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彼女と雨

作者: セナ。

窓の外を見ると雨が降っていた。今日は休日で、家でのんびりと過ごしていたら雨が降っているのに気がつかなかった。目の前を妻が慌ただしく通る。妻もこの雨に今気付いたようで慌てて洗濯物を取り込みにいったというところだろうか。どうやら、随分と前から降っていたようで地面の所々水たまりを作っている。この分だと洗濯物はやり直しだろう。

ーそれにしても

今年もまたこの時期がやってきたか。


この時期になると毎年のように思い出すことがある。それはいつまでも色褪せることはなく、気が付いたらもう十数年が経っていた。


窓の近くの桜の木の葉から雫が零れた時、僕は十数年前の情景が浮かんできた。


その日はいつも通りのなんてことはない平日で、とりわけ大きな問題が起きたわけでもなく、無難な一日を過ごしていた。

学校からの帰り道で(その時僕は高校生だった)突然雨に降られるまでは。

学校からはだいぶ離れてしまっていて、家はまだまだ先である。しかも、天気予報士に騙されて今日は傘を持ってはいない。

仕方なしに鞄を傘代わりに使ってみても役には立たず、ただ濡れていくだけである。

その態勢でほぼ全力で走り続けていたが平均よりちょっと下の男子高校生である僕には辛いものがある。

どこか雨から逃れられる場所はないか探していると、ある公園の大きな一本の木が目についた。

多少濡れるかもしれないが、今の状態よりははるかにましだろう。そう考えた僕はその木に近づいた。


「あー、ついてない」

目的地に辿り着くと嘆きが口から出た。いくら走ったとはいえ、そこそこ長い時間雨の下にいたので服がぐしょ濡れだ。ひとまず、上を脱いで絞っていると隣から僕のものではない声がした。

「あの、これ使いますか?」

同時に白いタオルが差し出される。

声の主を確認するとそこにはひとりの少女がいた。絶世の美女、というわけではなく、とてつもなくかわいい、というわけでもなく。それなのに彼女にはどこか惹かれるものがあった。僕と同い年くらいだろうか?なんて考えていると彼女はまた僕に声をかけた。

「タオル、必要なかったですか?」

その言葉で話しかけられていることを思い出すと慌てて言葉を探した。

「あ、ありがとうございます。でも、あなたのタオルを汚してしまうわけにはいかないので...」

「でも、そのままだと風邪を引きますよ?」

「大丈夫ですよ。僕、身体だけは人並み以上に強いので」

「大丈夫そうには見えないのですが...」

「もうここまで濡れてしまったらどうしようもないですから」

彼女は断り続ける僕を見てタオルを渡すのを諦めると鞄にしまった。

それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。一向に雨はやみそうにない。

「お互い、災難でしたね」

そう口を開いたのは彼女だった。

「そうですね。天気予報じゃ、今日は降らないって言っていたのにすっかり騙されました」

「あなたもでしたか。実は私もなんです。通り雨だろうからすぐやむと思ったのですが...」

「やむ気配をみせませんね...」

「「困りましたね...」」

重なった声に驚いて隣を見ると、彼女もまた少し驚いた顔をして僕を見ていた。そのまま見つめ合うこと数秒。なんだかいたたまれなくなって二人同時に視線を逸らした。そしてどちらからともなく笑いがこみあげてきた。

最初の気まずい空気がなくなり自然と会話が続くようになると、彼女はよく笑い、よく話した。


随分と話し込んでいたような気がする。

ふと気が付くとだいぶ雨も弱まり、もう少しでやみそうだった。それが少し残念に思えてならないくらいには彼女との会話は楽しく、心地よかった。


「雨、やみませんね」

そう口にしたのは彼女だった。遠くを見つめて言う彼女の横顔にどきっとしたことを悟られないように僕はできるだけ平常心を努めつつ

「あ、でももう少しでやみそうですよ」

と返すと彼女はどこかさみしそうに僕の顔を見たような気がした。

「そうですね。もうすぐあがりそうですね」

そう返す彼女は心なしか自分自身を励ますようにわざと明るく言っているようにも感じたが、きっと気のせいだろう。


そうこうしているうちに雨が上がり、僕らは別れた。それはあまりにもあっさりとしたもので、後になって随分と後悔した。

名前も連絡先も聞かずに別れてしまった彼女とまた会うことができないか度々あの公園に行ってみたりしたがついに会うことは叶わなかった。


あれから十数年。彼女はどうしているのだろうか。きっと素敵な大人になっているに違いない。

彼女は僕のことを覚えているのだろうか?

「きっと覚えてないだろうな...」

自然と呟きが漏れた。

「何を覚えてないの?」

誰も聞いていないと思っていたが、思っていたよりも声が大きかったようで妻の耳に届いたようだ。

「いや、たいしたことじゃないよ。ちょっと昔のことを思い出してね」

「そうなの?なんだかすごく大切なことのように聞こえたけれど」

「ああ。すごく大切な思い出で、ああすればよかったなっていう話なんだ」

僕の表情から何かを読み取ったのだろう。妻が面白くないと言わんばかりに話し始めた。

「そういえばね、私も雨と後悔で思い出すものがあるのよ」

ちょっとした仕返しのつもりだったのだろう。妻が話し始めたそれは...


決して忘れることはない懐かしいものだった。


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