2 ここは、どこ?
俺は辺りを見回した。
街のただ中。
けれど見慣れている街じゃなかった。
俺が住んでいるのは東京だ。コンクリートとアスファルトでできた街である。
しかし、今いる場所にはそれがなかった。
コンクリートのビルもアスファルトの道路も、そして立ち並ぶ電柱も。
代わりにあるのはレンガ造りの家だった。
石畳の街路だった。
邪魔するもののない青空だった。
俺の知らない街。
いや、なんとはなくだが、見覚えのあるような気もする。映画で見たことのある中世ヨーロッパの街並みだ。
「これは……」
とぎれた声。ふりむくと賢一の姿が見えた。
さすがの賢一もいつもの落ち着いた様子はない。なにがなにやらわからず狼狽しているようだ。
他にも知っている顔があった。
裕之と慶治、美穂と恵里、結菜。
つまりは、あの場にいた全員だ。
「な、なに、これ……」
結菜も声をとぎれさせた。混乱しているんだ。
他の同級生たちは声もないようだった。
無論、俺も惑乱していた。
何が起こったのかわからない。突然、知らない街の中に放り出されてしまったのだから。
こういう時、人はやはり思ってしまうものらしい。これは夢ではないかと。
だから俺は頬をつねってみた。
痛い。どうやら夢じゃないようだ。
だったら何だ?
「ここは……外国か?」
敦がつぶやいた。
そう思っても無理はない。俺は改めて辺りを見回した。
石畳の街路には通行人が多かった。露店も多く並んでいて、商売している人の数も多い。
その多くがーーいや、ほとんどが西洋人であった。
煌めく金髪や銀髪、硝子玉のような青瞳や碧瞳。そして高い鼻梁。日本人にはないものだ。
それらの人々の多くが立ち止まり、俺たちを怪訝そうに見つめている。突然の闖入者に驚いているのは明白だった。
彼らはぼそぼそと何事かを話し合っている。
何語で話しているのかはわからない。どうも英語ではない気がした。
そのことには結菜も気づいたのだろう。賢一に顔をむけると、
「何いってるか、わかる? 英語じゃないわよね」
「あ、ああ」
賢一が小さくうなずいた。英検準一級の実力をもっているらしいから、その点は間違いないだろう。
「なら、何語なの?」
「それは……フランス語かドイツ語か」
賢一がこたえた。頼りない感じだ。
が、俺も同じーーというよりもっと悪い。何語だか皆目わからなかった。
ただーー。
俺は気づいた。周囲の人々な中に異様な風体の者がまじっていることに。
見た目は西洋人だ。
他の者たちとかわらない。すごく美しい点を除いては。
けれど一点だけ違うところがあった。耳の端がぴんと尖っているのである。
さらに気をつけて見てみれば、他にも異様な者がいた。
小さい体つきなので子供かと思っていたが、違う。顔半分がヒゲでおおわれた大人だった。
俺はそのような者たちに見覚えがあった。
マンガや映画で見たファンタジーの登場人物だ。
「まさか……異世界転移?」
俺の口からかすれた声がもれた。聞き咎めたのは裕之である。
「異世界転移って……アニメとかでやってるやつか?」
裕之が顔を俺にむけた。どうやら異世界転移という言葉を知っているらしい。
「異世界転移? 何だ、そりゃあ?」
苛立った顔で敦が俺を睨みつけた。この異常事態の原因が俺であるとでもいうかのように。
「異世界転移は異世界転移だよ」
俺がこたえると、敦の顔がさらにゆがんだ。
「だから異世界転移って何だってきいているんだ。わかるようにこたえろよ」
満面を怒りでどす黒く染め、敦が怒鳴った。
すると取り囲むように立っている人々がざわついた。
あわてて賢一が忠告する。
「大きな声をだすな。彼らを刺激するんじゃない」
「ちっ」
舌打ちすると、それでも敦は声を低めた。
「稲葉、わかるように教えろ。異世界転移って何だ?」
「違う世界に転移……移動してしまうことだよ。たとえば魔法が使えるような地球とは違う世界に。タイムスリップって聞いたことあるだろ?」
俺が確認すると敦がこくりとうなずいた。映画などで題材にされているので、さすがにタイムスリップという言葉は知っているようだ。
俺は続けた。
「タイムスリップは時間を移動することだけど、異世界転移は世界そのものを移動することなんだ」
「はっ」
敦が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「何をぬかすかと思ったら、くだらねえことを。タイムスリップが映画の中の出来事であるように、異世界転移も現実にあるわけないだろ」
「だったら、あれは何だよ」
俺はたたずむ一人を指し示した。尖った耳をもつ玲瓏たる女性を。
ともかく異世界到着しました。