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030:スピーカー・ハンドクリーム・逆位置

「えーと……西を指し示す磁石、必ず逆位置になるタロット、日に3ポンド生成される小銭入れ……また妙な品ばかりですね」

 雑貨屋WINGの事務所にて。

 遠方の依頼人から送られてきた品々を確認しながら真奈は苦笑を浮かべた。

『うむ。解析して、害のあるまじないがかけられていたらしかるべき手法で破棄してくれ。そうでないならば、必要としている者に流して構わん』

「そうですね……磁石とタロットは詳しく調べますけれど、小銭入れは問答無用で破棄が必要かもしれません。たとえ3ポンドでも、理に反するオブジェクトですし」

『任せよう』

 作業の手を止めず、真奈はスピーカー付きのイヤホンから通話相手に方針を伝える。ありがたい話であちらは真奈に対して信頼しているらしく、こちらに全て一任してくれるらしい。

「あれ……?」

 ふと、手を止める。

 送られてきた呪いの品が入れられていた箱の底に、何やら薄い冊子が何冊か敷かれていた。

「これなんですか……?」

『おお、気付いたか!』

 と、電話口の声が嬉しそうに弾む。

『独り身の男魔女を何人か見繕ってみた! どう、少し会ってみたり――』

「……そういうのいらないです、オババ様」

『ホアアアアアアアアア!! 誰がロリババアだ!? ボクはまだピッチピチの三百三十――』

「その芸風いつまでやるんですか……」

『一発芸じゃない!?』

「それじゃあ作業が終わったら連絡しますので……」

『あ待って待ってせめて写真だけでも目を通してボクのメンツを立てると思っ――』

 端末を操作し、通話を切る。何やら最後の方は悲痛な叫びが聞こえた気がするが、無視してしまって構わないだろう。

 はあ、と真奈は深いため息をついて箱の底から冊子を取り出す。

 そしてそこにかけられていたまじないを感知すると、開く前に炎魔術を発動させて焼き捨てた。下手に開くと相手方に会う意志ありと通知が行くタイプだ。どうやら相手の男魔女の方に強い意志があってお見合い相手を探しているようだが全く見つからず、最後の手段として真奈の元へ無理やり送付してきたという流れか。

「結婚ねえ……」

 そういった欲求がないわけではない。

 真奈の周りはというと、雇い主の羽黒もみじ夫妻、同僚で古くからの友人の穂波家、その姉と高等部時代の恩師の藤村家、最近ではついに白羽までもが婿を迎え、噂ではあの梓さえ仲良くしている相手がいると聞いた。そういった面々を見ていると羨ましいなと思う反面、どこか遠くの世界を眺めているような気分にもなる。

 異性に興味がないわけではないが、限りなく薄い。かといって恋愛対象が同性かと言われればそんなこともない。

 これは真奈自身の見解ではあるが、恐らくは人間という生物における生存本能の欠如によるものではないかと考えている。

 二十年前のあの日、月波の地の異変の際に真奈が無茶をした結果、隙を突かれて悪魔が自身の魂と同化してしまった。それ以来、真奈は真っ当な人間と呼ぶには無理がある存在へと昇華、あるいは堕落した。外見もある程度の年頃までは成長したが、気付けば実年齢と比べてかなり若々しい段階で止まってしまった。少し歳上のお姉さま方がハンドクリームが必須と嘆いている中、真奈は未だに手荒れと無縁のぷるぷるしっとり肌だ。

 まあ肌事情はともかく、年齢や寿命云々について自身の中に潜み、前世の人格と延々いちゃいちゃやってる悪魔についてどうこう言うつもりはない。あれは自分の無謀と蛮勇が招いた結果であり、省みることはあれど責められることではない。

 ともかく、その時の弊害で人間ではなくなったあの日から、人間としての三大欲求のバランスが崩れたように感じる。

 具体的には、食欲と性欲は据え置き、睡眠欲が爆発した。

 いや悪魔なんだから全部満遍なく爆発させて堕落させろよと思わなくもない。しかし恐らくあの悪魔は真奈の魂の中で自身の性欲については満たしているのか、その反動で睡眠欲がすごい。恐らくこの店でなければ即刻クビになるレベルで常に眠い。食欲については知らない。元々真奈は同世代の女子の中ではまあまあ食べる方だった。食べたものが全部筋肉に行っていた梓ほどではないが。

 とは言え、人間をやめたことが結婚願望の希薄さに直結しているのかと言えば、それもまた違うと考える。

 何故なら最も身近な人外であるところのビャクともみじが結婚し、子供が生まれているからだ。

 まああの二人についてはやや特殊な部類なのではないかとも思う。

 何故ならビャクは元々狐の妖だ。生存本能という点においては人間とそう変わらない。そしてもみじは吸血鬼――血を吸い、眷属を増やすことが本懐のような人外である。

 参考にならない。

 というか、よくよく考えたらこの街の妖たちは普通に誰かと寄り添い生きている者が多いじゃないか。

 おや? と真奈は思考する。

 つまりまあ、何やかんやと御託を並べたところで、結局のところ真奈の結婚願望の薄さは真奈の生来の性格に由来するのだろうか。

 何ということはない、ただそれだけのことだ。

「結婚ねえ……」

 再び呟く。

 徒に思考を巡らせている最中、手元はずっと送られてきた呪いのアイテムを弄っていた。やはり小銭入れは即刻破棄、その他は別に害はなさそうだ。こんなものを欲しがる人がいるとは思えないが。タロットは詐欺師が欲しがりそうだが、磁石に関しては本当に用途不明だ。

「今後については……いつか考えないとなあ……」

 恐らくだが、真奈はもう真っ当な人生は歩めない。

 どちらかと言えば、現在の羽黒に近いのだろうか。

 これから先、真奈は長い長い時間を生きていかなければならない。羽黒との違いは、彼の場合はその隣に愛してくれる者がいて、護るべき娘がいることか。

 この月波の地において、人を愛した人外の辿る道はいくつかある。


 一つ、その者との子や血縁を守護し、末代まで行く末を見守る。直接の面接はないが、月波守護四家の一角、大峰家の犬神がそうだと聞く。


 一つ、その者との思い出を心に秘め、ひっそりと隠遁する。真奈の前世の人格である千歳を愛した男が彼女の死後、やけっぱちに、自分を傷つけるように、愛した四人の妖がそれなのだろう。いや、一人はかなり前に吹っ切れたようだという話を裕から聞いた気がする。


 一つ、人の外の道から人の道へと踏み入れ、人となり、人として生き、人として死ぬ。――ビャクが、この道を選んだ。


 なんとなく、自分は二つ目の道を辿るのではないかと思っている。

 誰かとの思い出を、潰えることのない記憶を胸に、いつの間にか消えゆく。その思い出が、伴侶ではなく人間の友人たちだというだけの話だ。

「まあ……なるようになるんだろうなあ」

 この街では、そういったことはまあまあなんとかなるものだから。


 真奈のそんな先の長い予感が良くも悪くも外れたのは、歴史のかなり先のことだった。

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