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初めての魔法

「まずエニシダの枝を長さ別により分けて並べる。短いのが中央、中くらいのがその外側、長いのが更にその外側だ。この通りに並べたら、針金で木にまとめて括り付ける。簡単だろ?」


 とリザベートは言った。

 簡単なもんか、とタガヒコは思った。エニシダの枝の量は膨大で、より分けるだけで何時間かかるかわからなかった。


「じゃ、できたら教えろよ」


 魔女はタープの中に貼られたハンモックの中にごろりと横になると、懐から小瓶に入ったウイスキーを取り出して昼間からごくごくやり始めた。

 これ以上説明する気も手伝う気もないらしい。

 タガヒコは大きく息を吐いてから腕まくりをして気合を入れた。

 砂漠の気温は四十度に達しようとしていた。こめかみから次々と汗が吹き出してくる。

 そのとき、風が吹いてタガヒコのワンピースの裾を揺らした。砂漠には到底似合わない冷たくて心地いい風だった。

 後ろを振り返ると、リザベートが寝返りを打ちながら手を引っ込めたのがちょうど見えた。

 タガヒコは唇を結んだままはにかんだ。


 さて、と彼は思った。おれは一流の箒職人になってやるぞ。


 夕方までかかってようやく枝を分ける作業が終わった。太陽がそろそろ沈もうとしている。リザベートはハンモックの中で気持ちよさげに鼾をかいていた。


「あとはこれをまとめて括り付けるんだよな……」


 と独りごちながら、タガヒコは枝を鷲掴みにして木の回りに配置した。針金をとる。針金はなぜかよく伸び、その割に丈夫だった。多分普通の針金じゃないんだろう、とタガヒコは検討をつけた。

 リザベートと出会ってから普通じゃないことばっかりだ。おれとおれの人生はなんだかすごくズレてる気がする、とタガヒコは思った。いつの日かマツスミに言った……おれの人格はおれの鋳型に少しも合ってない、そんな気がする。


 タガヒコは頭を振って煩わしい考えを一旦ほっぽり出し、針金で枝を木に巻き付け始めた。最後にニッパーで針金を切ればおしまいだ。


 タガヒコは額の汗を拭って自分の作品を眺めた。ちょっと不格好なところもあるが、まあまあの出来ではないだろうか。


「よし! できましたよ! リザベートさーん」


 大声で呼ぶと鼾がぴたりと止まり、リザベートが冬眠明けの熊のようにのそりと身体を起こした。


「まあまあ早かったな」

「へへ、手先は結構器用なんです。どうですかね」

「四十点だな」

「えっ」

「でも飛ぶのに支障はないだろう」


 リザベートはタガヒコの箒を片手で持って矯めつ眇めつ眺めた。それからタガヒコに押し付けるようにして返し「乗ってみろ」と言った。


「乗るって、えっと、どうやってやるんですか」

「まず跨って、目を閉じて、松果体という部分に意識を集中させろ」

「ショウカタイ? なんですかそれ?」

「脳味噌のちょうど真ん中あたりにある部位のことだ。いいからやってみろ」


 タガヒコは言われるがままに箒に跨って目を閉じた。尻がチクチクするのに気を取られながらもなんとか松果体を見つけ出そうと頑張った。

 三十分ほどそうしていただろうか。

 箒はぴくりとも動かなかった。


「すみません。ダメみたいです。もっと具体的に教えていただけないでしょうか」

「じゃあこうしよう」


 と言うなりリザベートは目にも止まらぬ速さで懐から小さなナイフを取り出しタガヒコの腕を切り裂いた。鮮血が細い線になってピュッと飛び出した。


「うわ、うわああッ!」

「うるさい。これくらいで喚くな」

「でも、血、血がッ! に、肉も見えてませんかこれ!? 痛いいたい!」

「だから喚くな。次に叫んだら口を縫うぞ。今から治癒魔法を教える。命の危機を感じると脳が活性化するからな。いいか、傷口の少し上に片手を重ねてさっきみたいに松果体に意識を集中させるんだ」


 タガヒコは荒い息をなんとか落ち着かせてどくどくと血を流す腕に片手を重ねた。脳味噌の中央、松果体、と何度も頭の中でイメージする。


「少し手伝ってやる。おまえの松果体の位置はここだ」


 とリザベートが言った。その瞬間、脳味噌の奥深くがカッと燃えるように熱くなった。


「うあああああッ!」


 タガヒコは未知の感覚に叫び、砂の上をのたうち回った。誰かに脳みそをかき混ぜられているような、自分の体の皮膚の内側に小さい虫か何かが侵入してきたような不快感だった。

 そのうちに熱は引き、タガヒコも冷静さを取り戻した。


「おめでとう」とリザベートは言った。「おまえも魔法使いの仲間入りだ」


 腕の傷は初めから何も無かったかのように、綺麗に治っていた。


「は……、おれ、できたんですか」

「わたしの力添えのおかげだけどな。でも、これで大体の感覚は掴めたろう。次は箒だ」


 タガヒコは砂漠に放り投げられていた箒を掴むと、跨って、目を瞑り、脳味噌の奥を意識した。頭がカッと熱くなる。恐る恐る目を開くと、足が宙に浮いていた。


「飛んでる……」

「浮いてる、の方が正しいな」


 リザベートはウイスキーを飲み干すと空瓶を砂の上に打ちやって「そのままそこで待ってろ」と言い残し、家の中に入っていった。

 タガヒコは産まれたての子鹿のように震えながらなんとか箒に跨り続けていたが、気を抜けばすぐにひっくり返って落ちてしまいそうだった。

 リザベートが戻って来たのは案外すぐだった。彼女は自分の箒を持っていた。それにするりと跨ると、タガヒコと同じくらいの高さに浮いて「着いてこい」と命令した。


「大切なのはイメージだ。進んでいるところ、止まっているところ、空に登るところ、空をかけ下りるところ、それをイメージすれば飛べる」


 リザベートの箒がゆっくり進み始めた。

 タガヒコもそれに習う。こわごわと、わなわなと、であったが、彼の箒も確かに前進していた。


「高度を上げるぞ」


 リザベートの箒は斜め上に向かう軌道を描いた。タガヒコも箒の柄を少し上に向けて彼女を追う。今度はスムーズにいった。

 二人は少し距離を取りながら地上数キロメートルのところを縦列になって飛行した。


 ちょうど月が登って来る時間だった。


「おれ、本当に魔女の弟子だ……」


 タガヒコは地上で見るよりも遥かに大きく見える月に向かって飛びながらそう言った。




 それからは、治癒魔法と箒に乗る訓練を繰り返した。一週間もすればどちらもまずまず上手くいくようになった。

 

 いよいよペルベドンの巣と別れる日が近づいていた。

ブクマ、評価などとても嬉しいです!

心より御礼申し上げます。

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