011:ポイントカード・感染・手提げ
「おー……こうなるんですのね」
「白羽、格好いい」
「ナイスだぜ白羽たん(*`д´)b」
美容室の鏡の前で白羽が初めての試みに多少の困惑の表情を浮かべていると、ひょいひょいと背後から織迦とりあむが顔を出して本人以上に楽しそうに頷く。
「白羽、こういう、いわゆる美容室って初めてでしたから不安でしたけど、これはなかなかいいですわね」
「え、普段はどうやって切ってるん(?・ω・)」
「家に専属の髪結い屋さんがいますわ」
「おお、お嬢様」
普段一緒につるんでおバカなことをしているため忘れがちだが、こういう節々で家の違いを実感する。
「でもそういう人たちは、きっとこういうことしてくれない」
「そうですわね」
言いながら、白羽は前髪の一房に触れる。そことポニーテールの一部が純白ではなく、夕焼けのようなはっとする朱色に染められていた。
「りあむたちも来月からJKだかんね! 白羽たんも美容室デビューおめでとう!(≧∀≦)」
「ええ、ご紹介ありがとうですわ」
「問題ない、こっちも友達紹介でポイントがぽがぽ」
言いながら織迦とりあむがほくほく顔でポイントカードを見せる。先ほど白羽ももらったカードと同じだが、べたべたと大量のスタンプが押されていた。髪全体を青紫に染めた上に毛先をピンクにしているりあむはともかく、特に弄っているようには見えない織迦もかなり通い詰めているらしい。
「ん、山姥だからほっとくと髪の毛もさもさになる」
「ああ、そういうことですのね」
自分の髪を撫でながら織迦が不満げに呟く。いつ見ても同じ髪型なのは彼女の努力の賜物だったらしい。
「ぷぷっ! いつだったかの夏休みで織迦が1か月放置した髪の毛見たことあるけど、確かにすごかったね! あれは山姥というよりも毛羽毛現( ̄m ̄〃)」
「りあむ、うるさい」
「あべし(;・□・)」
りあむのでこっぱちに織迦がチョップを入れるいつもの流れを眺めながら、白羽はハンガーに預けていた黒い革ジャケットを羽織り、手提げバッグを手に取る。
「準備良いですわよ」
「ん、じゃあ行こう」
「あーお腹減ったー! 今日は何にしようかなー!ヾ(*´∀`*)ノ」
わちゃわちゃと三人団子になって表通りに繰り出す。目指すはおしゃれで写真映えするカフェ――などではなく、多少看板が汚くても安くてボリュームがとんでもない、にんにくと背脂たっぷりのあのラーメン屋だ。多少おしゃれに興味を持ち始めたとは言え、中学生と言えば食べ盛りという概念に手足が生えているような生き物である。
「おお……随分派手にキメたなあ」
と、背後から声がかかる。
その声音にばっと白羽の顔が輝き、にっこにこで振り返った。
「ユウ兄さま!」
「やほー」
幼い頃から慕ってきた兄貴分、穂波裕――彼は珍しくスーツにネクタイでこちらに手を振っていた。
「あ……」
その格好に、思わず白羽は小さく息を吐く。そして羽織っていたジャケットを一度脱ぎ、襟元を正して改めて向き直って頭を下げる。
「大学ご卒業おめでとうございます。……そして、今代までにわたる月波の守護、ご苦労様でした」
「うん、ありがとう」
照れくさそうに頬を掻く裕。
この月波市の守護を担ってきた八百刀流五家の一角、穂波家――その役割は土地神の保護、そして彼女の「心残り」の継承だった。それが数年前、今代の当主である裕によって解消されたことにより、「家」としての在り方を本家瀧宮と話し合ってきた。
元々、他四家と異なり徒弟を囲わず、一子相伝の血縁関係者のみで細々と続いていた家柄である。しかしその御役目が完了したことにより、無理に「家」を存続させる意義はなくなったとして、裕は「家」の廃業を進めていた。
そして他四家との協議の結果、今代当主穂波裕の大学卒業をもって、廃業が決定した。
とは言え。
「まあ僕としては特に何か変わるわけじゃないんだけどね」
その世界的に見ても類稀な火力を誇る術者の血筋を完全に自由な状態で世に放つわけではない。今回のことを見越していたのかどうかは不明だが、白羽の実兄である瀧宮羽黒がここ数年、裕を世界各地――たまに世界の次元を超えて、自身の依頼に連れ回していたため、そのまま彼の傘下に収まることとなった。
事実上の本家筋の戦力強化だったが、本家監査の役目を持つ大峰家含め、他分家三家全員がこれを滞りなく承諾。晴れて本日、月波大学の卒業式をもって裕は瀧宮家の末端に組み込まれたのだった。
「それにしても思い切ったなあ」
「似合います?」
赤く染めた前髪を一つ持ち上げる白羽。それに対し裕は苦笑で応えた。
「うん、まあ。僕は格好いいなあって思うけど……えっと、美濃さんと桜庭さんのおススメ?」
「…………」
「ギクゥ(((;´•ω•;)))」
裕から声がかかった時点でこそこそと気配を消していた織迦とりあむがビクッと肩を震えさせる。当たり前のように数回しか会ったことのない親戚の友達の名前を憶えられていたのにも驚きだが、その上、よくないことを教えたと見られたようで戦々恐々である。
「まあうちの学園って頭髪規則緩いし、僕からは何か言うつもりはないけど、ほどほどにね?」
「は、はい」
「あははははあ……(;´•ω•)」
曖昧な笑みを浮かべる織迦とりあむ。一方で、白羽本人は何故かふふん! と自慢げに笑った。
「確かに白羽がこのおバカさんたちによって変な遊びを覚えたのは事実ですが」
「ちょっと白羽たん!?(p>□<q*)」
「悪い風邪みたいなものだと思って見ててくださればいいのです」
「ヒトを、感染症みたいに……」
「似たようなものですわ」
ざっくりと切って捨てる白羽。それにぶーぶーと不満げな織迦とりあむだったが、それを見て裕は嬉しそうに笑った。自分の昔を見ているようだ。
「はは。良い友達だね」
「ですわ!」
白羽は胸を張る。恥じるべき点は一つもないと言いたげだった。
「そう言えばユウ兄さま、梓お姉様たちと一緒ではないのですか? 卒業式、ご一緒だったのでしょう?」
「うん、これから合流。カラオケだってさ。僕はほら、じゃんけんで負けちゃって」
苦笑を浮かべながら裕は手に持っていたドーナツ屋の箱を見せた。それも二つ。相当な量を命じられたらしい。
「そちらも相変わらずのようですわね……」
「まあね。白羽ちゃんもどう? 美濃さんと桜庭さんもよかったら」
「えっと」
「はいはーい! 行きm――('ω')むぐっ」
「せっかくのお誘いですが、この白羽、ユウ兄さまたちの同期水入らずに分け入るほど無粋ではございませんわ。皆様のお祝いの席はまた今度、あらためてご用意させていただきますわ」
「そう? はは、ありがとう。楽しみにしてるね」
言って、裕は手を振る。
「それじゃあね」
「はい。……また、後日」
別れの間際、裕の左手薬指のリングがきらりと光を反射し、視界にきらめく。考えないようにしていたことが勝手に頭に沸き上がり、急に寂しくなった。
「…………」
「はい、どーん!(*'ω'*)」
「白羽、いこう」
「きゃっ!?」
しかし、そんなセンチな気分を、悪友たちは許さない。先ほどまで裕を前にして借りてきた猫状態だったのをなかったことにするかのように、テンション高めで白羽の手を引く。
「今日は奮発して肉ダブルにしちゃうぞー!(*´з`)」
「卵も、追加で」
「本当によく食べますわねあなたたち……白羽は当然、野菜アブラマシマシ別皿に肉卵ダブルですわよ!」
きゃいきゃいと歓声を上げ――三人は歩き出した。





