ストーニャ王国
「ストーニャに行くか?」
という言葉はダドワナ大陸でごく一般的に用いられるスラングで「ぶち殺すぞクソッタレ」とほとんど同義の意味を持つ。単に「ぶち殺すぞクソッタレ」と言うときより「ストーニャに行くか?」と言うときのほうが相手を馬鹿にする響きがより多く含まれるので、殊更憎たらしくて顔も見たくないまぬけを殊更ぶち殺したいときに人々は「ストーニャに行くか?」と口にする。
ストーニャとはダドワナ大陸の中央に嫌味ったらしく広がるデカいくせになんの役にもたたないボレバリス砂漠のはずれの国のことだ。ちなみにボレバリスとは古代ダドワナ大陸語でそのまま「デカいくせになんの役にもたたない」ことを意味する。
ストーニャの直近の国勢調査によれば同国の人口は約七千五百人ほど。君主制を採択しており、ザグナヒコという中年太りした薔薇色の頬を持つ巻き毛の男が現国王にあたる。
ストーニャに住むのはもちろんデゥィストレア人だけである。デゥィストレア人がデゥィストレア人のために作った国家なので、よっぽどのことがない限り移民は認められないし、例えよっぽどの事情がある移民だってストーニャに行くくらいなら喉元を掻っ切って地獄に行くのを望むだろう。
そのくらいストーニャには面白みがない。
あまりにも退屈なので国民であるデゥィストレア人は大抵いつでも場末のパブで無水エチルアルコールをストレートで煽って酔っ払っている。
そもそもの話、デゥィストレア人がストーニャを建国したのは何世代にも渡る執拗な迫害のせいだ。なにを隠そう、デゥィストレア人は正真正銘のまぬけだった。彼らを雇った商店は三日後には潰れて更地になっている、というジンクスがまことしやかに囁かれるほどだった。金勘定をさせたら位を間違え、客商売をさせたらたちまち喧嘩をし、狩りをさせれば仲間の首を討ち取って帰ってくるという有り様だったので、いよいよ人々はデゥィストレア人は我々と同じ人類ではないという結論に達した。
オカルト学者は宇宙のゴミだめみたいな場所から出発した彗星に乗って飛来した原始生命体がデゥィストレア人になったと主張したし、神学者は神が人を作った残りかすをより集めてリサイクルしたものこそがデゥィストレア人なのだと主張して、生物学者はデゥィストレア人は現生人類と違う、もっとまぬけで不細工でとんまな四本足の祖先から枝分かれして進化したのだ、それがたまたま我々と同じ見た目になっただけだ、と主張した。
喧喧諤諤の議論は終わりを見せなかったが、学者たちの中でひとつ合意されたのは、なんにせよデゥィストレア人はケツの穴に両手の親指を突っ込んで空を飛びたがっているほど正真正銘のまぬけだ、ということだ。
ちなみに実のところ、デゥィストレア人がケツの穴に突っ込んだのは親指ではなく小指だった。
とにかくそんなわけでデゥィストレア人は他の人々から馬鹿だと思われ、なにをやらせても猿より使えないので蝿のように追い払われた。彼らは自分たちの住む場所を自分たちで開拓するはめに陥った。その頃にはダドワナ大陸の温暖で湿潤で住みやすく実りが多い気候を持つ海沿いの地域のすべてに先客がいた。先客たちは土地のひとかけらもまぬけどもにやる気はなかった。従ってデゥィストレア人は砂漠の広がる、大陸の内へ内へと流浪した。
デゥィストレア人はボレバリス砂漠をうんざりするほど長いこと歩いた。ときどき年寄りや赤ん坊が死んだが、彼らは持ち前の楽観主義と独特の哲学で死を乗り越えた。
彼らは砂漠に生えたサボテンや小さなサソリや水溜まりの泥水を食ってなんとかその日その日を凌いでいるような状態だったが、とくに自分たちが可哀想だとは思わなかった。
もっと可哀想なのはデゥィストレア人ではない人々だ、とさえ考えていた。
どうして他のダドワナ大陸人はあんなにあくせく働いているのだろう、と彼らは常々不思議に思った。金を一の位まで正確に計算することになんの意味があるのだ? 気に食わない客に媚びへつらうことにどんな喜びが見いだせるのだ? 弓矢や剣の腕が良いことが、いったいぜんたい、どうしてそんなに良いことなのだ?
そんなものはあの世には持ち越せない。人間はとくに意味もなく生まれて意味もなく死んでいくだけなのに。すでに船には修復不可能な穴が空いていて、それを修復不可能だとわかっていながらなんとか直そうとするよりか、甲板に出て楽器でも弾いて酔っ払って海を眺めていたほうがずっといいし、ずっと素敵だ。
デゥィストレア人は各々そんなふうに哲学しながら片手間で砂漠をぷらぷらしていた。
すると、彼らのまぬけさをあまりに不憫に思った神だか創造主だか汎次元生物だか未知のエネルギー源だか知らないが、とにかくそんなような得体の知れないものが唐突にチャンスをくれた。
デゥィストレア人は砂漠のはずれに青々とした大地と巨大な池を発見したのだ。彼らはここをストーニャと命名してこれ幸いと住み着いた。面白みは全然ないが、もう馬鹿にされることも追い立てられることもない。周りに広がるのは萎びた老婆の垂れ乳のような砂丘ばっかりだけれど、及第点としよう。青い大地は遠くから見るとケツの穴の形に見えるけれど、それもまあ許容範囲だ。
おれたちはここで楽器を弾いてアルコールを飲んで楽しくやっていく、と彼らは決めた。いつかお迎えが来る日まで大騒ぎをしてやる。気に入らないやつは殴ったり蹴ったりしてやる。クソくらえ! おまえらなんぞはずっと自分のイチモツをじゅくじゅくやってりゃいい!
という経緯があってストーニャ王国ができた。初代の王は醸造がうまかったという理由で選ばれ、以下は世襲制となった。
これから始まるのは、そんなストーニャに住むひとりのデゥィストレア人の話。彼は偶然にも現国王ザグナヒコのひとり息子としてこの世に誕生し、王位継承権を手に握っていた。手放したくてしょうがなかったが、そうもいかなかったので仕方なく握っていた。
彼の名前はタガヒコだ。
彼は遺伝子の突然変異によって楽天性を失った心因性胃痛持ちのぱっとしない王子様だった。