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異人街

 鬱蒼とした森の中を二時間ほど歩き続けたころだったろうか、リザベートはひとつの洞窟の前で足を止めた。彼女はタガヒコに手招きして暗い洞窟の中へ入った。

 ここで休憩するのかな、とタガヒコは楽観的に考えた。森の中を歩くのは、如何せん地面がでこぼこしていて砂漠育ちの彼には案外こたえていたのだ。

 だが、リザベートは休む様子などこれっぽっちも見せずに洞窟の奥深くまで歩いて行った。洞窟の中はじめっとした湿度があり、また、温度はひんやりと涼しかった。


 どん詰まりには、鉄かなにかで造られているらしい鈍色の両開きの扉があった。「どうしてこんなところに扉が?」と尋ねたタガヒコを無視してリザベートは


「ハロー、フラワー。ご機嫌か?」


 と扉に向かって言った。


「ハロー、リザベート。お久しぶりですね。ええ、わたしはいつでもご機嫌ですよ。機械ですからね」


 と流暢な合成音声の返事が返ってきた。


「えっ、ええ!? なんですかこれ!」

「うるさい。おまえは本当にいちいちうるさいな。えっ? とかあっ! とか言うのが趣味なのか?」

「違いますよ! でもだって、だって……、これなんなんですか!? どういうカラクリですか!? どこかに人がいるんですか?」

「カラクリじゃない。フラワーはエム境界以前の文明が作った正真正銘の人工知能だ」


 リザベートは呆れ返った様子だった。

 

「エム境界以前……人工知能……本当に古代文明はあったんだ……オーバーテクノロジーだ……」

 ミヤリノ、信じてやれなくてすまなかったとタガヒコは心の中で謝罪した。


「わたしに驚かれるとは新鮮な反応で嬉しい限りです」とフラワーは心なしか浮ついた声で言った。「しかしあなたは純種ですね。残念です。よって処刑を執り行います」


 と彼女は衝撃的な発言をした。

 

「はい!? いやいやいや待ってください!」とタガヒコは両手をぶんぶん振りながら言った。「おれは確かに純種だけど、なんにもしませんよ! 危害も加えません! 約束します!」

 

「フラワー」とリザベートが呼んだ。「こいつは私の弟子になったんだ。ナナカマドには私から伝えるし、何かあれば私が責任を持つと約束する。頭のいいお前なら柔軟な対応を取ってくれるだろう?」

 

 フラワーには体がないのに、彼女が肩を竦める動作をしたような気分に陥るほど、彼女は人間臭かった。彼女は少し迷っていたが、結局通過を許可してくれた。「なにかあっても知りませんからね」と言い添えて。


「行こう」


 リザベートは扉を引きながら言った。扉は硬く、重そうだった。ギイと軋みながら開いた。その先には更に下へ進む階段が螺旋状に建築されていた。階段の材質も鉄かアルミだろう。ひとつ降りるごとに足音が無駄に大きく反響した。

 三十分ほど降り続けると、またも扉が出現した。今度は人口知能は搭載されていない、ただの鉄製の重い扉だった。それもリザベートが細腕でなんなく引いて開けた。

 扉の向こうからにわかに喧騒と赤みを帯びた明かりが漏れだした。


 そこには。

 そこには街が拡がっていた。


 多くの建物は木製の二階建てで、それらは軒を連ねて隙間なく建っていた。大抵の建物は一階が商業施設となっているらしい。各々看板や赤い雪洞を吊るして「〇〇屋」と自分の店の名前を宣伝していた。

 街の道は入り組んで細かったが、行き交う人は多かった。人、と言っても確かにリザベートが言っていた通りに様々な外見をしていた。肌が白い人がいた。黒い人がいた。緑の人がいた。背の異様に高い人、膝くらいまでしかない人、昆虫のような頭を持つ人、しっぽを生やした人、他にも様々な『異様』な人々が露店をはやし立てたり立ち話をしたりしている。

 赤提灯がそこいらじゅうに吊り下げられているせいで町中が赤っぽく染め上げられていた。


「口を閉じて、はぐれるな」


 リザベートがタガヒコの傍でそっと呟いた。タガヒコは前を見すえたまま頷いた。

 タガヒコとリザベートが通りを歩いていると異人たちがヒソヒソとした声で「純種だ」と囁き合うのが聞こえた。

 リザベートは立ち飲み屋がある角を曲がって怪しげな薬屋の前を通り過ぎ、肉と書かれた店の前までやって来た。

 肉屋の前にはなんの動物のものかわからない肉が大量に並んでいた。肉屋の奥は蛍光灯の青白い光に照らされて、外の赤と相まって不気味さを掻き立てていた。


「イロガワリ、いるか?」


 とリザベートが店の奥に声をかけた。


「おういるよ。よっこらせ」椅子の軋む音が聞こえた。「いらっしゃい」


 巨大な肉切り包丁を引きずって出てきたのは血にまみれたエプロンを首から提げた身長百三十センチ程の小さな異人だった。頭には四つの穴が空いた紙袋を被っていた。頭頂部の二つの穴からは白毛の兎の耳がぴょこんと出ている。その下にある二つの穴は視界を確保するためだろう。

 おう、とリザベートが言うと、異人はいぶし銀な声にぴったりのやくざな口調で「テメェか」と返事した。

 

「こいつはイロガワリだ」リザベートはタガヒコのほうを見ながら、片手の手のひらを上にして異人を指した。「見ての通りの肉屋だ」


 タガヒコは肉屋を見つめ、会釈した。イロガワリは紙袋の奥で目を細くした。

 

「リザベートよォ、ニンゲン臭ェぞ。そのガキは純種じゃねえのか」

 

 彼女はほっそりした体格に全く似合わない包丁を軽々と片手で持ったまま腕を組み、本格的に青年の身体を上から下まで睨めつけ始めた。

 

「さすが鼻がいいな。確かに純種だ。人間だ。だが、わたしの弟子でもあるんだ。名前をタガヒコと言う」

「へえ、そうか。魔女の弟子ねェ。珍妙な人間もいたもんだ」

 

 イロガワリは肩を竦めた。いっそ潔いほどどうでもよさそうだった。視線はタガヒコを離れ、箒に括り付けられた巨大猪に移っていた。

 デケェな、と素直な感想を口にした。

 リザベートは猪を彼女の眼前に突き出しながら

 

「骨が砕けてるんで下ごしらえに手間がかかるかもしれない。買い取ってくれるか?」

 

 と言った。

 イロガワリは仕草だけで猪を屋台下の簡素な調理台まで運ぶよう指示した。猪の体は調理台に収まりきらず、足がだらりと垂れていた。イロガワリは長靴のゴム底の音をきゅっきゅっと鳴らしながら調理台を一周し、商売人の目でこと細かく獲物の状態を検分した。時間にすれば一分もかからなかっただろう。イロガワリは唐突にぱっと顔を上げて

 

「肉の質は悪くねェがテメェの手荒なやり方のせいで可食部が少ねェや。色をつけて銀貨七枚に銅貨八枚ってとこだな。それ以上ならこの話はご破算だ。ま、ベルベーヌんとこじゃァ銀貨六枚まで値切られるだろうよ。ウチで売ってくのが最適解だな」

 

 と早口で捲し立てた。

 

「それで手を打つ。あと、コイツとわたし用にもも肉の串焼きを二本頼む」

 と言った。

「なら、調理代含めて銅貨四枚引かせてもらうぜ」

「わかった」

「じゃ、ちょっと待ってろよ」

 

 イロガワリは包丁を猪の上に置いて店の中に消えた。包丁は不銹鋼製で、市場の橙色の灯火を鈍く反射していた。ぞくりとするほど鋭い刃だった。

 

 少ししてイロガワリが金を手にして戻ってきた。毛が生えた小さな手でリザベートの手のひらに金を乗せながら

 

「きっちり銀貨七枚と銅貨が四枚だ」

 

 と言った。リザベートは厳正に枚数を数えて「確かに」と答えた。

 イロガワリはぴょこぴょこと敏捷に動く耳を掻きながら「おめェさんらの飯には少し時間がかかるな。三十分ぐれェで終わるからどっかで暇潰しててくれ」と言った。

 

「ああ、ちょうどナナカマドのところへ挨拶に行くところだったんだ」

 とリザベートが答える。

「そうか、気を付けろよ。アイツは純種を特に嫌ってるからな」

「せいぜい殺されないようにするよ」

 とリザベートが言うと、イロガワリは紙袋の下でこれ以上ないほど豪快に哄笑した。


「おめェさん、殺されたって死なねえじゃねえか」

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