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28 エルフと少女

 マロロア。


 エーハート王国第二の街である。村からエーハート王都にむかうには、一度マロロアを通過することになるのだ。


 そのマロロアに俺たちはいた。


 エーハート王都第二の街らしく、とても賑わっていた。建物のほとんどは石造りで、街路も石が敷きつめられている。王都と比べてもそれほど見劣りはしなかった。


 マロロアの建物は王都と同じくドワーフと呼ばれる種族によって作られたらしい。短躯の男性を時折見かけるが、あれがドワーフ族であるとバレートに教えられた。


 他に主要な種族にエルフ族がある。これも見かけたことがあるが、すごく美しい種族だった。どこか他の種族を馬鹿にしているようなところがあったが。


 俺たちは街路を歩いていた。店だけでなく、露店も立ち並んでいる。熱気と喧騒が満ちていた。


「やっぱり大きな街はいいよな。賑やかで」


 串にさした肉をほおばりながらバレートがいった。


「そうだな」


 俺はうなずいた。大きな街は散策しているだけで楽しくなってくる。


「賑やかなのはいいけど」


 ポリメシアがむくれた。


「わたしは疲れちゃった。少し休みたいんだけど」


「わたしもです」


 ミカナもまたいった。


 朝からずっと歩きづめである。二人が弱音をはいたとしてもしかたなかった。


「だめだなあ、おまえら」


 バレートがからかうようにいった。そしてフォシアに目を転じた。


「見ろよ。フォシアはなんともなさそうだぜ。少しは見習えよな」


「フォシアは特別よ。一緒にしないで」


 ポリメシアがバレートを睨みつけた。


 俺は慌てて二人をなだめた。


「まあまあ。俺も腹が減ったし、休憩がてらどこかで昼食をとらないか?」


 俺は辺りを見回した。やや離れたところに酒場らしき店がある。


 俺たちは店めざして歩き出した。するとフォシアが突然足をとめた。


「声がする」


「声?」


 俺が訊くと、フォシアはうなずいた。


「あれは悲鳴よ」


 フォシアが目をむけた。裏路地の方だ。


 俺は駆け出した。裏路地を駆け抜ける。次第に人の姿がまばらになってきた。


「あれか?」


 俺は足をとめた。


 前方。対峙している者たちがあった。人相の悪い男八人と、穏やかな美貌の少女と玲瓏たる美しい娘だ。


「彼女たち、わるいヤツらにからまれているようだな」


 バレートがいった。


 その指摘通り、男たちが女性二人にからんでいるようだ。悲鳴の主はおそらく少女の方だろう。


 からんでくる男たちを娘があしらっていた。見事な身のこなしで。武術の心得があるというよひ、根本的に素早いのだろう。


 が、やはり多勢に無勢である。次第に娘がおされだした。


「待て!」


 俺とバレートが駆け出した。気づいた男たちが俺たちにむきなおる。


「なんだ、おまえらは?」


「バンサーだ」


 こたえると、俺とバレートは男たちとの間合いをつめた。


 バレートが殴りかかる。男たちは喧嘩なれしているらすく、バレートの一撃をするりと躱してのけた。反撃とばかりにバレートの腹に男がパンチをぶち込む。


 同じ時、俺も男の一人に肉薄していた。俺めがけて男がパンチを繰り出す。


 この男も喧嘩なれしているのだろう。パンチが速い。


 が、俺は男のパンチが緩やかに動いていると感じていた。あの時と同じ感覚だ。


 かつて銅級バンサーの攻撃を躱したのだ。街のごろつきをあしらうなど造作もなかった。


 俺は男の腹に拳を叩き込んだ。腹をおさえてうずくまる男を尻目に、俺は次の標的にむかった。


 同じように殴りかかってくる男を躱し、再び腹に一撃。男たちが全員地に這うまで、それほど時間はかからなかった。

   

 フォシアを除くその場にいる全員が呆然としていた。当然だ。俺一人でごろつき全員を倒したのだから。ていうか、俺自身も驚いている。


「ハルト、おまえ……」


 バレートが声を途切れさせた。よほど驚いているのだろう。ポリメシアやミカナに至っては声もない。


「おまえ……急に強くなったじゃないか。一体どうしたんだよ?」


「あ、ああ。フォシアにこっそり鍛えてもらったんだ」


 俺は適当にこたえた。俺自身にもわからないのだからしかたない。


「あの」


 声がした。少女のものだ。


 目をむけると、少女がぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました。助けていただいて」


「怪我はないかい?」


 俺が訊くと、少女がうなずいた。すると娘が破顔した。


「わたしからも礼をいわせてもらう。君たちが助けてくれなければ彼女を守りきれなかった」


「礼なんかいりませんよ」


 こたえてから、俺はあらためて娘を見た。


 透けるほど白い肌。切れ長の目は涼しげだ。


 細く高い鼻梁。やや薄めのかたちの良い唇の間からは象牙なような白い歯が覗いている。


 そして、なにより彼女を特徴づけているもの、それは──。


「エルフ?」


 先の尖った娘の耳を見つめ、俺はつぶやいた。そして緊張した。


 エルフだ。あのエルフと、今、俺は相対しているんだ。こうやって話ができるとは思ってもみなかった。


「どうした? わたしの顔に何かついているのか?」


 エルフの娘は訝しげ眉をひそめた。俺が顔に見とれているなどどは思ってもいないようだ。


「い、いいえ」


 俺は慌てて否定した。


「そうか。うん?」


 今度はエルフの娘が俺の顔をまじまじと見つめてきた。きっと俺が珍しいのだろう。


 この世界の住人は、基本的に西洋人に似ている。ほとんどが白人だ。時折南洋の出身者らしい浅黒い肌の者もいるが、それらは黒人種に似ている。東洋人らしき容姿の者は皆無だった。


「いや、すまない。まずは名乗るのが礼儀だな。わたしはミベニナ。彼女は」


 エルフの娘──ミベニアは少女に目をむけた。


「ソイア。ゼスヌムシル家の令嬢だ」


「ゼスヌムシル!」


 ミカナが小さく声をもらした。俺はミカナに顔をむけると、訊いた。


「知ってるのかい?」


「はい。聞いたことがあります」


 ミカナがうなずいた。


「隣国であるグネヴァンの有力貴族に、確かゼスヌムシル家があったはずです」


「そうです。わたしはゼスヌムシル家のソイアです」


 少女──ソイアがいった。


「ゼスヌムシル家のお嬢さんが、どうしてマロロアに?」


 バレートが問うた。


 エーハート王国とグネヴァン帝国は敵対しているわけではないが、隣国がよくそうであるように仲が良いわけではなかった。供もつけずに有力貴族の娘がそのような地にいるのは普通ではない。何か理由があるはずだった。


「特に理由があるというわけではありません」


 叱られた子供のようにソイアは顔を伏せた。苦笑したミベニアが助け船を出す。


「色々なことに興味がある年頃なのさ。見聞を広めるために旅に出ようとしたのだか、供と一緒だと世間の上っ面しか見るこたはできない。それでわたし一人を雇ってお忍びの旅というわけだ」


「はあ」


 俺は呆れた。


 ムヴァモートという世界は俺の知る世界とは違う。野蛮で危険に満ちた世界なのだ。いくらミベニアが強いといっても、たった一人の供をつれただけで旅をするとは正気の沙汰とはとは思えなかった。


 俺は思わず苦笑していた。気がついたソイアが少しむくれた顔で俺を見た。


「何かおかしかったでしょうか?」


「ああ、すみません。可愛い顔をしているのに、すごいお転婆なんだなあと思って」


「お……てんば?」


 ソイアが首を傾げた。お転婆という日本語がわからないのだろう。


「俺の国の言葉で、勇気がある女性、という意味です」


「そんな」


 ソイアが顔を真っ赤に染めた。もじもじする様が可憐である。


「こんなところで立ち話もなんだ。少し早いが、宿をとってゆっくり話でもしないか?」


 ミベニアが提案した。俺たちに否やはない。とかく腹が減っていた。

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