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35 ゼスヌムシル伯爵

 グネヴァン帝国の帝都であるゾーフラユまでは数日かかった。


 門をくぐり、ゾーフラユを見渡した俺たちの口から歓声がもれる。


 重々しい雰囲気の街だ。アメンドのような華やかな雰囲気はない。が、厳かな感じはアメンドを凌いでいた。


「これがゾーフラユか」


 物珍しそうにバレートがキョロキョロする。他国を見るのは初めてだからしかたのないことだった。


 それから幾ばくか。


 馬車は豪壮な邸宅の前でとまった。周囲を高い塀がとりまいている。


 ややあって門扉が開いた。石畳の道が邸宅の入り口へと続いている。


 馬車でたどり着くまで少しかかった。どれほど庭が広いか、これでしれるというものだ。


 それから、また幾ばくか。俺たちは広い部屋の中にいた。


 派手な装飾はないものの、高そうなソファがおかれている。俺達はそこに座っていた。柔らかすぎず、かといって硬すぎず、丁度いい具合のソファである。


 俺達の向かい。ソファに一人の男が座していた。


 がっしりした体躯に謹厳実直そうな顔の持ち主だ。


 メーベルト・ゼスヌムシル伯爵。ソイアの父である。


「君たちがソイアを助けてくれたそうだね。ミベニアから聞いたよ。礼をいう」


 メーベルトが相好をわずかに崩した。


「いいえ」


 バレートが首を横に振った。


「俺たち」


 いいかけて、バレートはあわてて私たちと言い直した。ポリメシアがにらみつけたからだ。


「護衛として雇われたので、当然のことをしたまでです」


「君たちはバンサーだと聞いたが?」


「はい」


 ポリメシアがうなずいた。


「ゴブリンを退治して、アメンドまで戻る途中だったんです」


「するとソイアはエーハート王国内で君たちに出会ったのか」


 苦い顔でメーベルトはため息を零した。


「好奇心旺盛なのはいいが、まさか他国をうろついていたとは……」


 俺は苦笑した。可憐そうに見えて、ソイアという少女はやはりお転婆なのだろう。


「仰々しい旅は嫌だと、護衛の者をまき、ミベニアを連れて忍びで旅をしていたらしいのだが……まさか他国とは」


「多分、身分が知れていたのだと思います」


 俺は告げた。


 襲撃者の目的が端からソイアの拉致にあったからだ。金か権力闘争か、目的はわからないが。


「君だね」


 メーベルトが目を眇めて俺を見た。一瞬、彼の目に鋭い光がよぎったような気がしたが、俺の錯覚かもしれない。


「かなりの手練れだと聞いたが」


 メーベルトはいった。ミベニアが告げたのだろう。


「あ、ああ、いえ」


 俺は曖昧にこたえた。強さの秘密がフォシアのキスとはいえない。


「君はエーハート王国の出身かい?」


 探るような目でメーベルトが訊いてきた。すると俺の代わりにミカナがこたえた。


「違います。彼は東方の出身なんです」


「東方?」


 訝しげにメーベルトは眉をひそめた。ムヴァモートの東方の国々を思い浮かべているのだろう。


「まあ、いい」


 すぐに表情をゆるめると、メーベルトは俺たちを見回した。


「ともかく礼をしなくてはな。それと君たちの力になりたい。私にできることがあればなんでもいってくれたまえ」

 いうと、メーベルトは深く微笑んだ。


 ハルトたちが部屋を辞してからすぐのことだ。ドアがノックされた。


「入れ」


 メーベルトが命じると、ドアが開き、すらりとした長身の男が室内に入ってきた。


「お呼びですか?」


「ああ」


 うなずくと、メーベルトは窓に目をむけた。


「ソイアを助けたというバンサーたち。見たか?」


「はい」


 男が小さくうなずいた。


「どう見た?」


「どう……とは?」


「黒髪黒瞳の少年がいただろう」


「はあ」


 男はうなずいた。さして感じるところはないようだ。


「どうということのない少年だと思いましたが」


「ミベニアが驚いていたよ。彼女が足元にも及ばない手練れだとね」


「えっ!」


 男が瞠目した。ミベニアがかなりの手練れであることを彼は知っていたからだ。


 そのミベニアに足元にも及ばないといわせしむとはどういうことだろう。それほどの手練れであるとは、とても見えなかったが。


「もしかすると、あの少年、異世界人かもしれん」


「それはーー」


 男は息をひいた。


 異世界人の噂は彼も知っていた。が、実物を見たことはまだない。


「あの少年がそうだというのですか?」


「あの若さでミベニアを凌ぐほどの手練れだ。異世界人であるならば説明はつく。それにあの黒髪と黒瞳。東方の出身といっていたが、わたしが知る限り、あのような人種はいない」


「しかし」


 メーベルトを遮るように男は声をあげた。


「異世界人は各国で争奪戦を繰り広げられています。彼らはエーハート王国から来たのでしょう? もし、あの少年が異世界人であるならばエーハート王国が放っておかないと思いますが」


「そうなのだ」


 メーベルトはうなった。


「それは私も思った。だからこそおとなしく彼らを帰したのだが……」


 冷たい光の凝った目をメーベルトは男にむけた。


「彼らを監視するんだ。必要なら少年を確保する。もし、それがかなわないなら」


「かなわないなら?」


「殺せ」


 氷の手触りの声でメーベルトは命じた。

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