある。
「はっは! 久しぶりに夜に来てみたが記憶よりも不気味だな!」
「なんでそんな気楽なんですか。ちなみに最後に来たのはいつですか?」
「まだ小学生の頃だから、4か5年くらい前かな? 一人で来たのが後でバレて、ばあやにしこたま怒られたな!」
こんなところに夜一人で来る小学生は人間の心があるんか?
「さあ桐原クン、樋口クン! 行こうか!」
「ほ、ホントに行くのかよぉ……」
「ばっちり撮っててあげるから、頑張れ~」
「はあ……行きますよ」
「いやだぁ……」
私だっていつまでもこんなところにいたくない。さっさと通り抜けて部長んちに行って、テキトーに動画弄ってさっさと寝るんだ。
腕にしがみついてくる桐原先輩を引きずって、私はトンネルへと足を踏み入れた。
「…………」
中に入ると、入り口から見ていたよりもずっと薄気味悪かった。どこからか水が漏れているのかぴちょんぴちょんと水音はするし、空気が淀んでいるのか湿度が高い。そのくせコンクリートが冷え切っているのか妙に肌寒いのだ。ロウソクの炎がほのかに暖かくて少し助かった。
ひゅう
「ひっ!?」
「ぐえっ」
しかしそのロウソクの炎が気流か何かで揺れるたびに桐原先輩が腕を締め上げてくる。カエルのような呻き声が漏れてしまった。
「な、なななななっ!?」
「火が揺れただけですよ……」
そんなやり取りを何度も繰り返す。
幸いというか何というか、部長のキャスティングは正解だったようだ。ビビる桐原先輩を引きずって進めるのは私しかいなかっただろう。部長や三好先輩なら絶対途中でふざけて変なことをする。そうしたら桐原先輩は全く進めなくなるだろう。
この長い長いトンネルの途中で止まられたら、さすがの私も怖くなって――
「妙だな」
と。
誰に語りかけるでもなく、部長がそう呟いた。
「このトンネル、こんなに長かったかな?」
「え」
思わず、振り返る。
マイクを構える部長の顔がロウソクの炎で照らされる。
相変わらず目ん玉だけは瞳孔見開いたガンギマリで、そのくせ表情だけは能面よりも乏しい。意図が全く読めない。桐原先輩を怖がらせようと冗談を言っているのか、本当に困惑しているのか、分からない。
「部長、ここ本当にそういう噂ないんですよね?」
「…………」
「部長?」
その意味深な沈黙はなんだ、そう問いただそうとしたその時。
カラカラカラカラ
音がした。
重い、重い金属を引きずるような、耳障りな音。
「な、なにぃっ!?」
桐原先輩が私の腕をさらに締め上げる。
あまりにも強い力に、いつもなら流石に一言言ってやろうと思うところだが、今回ばかりはそれでよかった。桐原先輩の存在をより強く感じられたからだ。
「…………」
「二人とも、どうしたの~?」
立ち止まったまま動かない私たちを不思議に思ったのか、三好先輩がカメラを構えたまま首を傾げる。部長は無言のままだが、たぶん聞こえていない。
これは私と、中途半端に見える、いや、聞こえる桐原先輩にしか聞こえていない。
カラカラカラカラ
カラカラカラカラ
カラカラカラカラ
音が近づいてくる。
「部長。ここ、本当に何もないんですよね?」
再度、問う。
「ああ」
今度は答えがあった。
「ここにはなにもいないよ」
「…………」
じゃあ。
じゃあ、アレは、なんだ。
カラカラカラカラ カラカラカラカラ カラカラカラカラ
寿命わずかな蛍光灯とロウソクの炎が照らす薄暗いトンネルの奥。
そこからぬうっと、肉の塊のようなものが現れた。
辛うじて人のような四肢が見て取れるが、全身のいたるところに何か釘のようなものが打ち付けられている。特に膝から脛にかけてに大量に刺さっており、それが地面とこすれて音を立てていた。
目は……瞼が縫い付けられている。外見情報を信じるなら、見えてはいないはず。
「…………」
大丈夫。
大丈夫、こっちが見えていると気づかれなければ、あっちも基本的に干渉できないはず。見えているモノを信じなければ、見えていないと同じ。見えていなければ、世界はつながらない。
「なに!? なに!? 樋口、なに!?」
「大丈夫ですよ桐原先輩。さ、進みましょう」
謎の金属音だけが聞こえている桐原先輩を引きずるように歩みを進める。
大丈夫、こんな気味の悪い場所なんだ、これくらいの反応は不思議じゃない。こっちが感知していることは気付かれないはず。
私は進む。
カラカラカラカラ カラカラカラカラ カラカラカラカラ
肉と、すれ違う。
予想通り、向こうもこちらに気付いていない。
カラカラカラカラ カラカラカラカラ カラカラカラカラ
通り過ぎる。
ふと見れば、トンネルの遠くの方に街灯が見えた。
なんだ、もうすぐ出口じゃないか。
「部長、三好先輩、出口見えてきました――」
振り返る。
見タ?
「……よ……」
見エテル?
見エテル? 見エテル?
おいふざけんな。
背中にでっけぇ目ん玉つけてんじゃねえよ。
視線が、合ってしまった。
見エテル!
見エテル! 見エテル! 見エテル!
見エテル! 見エテル! 見エテル! 見エテル! 見エテル!
見エテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテテ
ざくっ
肉の塊の背中の目玉に、鈍く光を反射する金属片が突き刺さった。
「あ」
見エナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナ
ざくっ
金属片――この場ではおそらく、私にしか見えていない日本刀が宙を舞い、肉の塊を細切れにしていく。
しばらく焼肉食えないわー、とか考えていると
「こんな夜中に、何してんの」
背後から――トンネルの出口の方から、声がかかる。
瞬間、ぱっと視界が明るくなる。
それが大型二輪のヘッドランプであると気づくまで、数秒のラグがあった。
「あ、梓先生……」
この場にいるはずのないクラス担任が、仁王立ちで私たちを待ち構えていた。
「つまり、部長が無言になったのは、梓先生がいるのに気付いてどう言い訳しようか考えてたから?」
「まあそうだな! 結局何も思い浮かばずにしこたま説教されただけだがな!」
「トンネル長いな~、って呟いたのは~?」
「そうした方が面白そうだったからだ!」
「お前マジでふざけんなよ!!」
その日の深夜。
予定通り部長宅で撮影した動画を確認しながら、そんな会話が交わされた。
「だってあのトンネルは本当にそういった噂がないからなあ。演出としてそれくらいアドリブ入れてもいいだろう?」
「心臓止まるかと思ったわ!」
桐原先輩が抱きかかえていたもふもふの枕を部長に叩きつける。それをパソコンに向かって何やら操作しながら、部長は笑って後頭部で受けた。
まあ心臓止まるかと思ったのはアレと目が合った私の方だが。
「でもまさか、ガソリン入れた帰りの梓教諭とうっかりエンカウントとはついてないなあ!」
「ね~。バイクの梓先生格好良かったね~」
三好先輩がのほほんとそんなちょっとズレた感想を述べる。
あの後、梓先生は私たちを部長んちまでバイクを押しながら徒歩で送り、しっかり部長の家族に注意をしてから帰って行った。当然私たちもこの世の終わりかというほど怒られた。今どきよそ様のガキをしこたま説教できるってよくできた親御さんだ。当然、それぞれの家にも連絡が飛んだ。帰ってたらもう一回地獄である。ヨケイナコトシヤガッテ。
「まあでも動画データを没収されなかったのは幸いだな!」
ターン! と部長がわざとらしくエンターキーを叩く。景気良いが、まだ動画をPCに移しているだけである。
「ふっふっふ、これからこの動画を面白おかしく編集して万バズを目指そう!」
「チェックはさせてもらいますからね」
こうなったらどうにでもなれと、せめて自分に不利益にならないよう目を通すくらいは約束させる。
「安心したまえ! このボクが編集するんだ、生半可は完成度では済まさない――ん?」
と、部長が動きを止める。
いったい何事かと、私と三好先輩、そして画面も見たくないと部長のベッドにうつぶせになっていた桐原先輩も画面をのぞき込んだ。
『さ 原 ン、 口ク ! 行こ か!』
『ほ、ホ 行 のか ぉ……』
『ばっ 撮 て げるか 、頑 ~』
『はあ…… ますよ』
『 や ぁ……』
「あら~? 音飛びが酷いわね~?」
「部長のマイクの方は?」
「こっちも似たようなものだな」
「……っ」
部長が操作し、映像を早送りする。
画面は変わり、私が部長に幽霊の噂の有無を確認した辺り――アレと遭遇する少し前。
「うわ」
「あら~」
「うむ、こっちは画像がぶちぶちで見れたものじゃないな! デジタルなのに砂嵐とは奇怪な!」
「もうやだぁ!!」
画面がもうジャリジャリでとんでもないことになっている。辛うじて、知り合いなら私と桐原先輩だと分かる程度の画質だ。
「これどうするの~? さすがに画質が終わってるわよ~?」
「これはこれでナイス霊障! という感じがしてボクは好きだがな!」
「でも顔隠したらほとんど何も見えませんよ」
「だがトンネルに入る前と出口付近では画質が復活しているな。せっかく撮ったものを消すのももったいないからな、隠すものを隠してそのままあげてしまおう!」
「消せ! こんな動画!」
ぼふん! と桐原先輩が再度枕で部長をはったおす。しかしやることが定まった部長がその程度で止まるはずがなく、無表情で高笑いしながら猛スピードで動画編集を進めていった。
それをずっとニコニコしてる三好先輩と眺めながら、私は「結局アレはなんだったのだろう」と首を傾げていた。
ちなみに投稿した動画は、砂嵐が下手くそな編集と捉えられてホラーとしての反応はイマイチだった。
しかしラストのバイク女子がイケメンと一部で話題になり、万バズとはいかないもののプチバズくらいは達成したのだった。