020:マフィン・5万円・草
ある日の雑貨屋WING事務所。
仕事用の携帯端末に掛かってきた見慣れない番号の通話に裕は何の躊躇いもなく対応した。元々世界各国様々な組織、人物から連絡が来る端末であるため、見慣れない番号というものに見慣れてしまっていた。せいぜい、番号の頭の数字から国内からの連絡だな、程度にしか思わなかった。
「はい、穂波です」
『ワタクシ、スドウ法律事務所のサカモトというものですが』
「はい?」
法律事務所という耳慣れない単語に怪訝な表情を浮かべる。その声音に、向かいの席に座っていた真奈もひょいと首を伸ばしてこちらを窺ってきた。
そして電話の相手と何言か対話を交わしていくうちに、裕の表情がより険しくなる。そして一度大きく深呼吸し、「すみません、一度落ち着いた場所に移動してこちらからかけ直します」と断ってから通話を切った。
「……どうしたの?」
「うーん……」
真奈が首を傾げながら訊ねるも、裕は微妙な表情のまま眉間の皺を揉み解す。そしてそのまま答えず立ち上がり、奥の席で龍の爪を使って器用にキーボードをタイピングしていた羽黒に声をかけた。
「羽黒さん」
「んー?」
「息子が飲酒運転で交通事故を起こして相手の車の助手席の妊婦を流産させたらしいんですが、どうしましょう」
「んぶぅ……!」
「草」
神妙な表情と声音でそう報告してきた裕に真奈は思わず吹き出し、羽黒も単語一言で感想を口にして失笑した。
「二階で寝ながら無免許飲酒運転で交通事故を起こし、相手を流産とは極悪非道の極みだな」
「名前を羽黒さんにあやかったばかりにこんなことに……」
「俺のせいにすんな、名付け親。俺は反対したろうが」
「ぷぷぷ……!」
何かがツボにハマってしまったらしい真奈は机に突っ伏して笑いを堪えている。
そもそも裕の息子火里はやっと二歳になったばかりだし、今はすぐ二階で寝ている。
普段日中はビャクが面倒を見ているのだが、裕の義母にあたる遣い狐ユキナがニコニコと首輪片手にやって来て、神無月の集まりにホムラ共々しょっ引かれたため職場まで連れてきていた。そして学校帰りに遊びに来ていた紫のおやつのマフィンを奪って満腹になり、今は雑貨屋の二階で一緒に昼寝中だ。
「そんで?」
「詳しい話はこっちから折り返すってことにしました。法律事務所は名乗ってましたけど弁護士は騙ってなかったので底抜けの馬鹿ではなさそうです」
「ちなみに名前は?」
「スドウ法律事務所のサカモト」
「番号は」
「国内の携帯電話です。まあ捨て番号でしょうけど」
「あ、ヒットしました……須藤法律事務所の坂本弁護士。事務所は……かなり遠くの街みたいです」
と、話を聞いていた真奈が手早く調べた結果を述べた。
「いや、事務所の名前を勝手に使ってるだけだと思う。金の受け取りもあるから拠点はそう遠くじゃないはずだ」
「おっしゃ、かけ直せかけ直せ」
羽黒がうっきうきしながら机の引き出しから何やらケーブルを引っ張り出し、自分のパソコンと裕の携帯端末を繋ぐ。そして何らかの準備が完了して羽黒のGOサインが出ると裕は先程の番号にかけ直した。
『はい、スドウ法律事務所のサカモトです』
「えっと、さっき電話もらいました穂波です」
『ああ、わざわざありがとうございます』
「それでその、詳しいお話を……」
羽黒を見やると笑いを堪えながら目にもとまらぬ速度でパソコンを操作している。実に楽しそうな様子だった。それに呆れながらも裕はサカモトと名乗る電話口の相手の話に耳を傾ける。
何でも、裕の息子(仮)が遠くの街で昨夜酒に酔った状態で乗用車を運転、信号無視で交通事故を起こした。そして相手方の車の助手席に乗っていた妊婦がそれが原因で流産した。当然、今後裁判沙汰となるが、息子(笑)に支払い能力がないため、とりあえず弁護士料金の頭金5万円を払ってもらいたい、とのことだった。
「ご、5万円でいいんだ……」
「ビビってんじゃねえぞ、もっと吹っ掛けて来いや。設定ばっかり盛りやがって」
裕が焦燥感あふれる演技で電話対応している傍ら、真奈と羽黒が笑いを堪えるので必死だった。
そしてうだうだと話を伸ばしていると羽黒が指で丸を作って掲げた。どうやらあちらの作業も完了したらしい。
「はい、はい……それでは、指定の場所まで届けます……はい、必ず金は用意します……息子がご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
悲壮感たっぷりに通話を切り上げる。そしてぷはあ、と裕は大きく息を吐きだした。
「お疲れさまー……」
「まさか『息子がご迷惑を』ってセリフをこんなところで初めて使うとは思わなかったよ」
「はっはー、まあ予行練習だと思え。見っけたぜぃ」
笑いながら羽黒が調査結果を各々の携帯端末に送信する。画面を見ると、案の定月波市からあまり離れていない近隣地の住所だった。
「どうします? 地元警察にタレコミします?」
「いや、他に被害が出てない限りすぐには動かんだろ。どうせこの手の連中は週単位でフラフラするからネタは鮮度が命だな。今からちょろっと行ってくるわ」
「羽黒さんが直々に……!?」
「オーバーキルが過ぎませんかねえ」
「ほんじゃ留守番頼んだわ」
そう言いながら店から出ていく羽黒。止める間もなく颯爽と飛び出していったフットワークの軽さに若干の眩暈を覚えながら、裕は溜息を吐いた。
「羽黒さんが復活して一年くらい経つけど、なんか前にも増して自由になった気がする……」
「それはほら……世界中の皆が思い描く『瀧宮羽黒』像がベースになった民話級怪異を元に復活させたから……」
「じゃあアレって間接的に僕らのせいなのか……」
後悔の類は一欠けらも抱いてはいないが、自分たちのオーナーの奔放が過ぎる様子に従業員二人は頭痛を我慢するしかないのだった。
数日後。
小規模の詐欺グループが拠点にしていたビルが五階建てから四階建てになり、その騒動のごたごたで親組織までまとめて御用となったニュースが地方紙を彩ることとなった。





