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010:サイコロ・ジョッキ・賭博

「本当に、本当に事前に話をしてくれ……!」

「事前に説明していたら意味ないでしょ」

 紅晴市学生街大衆居酒屋。

 立地的に薄利多売に特化し、その分店内はほどほどに広いがテーブル間が妙に狭くすることで客数を増やそうという魂胆が丸見えの店内。そこで二人の男女が額を突き合わせるほどの小さな席に所狭しと肴を並べていた。

 とは言え、食っているのは主に女の方。ガツガツと子供のように焼き鳥や唐揚げを頬張るのを、男の方はジョッキ片手に眺めていた。

「あの案件、冥府(そっち)はあくまで知らぬ存ぜぬで突然攻められて泡食って対応、いつの間にか別件がどかんと爆破しちゃったってことにしないといけなかったんだから」

「その結果、うちは上へ下への大騒ぎ再びだったんだが!? 結局管理室は瓦解したまま放置されるし、お前の兄貴は何食わぬ顔で出張ってくるし、それで局長はキレるし、その上はいつも通りにこにこ笑ってるだけだし、おまけに本来狩る対象まで――」

「あ、お姉さん、レモンハイ追加おねがーい!」

「はーい、かしこまりましたー」

「…………」

 うっかり愚痴が過ぎて熱くなり用語を口にしてしまった、狼のような雰囲気の野趣溢れるガタイの男――竜胆の言葉を遮るように、黒ジャージに薄い髪色の小柄な女――梓が追加の酒を注文する。

「なに?」

「……いや、悪い」

 竜胆はぐいと自分のジョッキを乾かし、即座に届いたハイボールとレモンを受け取る。それを片手でぎゅっと絞り、残った皮をテーブルの端に重ねる。すでになかなかのタワーが建造されているが、別にこれくらいで酔うことはない。とは言え流石にそろそろ飽きてきた。指定されているため別の注文はできないのだが。

「というか、あの一件で俺の相方がトラウマ再発して引きこもりそうなんだが?」

「大変そうね」

「なんで加害者側が一番他人事なんだよ!?」

 目の前の女が道路標識にふん縛ってぶんぶん振り回しながらカチコミしてきたのは記憶に新しい。騒ぎを聞きつけて現場に駆け付けた竜胆も意味が分からず困惑し、棒立ちで隙を見せたところ、見事に顎に気合の入った一発をもらって昏倒、早々に退場してしまった。それがまた局長の怒りを買ったのは言うまでもない。

「お前と言いお前の兄貴と言い、なんであいつを得物扱いなんだ!? あれでも俺のある……雇い主なんだが!?」

「ちょうどいい感じにそこに転がってたのが悪い」

「棒切れみたいに言うな! それにがっつり攫いに――」

「お姉さーん、レモンハイ追加でー」

「はーい、少々お待ちくださーい」

「…………」

 一度は飲み込んで言葉を選んだが、すぐにぼろが出てしまう。追加の注文が来る前に渋々竜胆は来たばかりのジョッキを呑み干し、次の一杯と交換した。

 レモンの皮もそろそろバランスをとるのが難しくなってきた。

「なあ、これいつまでやるんだ?」

「んー?」

 未だに一杯目をちびちびしながら焼き鳥をかっ食らう梓に問う。自分は酒にそれほど強くないため竜胆を連れてきたと聞いたが、いくら純正の人間ではないとは言え限度なしに酒を飲めるほどの体構造はしていない。キャパシティはどうしたって人間とそう変わらない。

「今何杯目?」

「お前と合わせてちょうど十」

「お、じゃあノルマ達成じゃん」

「はあ……やっと解放されるのか……」

「最後になんか頼む? 竜胆君あんまり食べてないでしょ」

「ひとりガツガツ食いやがって……こっちはもう腹タプタプだっつーの」

「あっそ。じゃあ行こうか」

 最後にグイっと梓もジョッキを乾かす。残り少なかったとは言え、彼女にしてはよろしくない飲み方に一瞬目を見開いた。しかし特に何もなく椅子に掛けていたスカジャンから財布を取り出したため口を噤む。

「すみませーん、お会計ー」

「はーい!」

 伝票を持ってレジで待つ。するとすぐにホールを担当していたバイトの女子とは別の、髪を染め上げて耳どころか唇や鼻にまでピアスをつけた、いかにも遊んでいそうな男が出てきた。

 そして梓が男に伝票を渡すと――ぴくっと、眉が動いた。

「……お会計分けますか?」

「一緒でいいですよ」

「……お二人で税込み8,250円になります」

「1万円で」

「……1万円からで。かしこまりました」

 何ということはない会計作業。しかし梓と男の間にぴりりとした空気が張り詰める。

 そして男からレシートと釣銭を受け取り、最後に一言。

「あ、すいません。お手洗い借りてもいいですか?」

「……少々お待ちください」

 なぜか一言断り、その場を離れる男。そのまま店の奥へと何かを確認しに行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。

「すみません、ただいま使用中でして。よろしければ関係者用の方でしたらご案内できますが」

「お願いします」

「こちらです」

 そう言って男は二人を店の外へと案内する。そしてそのまま店の裏側へと進み、一つの扉の前で足を止めた。

「こちらになります。何かありましたらお声がけください」

「ええ。ありがとう」

「それでは」

 ちゃらちゃらとした雰囲気からは想像もできない乱れのない動作で頭を下げ、男はその場を去った。その展開と切り替えの速さに、竜胆も事前に聞いていたとは言え流石に面食らう。

「さ、行くよ」

「あ、ああ……!」

 さっさと扉に手をかける梓。その背中を竜胆も慌てて追いかける。

 扉の奥は真っ暗で、最小限の照明すらなかった。そのくせ、手摺のない狭く急勾配な階段が設えられている。あからさまにこの先やましいことがあり、何かあった時に追われにくくするための構造であると見て取れる。

「本当にあんな合言葉で……」

「常葉ちゃんの情報網に感謝だね」

 正確には、特定の注文を特定の支払い方法で会計し、さらに合言葉を告げることで案内されることとなっている。その特定の注文というのが梓一人では困難であったため、助っ人として竜胆が召喚されたのだ。

「…………」

 階段の底につく。再び扉が待ち構えていたが、入り口の一般的な業務用のアルミ扉よりも重厚な造りになっている。

 そこで梓は手ぶりで竜胆に待機指示を出す。ここまでは事前の打ち合わせ通り。竜胆の役目は後詰の誘導と――逃亡の阻止。

「気をつけろ」

「ええ」

 扉に手をかけ、梓はゆっくりと押す。

「…………」

 途端に鼻につく、ヤニとヤニ以外の独特の臭気の煙。

 フロアが聞いていたよりも狭く感じるのは、今日は満員御礼のためだろうか。カードを配る音やサイコロを転がす音、ルーレットの音が充満している。

 絵にかいたような違法賭博場。

 それだけならば梓としてはどうでもいいし放置でもよかったのだが、そのさらに奥で行われていることに、少々用事があった。

「…………」

 梓は無言で進む。目の前で金が消えたり増えたりする光景に熱中している客は全く気付いていないが、店側の人間全員が視線を投げかけ警戒している。一番奥のテーブルに着くならばよし、そうでないならばと身構えている。

「お客様」

 そして最奥のテーブルを半ば通り過ぎた段階で、黒服から声がかかった。

 ぴたりと足を止める。

「この先は紹介がない方は立ち入り禁止となっております」

「知ってる」


 がっ――ばきっ


「ぁがあっ!?」

 顎を掴み、煎餅か何かのように握り潰す。

 血と涎と歯の欠片をそこらに撒き散らしながら行く手を遮った黒服が床に倒れこむ。

「なんだ!!」

「ガサ入れじゃねえ、カキコミか!?」

「取り押さえろ! 客を逃がせ!!」

 即座にフロアが騒がしくなる。しかしそんな些事は気にせず、梓は奥へ奥へと歩みを進める。

「このアマぁ!」

 時折背後から椅子を振りかざして突撃してくる輩もいたが、それらは等しく壁にめり込ませてオブジェにしてやった。

 歩みは止まらない。

 ついには違法賭博場のさらに奥の部屋にたどり着き――ばきん! と扉を蹴り飛ばして侵入する。

「な、なんだぁ!?」

 そこにいたのはカメラと照明に囲まれて脂汗を慣れ流す、ぶよぶよに太った横にも縦にもデカい半裸の巨漢。そして部屋の奥の巨大なベッドに手足を縛られた状態で転がされている少女。歳は十代もようやく前半を折り返そうという頃か。衣服は破られているが、下着は辛うじて無事。本当にギリギリ間に合った。

「なんだてめぇ! おい、誰かいな――」

「うるせぇな」

「あぎゃん!?」

 無防備に詰め寄ってきた巨漢の股間を思いっきり蹴り上げる。その際何かが破裂したような感触が脛に伝わってきたが、構わず倒れこんできた首筋に追加の足刀を叩き込む。

 がしゃんと機材を薙ぎ倒しながら床に転がる巨漢に一瞥もくれず、梓はベッドの上の少女へと歩み寄る。

「あ、アズセン……」

「帰るよ」

「……うん」

 手足を縛っていた革製の拘束具を引きちぎり、羽織っていたスカジャンを少女の肩にかける。よろよろと立ち上がり、思わずといった風に梓の腕にしがみついてくる様子は、普段学校で見かけるクソ生意気な態度とかけ離れている。

 少女を連れて賭博場のフロアまで戻る。するとそこは既に全ての客と黒服が拘束され、床に転がされていた。

「お疲れ」

「おう」

「「お疲れ様です!」」

 待っていた竜胆が小さく手を上げ、さらにその背後に待機していた二人組が梓に駆け寄ってきて頭を下げる。その威勢のよさと、片割れの異次元な巨体に保護した少女がびくっと体を震えさせる。

 なんせ先ほど少女を襲おうとしていた男もでかかったが、こちらはさらに背丈があり、さらに鋼鉄の鎧を着こんでいるかと錯覚するほど筋肉量がえげつない。

 そしてその男が隣にいるもんだから霞んでしまうが、一緒になって頭を下げてきた美女もなかなかに長身だった。少女が年相応の背丈であり、梓が小柄というのもあるが、その女性もまた見上げるくらいには背が高い。

 二人とも年齢は分からないが、目元がそっくりだった。

「まーちゃん、この子をお願い」

「ええ、任せて!」

 にっこりと笑みを浮かべ、美女が少女の手を取る。それに一瞬ぎゅっと心が締め付けられるような痛みを覚えたが、女性の手がとても温かだったことと、髪から甘く落ち着く香りがして、少女はぎこちなくもしっかりと足取りで歩き出すことができた。

 それを見送ったのち、残った大男に向き直る。

「それで?」

「ダメだった。ここも蜥蜴の尻尾」

「そう」

「どうする?」

 そう問いかけた大男に、梓はぎろりと目を吊り上げて応える。


「どうする? どうするって聞いた? ここは紅晴四家の威光の届かないドブの底。寺湖田のシマ。そこで調子こいて、うちの生徒に手ぇ出したクソをどうするか? あたしは既に指示を出しているぞ。決まっている。見つけ出せ。髪の毛一本、骨の一欠片残さず喰い殺せ! ドブの底の底まで浚え! 蜥蜴の尻尾上等! 捕らえたクソどもから搾れるだけ絞り出せ! 絶対に逃がすな!!」


「……了解した。姉御」

 梓の檄に、大男は静かに頭を下げ――ふっと、消える。

 体に見合わない身軽さに、それをじっと眺めていた竜胆も思わず嘆息する。合流した時にも感じたが。人間としてはかなり破格の力量のようだ。

「…………」

 しかしなあ、と竜胆は頭を掻く。

 いったいこの暴れ龍の逆鱗に触れたのはどこの馬鹿なのか。同情する気はないが、とんでもないことをしてくれたものだ。

「竜胆君」

「ん? ああ」

 と、梓に呼び止められる。

「今日は付き合わせてごめんね。今度はちゃんと普通にご飯食べに行こう」

「俺はまあ、いいけどよ」

 荒れ狂う竜巻のような声音から一変、いつもの空気をまとった梓に戸惑いながらも竜胆は頷く。

 これまでも彼女の二面性に驚かされることはあったが、話していて面白いし、たまに鍛錬に付き合ってくれる時はここ数年で一番楽しいとさえ感じる。だからまあ、お互い表向きの仕事が近しいことも含めて、彼女の用事を手伝ってやってもいいと思っている。……冥府側の立場としては、あの瀧宮羽黒の妹とつるむのはどうかとは思うが。

「まあ……いいか」

 こういうところで大らかになってきたのは、主人に似てきたと竜胆自身も実感していた。



 一か月後。

 日本の裏側に巣喰っていたほどほどに大きなコミュニティと共に、いくつかの魔術組織が芋蔓式に滅ぼされたのはまた別の話――と言って片付けるには無理がある程度には大きな話となったのだった。

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