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そのよん

 ある日のことです。

 草原をトコトコと歩いていたら、後ろから「おーい」と声をかけられました。

 どこかで聞いたことのある声だったので、少年と師匠は顔を見合わせて、振り向きました。

 そこにいたのは、ニコニコと笑う勇者さまでした。


「ひさしぶりだな、ずいぶんと大きくなったじゃないか」

「勇者さまは、勇者さまのままですね」


 頭をなでてくる手は変わらず大きくて、少年もニコニコと笑います。

 けれど、師匠の剣は嫌そうに顔をしかめ、小鳥の竜はキシャー! と鳥らしくない威嚇の声をあげました。


「私はあなたに用はありませんよ」


 シッシッと動物を追い払うように手を振る師匠の剣に、勇者さまは「俺にはある」と胸を張りました。

 頭を嫌がらせにつつこうとした小鳥をヒョイと捕まえ、もの珍しそうに見つめます。


「これはまた、ずいぶんと上手く育てたものだ」

「あたりまえでしょう。私がいるのですから」

「おまえには懐いてないだろうが、冗談は顔だけにしろ」

「顔は関係ないと思います」


 真面目に口をはさんだ少年に、勇者さまはゆかいそうにハハハと笑いました。

 その通りだとうなずいて、少年の頭を「大きくなったな」となでました。

 ピィピィと鳴いて嫌がる小鳥を放すと、勇者さまはマジメな顔になりました。


「頼みがある」

「イヤです。厄介ごとはいりません」


 キッパリと断る師匠の剣を無視して、少年の肩を抱きました。

 魔王が新しく生まれた、とささやきます。

 少年は予想はしていたので、やっぱり、と思いました。


 旅人の生活をしていると見えてくるものがあって、魔物の被害や荒れた土地が増えて、笑っている人や楽しく活気のある街が減っているのに気づいていました。

 魔王が生まれたことまではわかりませんでしたが、嘘だとは思えないぐらい世界は変わろうとしています。


 竜とは違って、魔王は人間や動物や世界を滅ぼすだけの生き物です。

 襲われる街が増えているのを、今は王国の騎士が守っているそうです。

 けれど、騎士たちの力では、魔王は倒せません。

 まだ生まれたばかりで弱いから、やっつけるのにちょうど良いそうです。

 早く倒さなければ魔王が強くなって、多くの人が死んでしまうと少年に告げました。


 今こそ、勇者の力が必要なのです。


「魔法の剣が必要なのですか? 勇者さまに返します」

「おいおい。そいつはもう、おまえの剣だ」


 勇者さまに剣を渡すつもりが、スッパリと断られました。

 戦うのは勇者さまの役割のはずなのに、どうやら違ったようです。


「ボクの剣? 普通のこどものボクが魔王と戦うの?」

「捨てないで! 絶対に捨てないで! 私はあなたの剣です!」


 ビックリ顔になった少年に、あせったように師匠の剣が抱き着きました。

 ピィピィと小鳥の竜も頭にしがみつくし、ふたりして泣き出すし、なんだかカオスです。


 けっきょく、作戦会議という名前の野宿をすることになりました。

 けれど、作戦らしい作戦はありませんでした。

 本当の姿に戻った竜の背中に乗り、少年が魔王の本陣に突っ込んで、魔法の剣で必殺技を全力で放つ。

 ただそれだけで、灰になって魔王も魔物も消えると、勇者さまは言いました。


「国王陛下たちにも、今の勇者はおまえだって、話は通しておいたから大丈夫だ」

「人間なんて、助ける必要はないのに」


 安心しろとニコニコする勇者さまでしたが、師匠の剣は不満そうです。

 だって、少年も竜もワルモノの犯罪者として、ずっと王様や騎士に追いかけられてきたのです。

 すぐには安心できません。


「自分勝手な都合で、助けてくれなんて言い出す恥知らずなのですから、あなたは怒っていいのですよ」


 ずっとワルモノ扱いしてきたのだから、謝る気もないでしょう。

 プンプンと自分のことのように怒る師匠の剣に、思わず少年は笑ってしまいました。


「ボクたちはワルモノとして追いかけられたけど、ボクたちはワルモノなんかじゃないのと同じで、王様も騎士さんたちもワルモノじゃないよ」


 王様や騎士たちは、国や民を大切にしています。

 竜の怖さを知っているから、どうにかしたかったのです。

 だから、王様や騎士たちは話し合って、竜の卵を殺すことに決めたのです。


 けれど、あの日。

 勇者のこどもは、それを「良し」とせずに逃げました。

 竜の卵と魔法の剣を持ち逃げしたのは、本当のことです。


 竜はとても怖い生き物です。

 魔王もとても怖い存在です。

 たくさんの人が死んで、たくさんの街が壊れて、かなしい時間があったことを、忘れる事なんてできません。


 王様も騎士も、竜の怖さを知っています。

 怒っていたのは、怖かったからです。

 追いかけてきたのも、怖かったからです。

 怖い怖いと叫びながら、その怖さをわかってほしかったのです。


 理解されないのは、かなしい事です。

 否定されることも、かなしい事です。

 わかってもらえないかなしみで、人間は深く怒るのです。


「勇者のこどもよ、そうやってあなたはゆるすのですか?」

「ボクは、ゆるしてないよ。だって、ボクも怖かったもの」


 追いかけられて怖かったし、ワルモノにされてかなしかった気持ちは、少年だけのもので消えません。

 ゆるさないほどの理由がないように、ゆるせるだけ理由もないのです。


 だけど、うらんだり、やつあたりする気にもなりません。

 かなしんでいる人ではなく、暴れたいからわざと怒る人や、別の理由で怒っていて、その八つ当たりで怒る人であったら、少年も怒ってグーでなぐってしまうかもしれません。


 ゆるすとか、ゆるさないとか、そういう問題ではなく。

 わかってほしい、わかりたいと、願ったのは少年も同じだったから。

 わかってもらえない「かなしみ」で怒っている人を、ワルモノにするのは違うと思うのです。


「ゆるさないのに、行くのですか?」

「ゆるせない人がいたとしても、ボクのやりたいことは変わらないよ」

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