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53 激闘

「ベアトリス!」


 俺は呼びかけた。胸には期待があった。


 怪物は存在しなかった。正体は人間の娘である。なら、話が通じるはずであった。


「聞いてくれ。俺たちはエーハート王国まで行くだけなんだ。あんたに敵対するつもりはない。だから通してくれないか」


「いっとろう。嫌だって。人間なんか信用するとろくなことはないからな」


 さげすむようにベアトリスが告げた。俺には返す言葉もない。


 なぜなら俺も人間はろくでもない存在だと思っているからだ。ようやくできた仲間を、同じ人間である騎士たちは平然と殺したのである。もしかすると怪物より人間の方がよほど残虐なのかもしれなかった。


 思えば俺も敦たちに虐められていた。他者を責め苛むことに楽しみを見いだすのは人間だけではないだろうか。けれど──。


「俺たちを逃がすために敵の真っ只中に飛び込んでいった者がいるんだ。彼女に酬いるため、俺は絶対にひきさがらない。たとえベアトリス、あんたが相手でもだ!」


 俺は地を蹴った。渾身の疾走はさらに速度を増しているはずだ。


「おっ」


 俺の機動速度が増したことにベアトリスも気づいたようだ。が、その時、すでに俺はベアトリスに肉薄している。


 ベアトリスの首筋に手刀を叩き込む。それが俺の狙いだった。


 俺にベアトリスは殺せない。昏倒させ、その間に逃走するつもりだった。


「ふうん。さらに速くなるとはな」


 ニッと笑うと、ベアトリスは地に拳を叩きつけた。


「あっ」


 俺は目をむいた。ベアトリスが殴りつけた地が爆裂したからだ。凄まじい破壊力が地を砕いたのである。


 反射的に俺は跳び退った。はねた礫が俺の頬をかすめ、木々を派手にえぐる。礫には大型拳銃弾並みの威力が秘められているのだった。


「くっ」


 成す術なく俺はベアトリスと距離をとった。いまの業を見ては迂闊に近づけなかった。弾幕をはられているのと同じであるからだ。


「ふふん」


 ベアトリスが憫笑した。


「わかったろう。おまえは俺にはかなわない。俺を手こずらせた腕前に免じて殺しはしないから、帰りな」


「そうはいかないんだ」


 俺は断固として言い張った。


「どうあっても通り抜ける!」


 俺は全力で馳せた。瞬時にしてベアトリスと距離をつめる。


「無駄だっていってるだろ!」


 ベアトリスが地に拳を叩きつけた。いや──。


 寸前、俺は手をふった。放ったのはつかんでいた土だ。


 とっさにベアトリスは他方の手で土を払った。それが俺のつけめだった。


 俺はベアトリスの懐に飛び込んだ。気づいたベアトリスは地を打つ代わりに俺めがけて拳を繰り出した。


 俺は、その拳に俺のそれを叩きつけた。体勢を崩した一撃に本来の威力はないはずだ。


 その俺の目論見はあたっていた。ベアトリスのパンチには地を割るほどの破壊力はない。


 が、それでもベアトリスのパンチは激烈だ。衝撃に俺の拳──いや、腕そのものが粉砕されてぐずぐずになった。


 痛い。


 悲鳴をかみ殺し、俺はベアトリスのパンチを迎え撃つのと同時に放っていた拳をベアトリスの顔面にぶち込んだ。


「くっ」


 おれは唇を噛んだ。


 俺の拳はベアトリスの顔面寸前でとまっていた。


 届かなかったのではない。自らとめたのだ。


 やはりベアトリスを殴ることはできなかった。女の子を殴ることは。


 俺は跳び退った。間合いを再びとる。


 俺は絶望に目の前が暗くなった。ただでさえ満足に太刀打ちできないのに、左腕をつぶしてしまったからだ。


「ハルト!」


 ミカナの叫ぶ声。次の瞬間、俺の左腕から痛みがひいた。ミカナの聖魔法だ。


「ふうん」


 ベアトリスがちらりとミカナを見た。


 まずい。俺は反射的に叫んだ。


「ベアトリス! よそ見してんじゃねえよ。さっきのでびびったか」


「はあ」


 眉根をよせると、ベアトリスは自身の右拳に視線をおとした。何度か握る。


「たいして損傷はねえが、よ」


 ベアトリスはニヤリとした。


「まさか俺の拳をぶん殴りやがるとはな。おもしれえな、おまえ」


「そっちこそな」


 俺はいった。


 強がっただけだ。本当のところ、もう打つ手はない。


 正攻法でもだめ。奇策でもだめ。俺のかなう相手ではなかった。


「フォシア。力をかしてくれ」


 祈るような思いで俺は独語した。


「うん?」


 訝しげにベアトリスが眉をひそめた。


「今、おまえ、フォシアっていったか?」


「いったが、どうした?」


「フォシアって、あのフォシアのことか?」


 ベアトリスが呟いた。

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