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再びの旅の幕開け

 処刑を見届けると、タガヒコとマツスミはわずかの間話すことを許された。とはいえマツスミは泣きじゃくるばかりで話にならなかったが、タガヒコは流浪の旅に出る決心を短い言葉で伝えた。


 そのあとは地下牢へ逆戻りだった。


 また数日過ぎただろうか。

 なんの前触れもなく、あの髭面の男が地下牢の前に立っていた。衛兵どもの話を盗み聞くところによると、この男はクシーという名で、騎馬隊を率いている統率者らしい。

 男は自信に満ちた態度で哀れな囚人を見下ろしていた。


「そろそろここも退屈だろう、ええ、坊や」

「おれの名はタガヒコだ」

「おっと、これは失敬失敬。タガヒコ王子殿下」


 タガヒコは皮肉に応戦するつもりはなかった。苦々しく「もう王子ではない」とぐぐもった声で言うだけだった。


「じゃあただのタガヒコ、おまえにも出発のときが来たことを教えてやろう」

 クシーは衛兵を呼んで地下牢の鍵を空けさせた。タガヒコの腰に縄を結んで暗い地下から地上へと出る階段を登らせる。


 久々の太陽の光はうんざりするほどいつも通りだった。国がなくなり、父と母が死んでも、この星は変わらず回り続けているのだった。


「父と母の遺体をどうした」

 タガヒコは無表情のまま、隣を歩くクシーに問いかけた。

「きちんと王家の墓に葬った。国民はそうじゃなきゃ納得しないだろう。いくら数が少ないといえども、反逆でもされたらこちらもいくらか血を流す事態になるのでね」

「良かった……」

 タガヒコはほっと呟いた。

「こんなときに死人の心配か? これからおまえも死地に向かうんだぞ」

 クシーは髭を撫で付けた。

「死ぬと決まったわけじゃない」

「どうだかね」クシーは肩を竦めると小馬鹿にしたように嘆息した。「デゥィストレア人はこんなときまで楽観的なのか」

「そうさ。だから今まで滅ばなかった」

「あの砂漠を見たらおちおちそんなことも言っていられなくなるぞ。ギロチンの痛みは一瞬だ。だが、飢え、乾き、喘ぎながら砂の中で死ぬのは永遠に近い苦痛を伴う」

「死なないさ」


 タガヒコの目には決意が宿っていた。それは幾多の戦場を経験してきたクシーをもたじろがせる程の強く命を焼く烈火だった。運命の打撃に立ち向かう戦士の顔つきだった。


 こいつをここで殺さねばいつか厄災がこの身に降り掛かるのではないかという思いが一瞬クシーの脳裏を掠めた。が、どうせ砂漠への流刑だ、野垂れ死ぬに違いないと理性がその勘を瞬時に打ち消した。


「クシー、あんたには礼を言う。これからのおれの旅がどうなろうと、父と母を正しく葬ってくれて心より感謝する」


 タガヒコはもくもくと歩きながら言った。

 クシーはぱちりと瞬きしたあと、ガハハと豪快に笑った。


「変わってるなあ、おまえは! 敵に礼を言うとは!」

「ケジメさ」


 そうこうしているうちに王国の境目までたどり着いた。見えるのは相変わらず萎びた老婆の乳房のような砂漠だけだ。だが、タガヒコはペルベドンの巣への道のりを正しく記憶している。


「おい、縄を解いてまともな服を着せてやれ。それから食料と酒を麻袋にでも突っ込んで来い」


 クシーが部下に命令した。


「食料は何日分ある」

 タガヒコは問うた。

「一週間てところかな」

「十分だ」

「ああ、おれは優しいからな。それから、最後にプレゼントをやろう。あいつを連れてこい」


 再びクシーが部下に命令すると、南部沿エタポニエ公国の召使いが着る洋服を纏ったマツスミが衛兵に肩をどつかれながらやってきた。


「王子」


 と彼は言った。


「馬鹿だな。おれはもうおまえの主人ではない。ただの古き友のタガヒコだ」

「いいえ、おれの中では永遠にあなたが主人です。主人と認めるのはあなただけです」


 マツスミは素早くタガヒコに駆け寄り、抱きついた。そして耳元でこう言った。

 

「ミヤリノは魔女の存在を打ち明けてしまいましたがペルベドンの巣のありかまでは話していません。恐らくこれは希望です。うまくいけば食料が尽きる前にたどり着けるはずです。それから、これをお持ちになってください」

 マツスミはタガヒコの懐に小さな小瓶を目にも止まらぬ動作で滑り込ませた。

「リザベート様のところへ最初に行ったときに貰い受けたものです。傷があったら飲むようにと言われましたが大したことなかったので飲まずに取って置いたのです。飢えを潤す能力があるかどうかはわかりませんがなにかのお役にたつやも知れません」


 マツスミは早口でそれだけ伝えると、タガヒコから距離を取り、タガヒコの右手を持ち上げて額をつけた。


「どうか生きて辿り着けますよう」


 と蚊の鳴くような声で言う。


「ああ……ありがとう。それで、おまえはどうするんだ」

「公国の貴族の雑用夫として雇われました。ぽかをやらないようなんとか努力してみます」

「そうだな。おまえはたまに大切なことを忘れたりするからな。主人の朝飯を作るのを忘れたり……それ以外にも沢山あったな……おまえと過ごした日々が懐かしいよ。達者で暮らせ。いつかどこかで、また会おう」

「ええ、必ず」


 二人のやり取りを見ていたクシーは

「なんだあ? おまえらホモか? 随分仲が良いんだな」

 と小馬鹿にした。


 マツスミは一瞬クシーを睨めつけたがすぐに人の良い笑顔に戻って「まさか。友人ですよ。幼い頃から一緒だったので……つい長話を」と誤魔化しつつ、衛兵のもとに戻って行った。


「それではタガヒコ、用事は全部済ませたな。ここに砂漠への流刑を執り行う。振り返らずにゆけ」


 タガヒコは頷いた。

 過酷な旅が幕を開けた。

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