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38 魔物が生まれた夜

「あれか」


 闇の中、敦がじろりと見やった。


 山裾に広がる村。どこにでもある光景だ。


 が、この村を他のそれとへだてるものがある。木製のがっしりとした高い塀が村をとりまいている点だ。


「辺境の蛮族か……」


「ここを潰せば俺たちの手柄になるのか?」


 裕之が敦を見た。すると敦がうなずいた。


「谷原がいっていた。エーハート王国が蛮族に手をやいているってな。蛮族を討伐すると手柄になるらしい。俺たちの力を見せつけるチャンスだってな」


「うまくすれば、もっと出世できるってことか」


 慶治が目を輝かせた。同じように目を輝かせているのは美穂だ。


「じゃあ貴族のイケメンを彼氏にできるってこと?」


「結婚だって可能かも。そうなればわたしは貴族になるんだね」


 恵里は笑いを抑えられないようだ。笑った顔のまま恵里が美穂たちを見回し、誰にともなく訊いた。


「で、潰すって、具体的にどうするの?」


「うーん」


 難しい顔で美穂が首をひねった。


「降伏させればいいんじゃね?」


「そうか。じゃあ、ともかくこいつにやらせるか」


 慶治がちらりと目を背後にむけた。その視線の先、異様な者が佇んでいる。


 身長は五メートルはあるだろうか。小山のような巨躯の持ち主だ。


 だらりと五指の生えた両の腕をさげている。人間──ではなかった。顔は牛のそれであった。


 それは牛頭人身の怪物なのだ。ミノタウロスであった。ここに至る途中の洞窟で発見し、慶治が下僕としたのであった。


 魔獣使い。


 それが慶治の異能であった。


「蛮族どもを潰せ」


 慶治が命じた。


 するとミノタウロスが動き出した。蹄のついた足で地を揺らしながら、村に歩み寄っていく。


「ミノタウロスだ!」


 さけぶ声がした。


 見張り台からだ。外敵を警戒して見張っている者がいたのだろう。


 次の瞬間、ひゅうと空を裂いて矢がはしった。見張りが放ったのである。


 が、矢は歯が立たなかった。ごついミノタウロスの表皮にはじかれてしまったのである。


「があっ」


 傷を負わなかったものの、小賢しい人間の攻撃は腹立たしいのだろう。ミノタウロスが岩のような拳を塀に叩きつけた。


 爆発したようだった。まさに怪物的な破壊力に塀が容易く吹き飛ぶ。


 崩れた塀を跨ぎ越え、ミノタウロスが村に入り込んだ。その時に至り、ようやく蛮族たちが姿を見せた。全員、剣や戦斧で武装している。


「怪物め!」


 蛮族たちが躍りかかった。


 が、思いの外敏捷な動きでミノタウロスが迎撃した。巨腕の一振りで蛮族たちをなぎ払う。


 まるでトラックにはねられたらように蛮族たちが吹き飛んだ。地にたたきつけられた彼らの首が有り得ない角度で曲がっている。即死であることは明白だった。


 その惨状を見てとりながら、しかし蛮族たちに恐れはないようだ。さらに血相を変えてミノタウロスに襲いかかる。


 殺戮が始まった。一方的な殺戮が。


 蛮族の男たちがまず叩きつぶされた。逃げる女たちがつかまり、引き裂かれる。子供たちは踏みつぶされた。


 眺めていた敦たちに、さすがに声はなかった。凝然として無惨な光景を見つめている。


 欲望につかれた馬鹿な彼らではあるが、まさかミノタウロスがこのような殺戮をしてのけるとは思わなかった。命じた裕之自身ですら。


 虐めは得意な彼らであったが、やはり現代の日本人である。虐殺は身近なものではなかった。が──。


 虐殺を見つめる裕之の目が次第に光りだした。熱病にかかったかのような熱くぬめる光だ。


 たくさんの命の行方を左右した。その優越感を覚えているのである。神になっとでも思っているのかもしれなかった。


 その時、一人の蛮族が走ってきた。敦たちを見つけ、この殺戮を企んだ者と見抜き、せめて一太刀を浴びせんとしているのだろう。


 血で赤黒く染まった顔は悪鬼の形相だった。恐怖にとりつかれた敦が反射的に足元の石をつかむ。


「ひいっ」


 悲鳴めいた雄叫びをあげ、敦が石を放った。


 敦の異能は怪力である。投擲された石には機関砲弾並みの威力が秘められていた。


 ろくに狙いもしなかった石が偶然に蛮族の顔面に吸い込まれた。


 次の瞬間だ。まるで熟れたトマトのように蛮族の頭部が爆散した。赤い霧が敦に降りかかる。


 げえっ、と敦が吐いた。胃の内容物がなくなるまで吐き続けた。


 それでもまだ敦は吐いた。苦い胃液だけになっても吐いた。すべてがなくなるまで。


 もしかすると、敦は人間としての大切な何かまで吐き捨てようとしているのかもしれなかった。それは、そんな異様な嘔吐であった。


「くくく」


 敦の口から笑いがもれたのは、どれほどたってからのことだろうか。


 そこに、いた。何か得体のしれないものが。


 人の姿をした魔物が誕生した瞬間であった。

 

 

 


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