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29 ミベニア

 少しして俺たちは酒場にむかった。この世界ではよくあるようなのだが、上階が宿になっており、そこで俺たちは部屋をとるつもりでだった。


 コッドというパンに似た代物と焼いた肉を口にし、ようやく俺たちは落ち着いた。


 ミベニアは赤紫色の液体を飲んでいる。レプニというワインに似た飲み物だ。酒であるので、当然俺は飲まなかった。おとなしく水ですませている。


「君たちはバンサーなのだろう?」


 レプニのはいったグラスをおくと、ミベニアが俺たちを見回した。


「ああ」


 バレートがうなずいた。


「バンサーをしっているのか?」


「雇われて依頼を果たす傭兵のようなものだと思っていたが」


 わずかに考えてからミベニアがこたえた。するとバレートが苦笑した。


「まあ、そんなものかな。俺たちはまだ鉛級だけれどね」


「鉛級?」


「バンサーの等級だよ。鉛級は初級なんだ」


「初級!?」


 瞠目し、ミベニアは俺に顔をむけた。


「ハルト。君も鉛級なのか?」


「あ、ああ。はい」


 俺はうなずいた。するとミベニアは感嘆したように息をもらした。


「バンサーについては良くしらなかったが、たいしたものなのだな。あのごろつきどもをあしらったハルトの腕前はかなりのものと見たが。あの腕前でも初級なのだろう?」


「ハルトは特別です」


 ちらっと俺をみてからミカナがいった。


「特別?」


「フォシアの訓練を受けたんです」


「フォシアの?」


 ミベニアがフォシアに目を転じた。そして、ふうむとうなった。


「良く鍛えられていそうだが。フォシアの等級は?」


「俺たちと同じ鉛級さ。けど、実力は上級だぜ、なあ」


 バレートが俺にウインクしてみせた。俺は苦く笑った。フォシアは知らん顔をしてコッドをほおばっている。


「ハルトの腕前から推して、フォシアはよほど実力があるとみたが……。何か武術など身につけているのか?」


「別に」


 フォシアのこたえは素っ気ない。いつもと同じだ。けれどミベニアに気にした様子はなかった。


「それでハルトがあの腕前か。一度、フォシアには手合わせしてもらいたいな」


 ミベニアがいった。けれどフォシアは黙ったままだ。あまり興味はなさそうだった。


 場をとりなすように咳払いし、俺は訊いた。


「今度はミベニアさんのことを聞かせてもらえませんか」


 俺は頼んだ。興味津々で。バレートたちも同様の様子だった。身を乗り出すようにしている。


 エルフと親しく話ができるということはそうあるものではないからだ。エルフは基本的に人間種があまり好きではないらしい。


 バンサー協会にも亜人はいる。けれど、どのバンサーも特に親しいというわけではなかった。エルフと親しくなれるまたとない機会に、皆、興奮しているのだった。


「わたしか?」


 ミベニアは眉根をよせた。戸惑っているようだ。


「あまり身の上話話などしたことはないのだがな。まあ、助けてもらったことではあるし。無碍にことわるわけにもいかないだろう。わたしはボホユノドの森に住むエルフの一族だ」


「ボホユノドの森というのは、確か北方にあったよな」


 バレートがつぶやくと、ミナカがうなずいた。


「ガフザとディフールスに隣接する大森林ですよね」


「よく知っているな」


 ミベニアが微笑んだ。


「そのボホユノドの森で過ごしていたのだが、退屈してな。それでボホユノドの森を出てのだ」


「それからどうしたのですか?」


「各地を放浪したよ。生まれてからずっと森で過ごしてきたのでな。人間世界は物珍しいものばかりだった。まあ、随分と野蛮な世界ではあるがな」


「はあ」


 ミナカは複雑な顔をした。あとから聞いたところでは、古代から頑ななまでに生き方を変えないエルフ族は清廉な一族であるらしい。平和主義で純粋な彼らから見れば、人間はさぞかし野蛮に見えるに違いなかった。


「ずっと一人で旅をしていたのですか?」


「ああ」


 こともなげにミベニアはうなずいた。バレートたちが驚いて瞠目する。


 ミベニアがいうように、ムヴァモートは野蛮な世界である。女一人でたやすく旅ができるものではないのだ。それができるということは、ミベニアはかなりの強さをもっていることになる。


「人間世界には様々な連中がいる。さっき遭遇したような奴らだがな。が、まあ、あんな連中ならなんとでもなる」


 ミベニアはいった。その言葉に揺らぎはなさそうだ。自信に裏打ちされているのだろう。


「それで、やがてグネヴァンにたどり着いたというわけだ」


 ミベニアはソイアに目をむけた。ソイアが小さくうなずく。


「お父様が警護役とした雇ってくださったのです」


「一介のエルフを?」


 無遠慮にバレートが目を見開いた。


「おかしなことなのか?」


 俺が聞くと、当然だとバレートはこたえた。


「貴族は血統身分を重視するんだ。普通は平民などを娘の警護役にはしないよ」


 そのバレートの言葉が本当なら、ミベニアの実力が身分など無視してしまえるほどに高いものであるということを意味している。同時にソイアの父親がつまらない権威にとらわれない実力主義者であるということをも。俺はソイアの父親に興味をもった。

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