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秘密の凱旋

「こんなのでも王子は王子だ。おまえの鼻につくところはまったく誰に似たんだろうな」

 リザベートは呆れ半分、からかい半分に鴉に問いかけた。それはもちろんあなたでしょうという言葉をタガヒコは飲み込んだ。


 リザベートはまあ良いというふうに手を振ってからひとつ咳払いをして話を始めた。

 

「キッド、突然呼びつけて悪いが頼みがある。この二人を乗せてストーニャまで飛んで欲しい。砂漠の外れの国だ。わかるか?」

「ああ、知っているよ。それがリザのお願いなら仕方ないけどあんまり気は進まないなあ」

 キッドは器用に鉤爪で羽の辺りを掻きながら真っ黒な目をぎょろりと回した。

「こ、こここ、これに乗れって!?」

 マツスミは腰を抜かして地面に倒れ込んでいた。

「だからぼくはこれでもあれでもなくキッドだ。リザから貰った大切な名前なんだよ」

「いや、あ、すみませんキッド……さん。脳みそをつつくのだけは勘弁してください」

 キッドは明朗に笑った。

「冗談さ。リザがきみたちを客人としてもてなしている間はぼくも大人しくしなくちゃね」

「いつも大人しくしてくれると助かるんだがな」

 リザベートはキッドをぽんと叩いた。

「紳士な振る舞いを心がけているつもりだよ。少なくともリザの前ではね」

「どうだかな」

 タガヒコは遅ればせながら「こんにちは」と恐ろしい鴉に挨拶してみた。「ストーニャ王国第一王子、ザグナヒコの息子、タガヒコと申します」

「お、おなじく、ストーニャ王国タガヒコ殿下の従者であります、マツスミです」

 マツスミもおっかなびっくりといった調子で続いた。地面に座り込んだままではあったが、なるべく姿勢良くした。

 

「コイツらはデゥィストレア人だそうだ」

 リザベートがあくび混じりに言うと、キッドは(鴉がそうできるならばの話だが)片方の眉毛を持ち上げて興味深げに二人を見下ろした。

 

「それでは、おまえたちを運ぶ前にストーニャに使いを送るとしよう。まぬけのデゥィストレア人のなかに、少しでも話のわかるやつはいるか?」

「それなら、ミヤリノが適切でしょう」

 タガヒコは鴉から無理に視線を外して言った。

「水源機械を発見した老人です。おれが一筆したためましょう」

「その必要は無い」

 リザベートは右手を縦にゆっくりと握ると、人差し指と親指の間にできた穴ぼこに向かって息をふきかけた。握った手の隙間が一瞬だけトパアズ色に煌めいた。手を解くと、一羽の半透明で小さな蟲がボバリングしていた。

 

 タガヒコとマツスミがまたも目の前の魔法に夢中になっていると、キッドがガラガラと笑って説明した。

 

「見聞きしたことを伝えてくれる使いの蟲だよ。ぼくやリザより素早く飛んでくれる。実に便利な魔法さ」

「ミヤリノという人のところへ、迷わず行きなさい」

 とリザベートが命ずると蟲はトパアズ色の閃光を残しながら瞬く間に砂丘の向こうへ飛び去って行った。

 

「準備はこれでいい。さあ、早くキッドの上に」


 リザベートは箒に跨りながら言った。キッドは姿勢を低くし、タガヒコとマツスミが背に乗りやすいようにしてくれたが、それでも巨大だ、二人は硬い羽毛をなんとか掴みながらよじ登らなくてはならなかった。キッドの羽毛は丈夫にできているらしく、二人がどんなに引っ張っても痛いだのくすぐったいだのと文句をつけなかった。


「じゃあ行こうか」

「ああ」


 リザベートは前にやってみせたときとおなじくふわりと空中に踊りあがった。キッドは少し助走を付けてから大きな翼をめいいっぱい伸ばし空中へ浮いた。


「飛んでる!」


 マツスミは興奮していた。タガヒコは振り落とされないようキッドの背に必死にしがみつくので忙しかった。そうこうしているうちに一人と一匹は高度をぐんぐんあげ、ペルベドンの巣は遥か下方に点となって見えるだけになった。


 気は進まなかったが、タガヒコはキッドの身体の脇から空と赤茶けた地面を垣間見た。風が物凄い勢いで服と髪の間を通り抜けていった。顔面が引き攣るほど風は強く打ち付けた。タガヒコとマツスミは頭を低くしながら鴉に命を委ねていた。


 リザベートはその光景を酷く面白がった。

「無くさないようにしっかり金玉ぶら下げとけよ。うちは保険効かないからな」

 と含み笑いで叫んでみたりするほど。

「金玉どころか四肢もげて無くなりそうですよ!」

 マツスミは唾を飛ばしながら叫び返した。




 一方その頃、使いの蟲は既にミヤリノの居場所を突き止めていた。居場所と言ってもミヤリノは屑鉄まみれの掘っ建て小屋に引きこもっていることがしょっちゅうで、探すまでもないのだが。

 蟲はミヤリノの周りを三周ほどクルクルと飛んだ。

「なんじゃ」

 見たことのない蟲にミヤリノは空飛ぶ屑鉄の翼部分の角度を求めて製図台と睨めっこしていた瞳を上げた。

「なんともまあ珍しい」

 蟲を捕まえようと手を伸ばすと、蟲は自ずからミヤリノの手の内に入り込み、トパアズ色に発光し、弾け消えた。

「なんと! こりゃ魔法か! あの坊主うまくやりおった!」

 蟲の消えた後にはトパアズ色のメッセージが表示されていた。一時間後にストーニャに戻ること、恐ろしの魔女が訪問すること、この訪問は必ず秘匿にされねばならないこと……。


 メッセージを読み終わったミヤリノは大慌てで貫頭衣を被って王宮へ走った。どうかあの出来損ないの王がそれほど酔っ払っていないことを願いながら。




 リザベートとキッドはストーニャから数キロほど離れた砂漠にゆっくりと降り立った。ここからは目立たないために徒歩での移動となる。


「仕事は終わりだ。突然呼び付けてすまなかったな。おまえもなにかあればすぐにわたしを頼りなさい」


 リザベートはキッドの首元を撫で付けてやりながら言った。

「リザのお願いならどこへでもすぐに駆けつけるよ」

「ああ。じゃあ、またいつか会おう」

「はい、リザベート。親愛なるひと」

 忠実なる相棒は頭を下げるとまた重力から解き放たれ、すぐに空の彼方へ羽ばたいて行ってしまった。

 

「やけにあっさりしているんですね」

「会おうと思えばいつでも会える」

 リザベートはローブのポケットの中から小さな笛を取り出した。

「鳥呼びの笛だ。これに魔力を込めればどんなに離れていてもキッドと意思疎通ができる」

 なんともまあ、魔法ってのは便利なものばっかりですねえとマツスミがのほほんと言った。


 一方のタガヒコはまだふわふわする空中遊覧を楽しんだ体を地面に慣れされるので手一杯だった。


「そんな調子で大丈夫か、オウジサマ。これから秘密の凱旋だぞ」


 リザベートがハッパをかけると、タガヒコは頬を叩いて「なんとかうまくやってみます」と答えた。とにかく今はそう言うだけで精一杯だった。

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