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48 蜘蛛のごとく

「何を考えてるんだ?」


 俺の視線を目で追って、バレートがいった。


「城壁をのぼる」


 俺はこたえた。


 バレートが驚いて瞠目する。ポリメシアたちも同様だ。ややあってバレートが口を開いた。


「城壁をのぼるって……無理だ。手がかりも何もないんだぜ。のぼることなんかできないぞ」


「けれどやらなきゃならない。モスから脱出するには城壁を突破するしかないんだ」


「やめてください、ハルト様」


 ミーラが必死に懇願した。涙を目ににじませている。


「バレート様がおっしゃるように城壁をのぼるなんて無茶です。叛乱騎士に見つかるかもしれないし、のぼる途中で落ちるかもしれません。もしハルト様がお怪我をなさったら、わたし……」


「大丈夫だよ、ミーラ。俺に任せて」


「いいえ。わたし、先ほどの家屋に戻ります。きっと公王様が叛乱を鎮めてくださいます。それまで隠れておりますわ。すみません」


 ミーラが深々と頭を下げた。


「父が勝手な頼み事をもうしまして」


「仕方ないよ。俺はミーラの結婚相手なんだから」


 俺は苦笑した。ミーラは一瞬だが目を輝かせた。が、すぐな悲しげに目を伏せた。

「それも家出したわたしを救うため。ハルト様とご友人の方たちには何の関係もないのに……。もう、これ以上迷惑をおかけするわけにはまいりません。どうぞご自由になさってくださいませ。ハルト様たちは他国の方。モスナ公国にかかわらなければ危害がおよぶことはないでしょう」


「約束なんだ」


 俺はいった。


「約……束?」


 信じられない言葉を耳にしたようにミーラは目を瞬かせた。


「そう、約束だ。俺はマンヘマー子爵とミーラ逃がすと約束した。無茶だとかは関係ない。約束は果たさなきゃならない。簡単なことなんだ。でも」


 俺はバレートたちに目を転じた。


「マンヘマー子爵と約束したのは俺だ。バレートたちには関係ない。ミーラがいったように、今はさっきの家屋まで戻り、叛乱が鎮まるまで待っていてくれ。俺はミーラをなんとしても逃がす」


「馬鹿か」


 バレートが呆れたようにいった。


「ば、馬鹿?」


「そうだ。何がマンヘマー子爵と約束したのは俺だ、だよ。俺たちは仲間だろ。だったら、おまえが約束したことは俺たちが約束したことと同じじゃないか。少なくとも俺はそうだ。おまえが嫌だといっても、俺は力を貸すぜ」


「バレートもたまには良いこというじゃない」


 ポリメシアがバレートにむかって片目を瞑ってみせた。


「わたしたちは仲間よ。生きるのも死ぬのも一緒。仲間ってそういうもんでしょ。だから、わたしもいくわ」


「そうです」


 ミカナもまた大きくうなずいた。嬉しそうに家屋を上気させている。


 フォシアは黙って俺を見つめていた。微笑んでいる。まるだ正解をこたえた生徒を前にした教師のように。


 俺は苦笑した。


「馬鹿は俺だけじゃないようだな。ミーラ」


 俺はミーラに視線を転じた。


「そういうわけだ。もうしばらくつき合ってもらうよ」


「ハルト様……」


 ミーラが声をつまらせた。嗚咽をこらえるために顔を伏せる。滴り落ちる涙が石畳を濡らした。


 俺はミーラの肩に手をおくと、


「じゃあ、ミーラはここで待っていてくれ。城壁をのぼり終えたらロープをおろす」


 段取りを説明すると、俺はバンサーの装備であるリュック様の袋を背負い直した。中にはロープがおさめられている。


「これももってけ」


 自身の袋からバレートがロープを取り出した。受け取ると、俺は袋にしまった。



「ハルト」


 いきかけた俺をフォシアがとめた。


「やっぱりわたしがいくわ。わたしの方が上手くのぼれる」


「だめだ」


 俺は首を横に振った。


 異世界に放り出された俺と初めて仲間になってくれた少女。それからずっと一緒にいてくれ、キスまでしてくれ、力をあたえてくれる少女。もし自分のかわりに怪我などさせたら、俺は自分を許せないだろう。


「俺は大丈夫だよ」


 フォシアに告げると、俺は視線をはしらせた。門の騎士たちに動きはない。街路にも騎士の姿はなかった。


 今だ。


 俺は駆け出した。わずかな時間で城壁にたどり着く。


 俺は素早く身をひそめた。周囲の気配をさぐる。


 異常はなかった。気づかれた様子はない。


 ほっと胸をなでおろし、俺は城壁を探った。


 特に手がかりらしきもなはなかった。が、石を積み上げた城壁の表面は滑らかでもない。


 俺は城壁に手をかけた。ボルダリングの要領でのぼっていく。ボルダリングの選手は指をかけさせすれば崖をのぼることができるのだという。


 本来の俺なら無理だったろう。ほんの少しの手がかりに指をかけ、壁をのぼるなどという芸当は。


 が、フォシアとキスした俺は違う。小さな出っ張りを伝って俺は蜘蛛のようにするするとのぼっていった。


 半ばあたりまでのぼった時だ。石畳をうつ長靴の音がした。巡回の騎士だ。


 俺は動きをとめた。城壁にはりついたまま。


 俺は必死になって息をころした。一息吐くだけでも見つかるとでもいうかのように。


 城壁は暗い。が、目を凝らせば見つかってしまうだろう。


 騎士は敏感になっている。物音ひとつでもたてたなら騎士たちが殺到してくるに違いなかった。


 どれほどたったか。実際はわずかな時間だったろう。


 やがて巡回の騎士たちは去っていった。俺は再び動き出した。ほどなく城壁をのぼりきる。


 俺は安堵の吐息をもらした。ともかくもここまでは成功だ。


 城壁の上は通路になっていた。モスの外を見渡す。


 門の外にも騎士がいた。外もおさえているのだ。

 けれど巡回しているらしき騎士の姿はないようだった。そこまで人数をさくことはできないのかもしれない。


 城壁を越えさえすれば。


 希望がでてきた。脱出できるかもしれないという希望が。

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