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旅の準備

 その日は朝飯を簡単に済ませると、さっそく荷造りに取り掛かった。と言っても、リザベートの荷物は前にストーニャに訪れた時と同じくサッチェルバッグがひとつだけだったが。

 大変なのはタガヒコの方だった。軍隊が背負うんじゃないかと思うほど巨大なリュックサックにリザベートが魔法で防腐処理を施した食物を詰め、調理用具一式を詰め、レインコートや下着や替えの衣類なんかをぎっしり押し込んだ。背負ってみると、後ろにひっくりかえってしまいそうなほど重かった。


 リザベートは簡素な作りの麻製のシャツの上に皮のベストを着て、皮のパンツを履きその上にねずみ色のローブを纏った。対するタガヒコは、リザベートが物置を漁って出てきたボロっちいコットンのスタンドカラーのシャツに、これも半世紀は放置されていたであろうケープを着て、麻のパンツを履いた。


 リザベートはベルトにいくつか小さいポーチをぶら下げていた。その中には見慣れた小瓶の他、金額が数枚入れられた。また、鞘に収められた短剣も吊り下げられた。


「ああそうだ、大切なことを忘れていた」


 とリザベートは突然言って、物置の方へ姿を消した。物置に通じる扉は開けっ放しだったので、タガヒコは中を覗いた。なにに使うかわからない壺や巨大な鉄鍋や高そうな家具などの骨董品に混じって動物の剥製なども一緒くたにごちゃごちゃと並んでいた。

 リザベートが漁っているのは、古びた木製のチェストだ。元はいい造りだったのだろうが、すっかり古びて真鍮の飾りがくもってしまっている。


「あった」


 と彼女は振り向きながら言った。

 その手には剣らしき物が握られていた。触れば今にも朽ちてしまいそうな皮の鞘に収められている。リザベートは剣を鞘から抜いた。

 その剣は、美しかった。

 中央の平らな部分に薄い銀色の模様が入っていた。光を浴びて輝く刀身は青白く、切っ先は鋭利で、並の職人の技ではないことが伺いしれた。


「これははるか昔に鍛えられた名剣だ。名をセレディアと言う。わたしが使うには大きいからお前にやろう」

「これを、おれに?」

 

 タガヒコは剣を受け取りながらヒヤリとした刃先に手を当てた。少し滑らせるだけで皮膚が薄く切れた。


「剣の稽古を付けると言ったろう。肝心の剣が無いんじゃお話にならないからな。良い剣だ。大切にしろよ」


 タガヒコは剣を胸に抱きながら「大切に致します。ありがとうございます」と言った。


「でも、これを貰ってしまって、リザベートさんのぶんはあるんですか?」

「これがある」


 それはセレディアよりふた周りほど小さな剣だったが、セレディアに負けず劣らず立派なものだった。柄には透明なダイアモンドが嵌められ、鍔には象牙の装飾が施され、全体を黒く塗装されていた。


「こいつの名前はルイヤス。わたしと共に何千年も生きた相棒だ」


 リザベートはルイヤスの鞘をベルトに括り付けた。タガヒコも習ってセルディアをベルトに付ける。


「出発の準備はこれでいいな」


 とリザベートが言った。


「ええ。でも、どこへ向かうんです?」

「着いてこい」


 リザベートの背を追って戻ってきたのはリビングだった。リザベートは大きな机の上に地図を広げた。


「今わたしたちがいるのがここだ」

 と彼女の手は砂漠の真ん中あたりを指す。

「向かうのはこっち」

 彼女は地図上で東に手を滑らせた。ボレバリス砂漠を抜けたそこは森林地帯だった。

「そこになにかあるんですか?」

「森の中に異人街がある。異人街なら知り合いもいるし、なにより純種が滅多に近づかない」

「純種?」

「おまえのような人間のことだ。あそこでは人間のことを純種、異人のことを変異種と呼ぶ。異人ていうのは、人間以外で人間ぽいヤツらのことだ」

「つまり、変異種の人たちは人間ではないんですか」

「ああ。まあな。色々な見た目のやつがいるよ。角が生えてたり、長い耳を持っていたり、のっぺらぼうだったりな。だがそれは外見だけで中身は人間とさほど変わらない」

「へえ……世界は広いんですね……。おれはストーニャとその周りの国ぐらいしか知りませんでした」

「ま、百聞は一見にしかずだ。さっさと出かけるぞ」


 リザベートはサッチェルバッグを肩にかけてさっさと外に出てしまった。タガヒコは重い重いリュックサックを背負って二人分の箒を持ち、彼女の後に続いた。


「お前との付き合いも長かったな。さらばだ」


 リザベートはあばら家に呆気無くそう告げて右手を前にかざした。すると突然つむじ風が発生した。それはだんだん巨大になり、ほとんど竜巻と化した。


「下がっていろよ」


 と彼女はタガヒコに忠告したが、とっくの昔にタガヒコは避難済みだった。今度はどんな恐ろしいことをするのか砂丘に隠れて見ていると、竜巻があばら家を飲み込んだ。あばら家は一瞬で吹き飛ばされ、竜巻の気流に乗って隅々まで粉々になった。

 しばらくして竜巻が消えたあとには、なにも残っていなかった。


 ペルベドンの巣の恐ろしの魔女は、こうして突然姿を消した。

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