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そのに

「そなたが、勇者のこどもか?」


 森から出た後、なんにちも馬で駆けてお城にたどり着くと、すぐに王様に会いました。

 少年は片膝をついて、右手を左肩にあて、顔を伏せて「ハイ」と答えました。

 身分のある人と話すときはこうするのだと、勇者さまに教えてもらっていたのです。


「勇者と同じことができる……というのは、本当か?」

「勇者さまは、そう言いました。ただ、いつも勇者さまはひとりで出かけていたので、どこまで同じことができるのか、ボクにはわかりません」


 正直に少年が答えると、そうか、と王様は予想どおりに困ったようにうなずきました。

 なにも言わずに、王さまはしばらく悩んでいました。

 それでも心を決めたのでしょう。

 ひとつだけ大きくうなずくと、立ち上がりました。


「来なさい、そなたに頼みたいことがある」


 王様の後ろについて歩くと、ゾロゾロと騎士たちも囲むようにしてついてきました。

 その中には、お城まで少年を馬に乗せてくれた騎士もいました。

 広いお城の中をドンドンと奥へと進み、細長い階段を上ったり下りたりを繰り返しました。


 とうとう一番奥にある塔の、一番上の部屋にたどり着きました。

 そこには、不思議な光の模様が幾つも浮かんでいる、不思議な扉がありました。

 王様が扉の真ん中に手を置くと光の模様は消えました。

 普通の木の扉になった扉は、王様が押すと簡単に開きます。


「勇者のこどもよ。その剣で、あの卵を殺してほしい」


 小さくてほこりっぽい部屋の中には、壁に深く刺さったままの剣と、床に転がった卵がひとつ、ありました。

 壁に刺さったままの剣は、見えている半分ほどは剣の形をしていたけれど、まるで灰色の石のように固まっていました。

 床に転がったままの卵も、人の頭ぐらいの大きさがあって、赤い色をしていました。

 もうすぐ生まれるのか、卵にひびが入って、中からカリカリとカラを割ろうとする小さな音がします。

 どちらも長い間、ほったらかしにされていたのがわかるぐらい、ホコリでよごれていました。


「王様、あの剣は、なんですか?」

「そなたを育てた、勇者の剣だ」


 なんでも魔王や邪竜を倒した後で、勇者さまが「次の勇者にくれてやる」と言って、壁に突き刺したそうです。

 魔法の力を持つ意志がある剣なので、持ち歩くより良いだろうという事らしいです。

 剣が認めた人にしか使えないから、王様や王子様や騎士たちも抜こうとしたけれど石と変わらず、壁に刺さったままなのだそうです。

 いかにも勇者さまらしい行動ですが、こうして王様から話を聞くと、とんでもない勇者さまです。

 他人のお城に剣を突き刺すのはいけない事だと、今度、会ったら注意しなくてはいけません。


「王様、あの卵は、なんの卵ですか?」

「邪竜の卵だ。孵える前に滅ぼしたかったが、まだ生きている」


 叩いても、煮ても、焼いても、冷やしても、生き続けているそうです。

 どうやっても殺せないのだと悔しそうでした。

 忌々しい、と怒りに満ちた王様の顔に、少年は首をかしげました。


「まだ生まれていないのに、邪竜ですか?」


 勇者さまが教えてくれたことを思い出します。

 邪竜が暴れたとき。

 国の半分が崩れて、立ち直るまでとても大変だったと。

 邪竜を倒してからもすぐには復興できず、お腹いっぱいにご飯が食べれるようになるまで時間がかかったと。

 その災害の様子も教えてくれました。


 けれど、竜は賢い生き物です。

 たとえ邪竜から生まれたとしても、生まれついての邪悪な生き物ではないのです。

 生まれてから大人になる間に、育ち方や教え方の差で、善くも悪くもなる生き物なのです。

 敵対すれば災害でも、味方になると勇者さまの何倍も強いそうです。

 関わり方で敵にも味方にも変わるのだから、人間とよく似た生き物だろう? と、その時の勇者さまは笑っていました。


「王様。まだ、卵です。善き竜に、育てませんか?」

「なにを言う! コレは、邪竜の卵だぞ! さっさと殺せ!」


 怒り出した王様に、少年は肩をすくめました。

 まわりにいる騎士たちも、怒鳴りたいのを我慢して、黙っているようでした。

 ここにいるのは、かつて邪竜と戦った人たちばかりなのです。

 少年のように思えなくても、しかたないでしょう。

 知識として知っていても、経験した不幸は大きいのです。

 それに、怒っている人には、仲よくするための言葉は通じません。


 勇者さまなら、こんな時はどうするだろう?


 想像することしかできませんが、きっと、少年がこれからやろうとすることと、それほど違わない気がします。

 少年は話し合うことをあきらめて、壁に突き刺さった剣に近寄りました。

 

「剣よ、ボクに力を貸して」


 柄をにぎると、ペキペキと音を立てて固まっていた灰色ははがれおちました。

 まばゆいほどに光を放ちだした剣を、少年は引き抜きます。

 白い刃はキラキラと輝いて、王様や騎士の目をくらませます。

 大人たちがうずくまっている間に、少年が小窓のある方向へ剣を一振りすると、あっけなく壁が崩れました。


「今はまだ、ナニモノでもない、ただの卵を殺すぐらいなら」


 空しかない壁の向こうへと、少年は卵を抱えて走ります。

 ぽっかりと開いた大きな穴から飛び出しました。

 高い塔の上から、空へと身を躍らせます。


「待て、剣を盗み、邪竜を逃がす気か!」

 目を抑えながらも、騎士たちが部屋の中へと駆け込んできました。


「それが、勇者のこどものすることか!」

 ヨロヨロと立ちあがりながら、王様が叫びました。


 落ちていく少年を、崩れた塔の穴から、王様や騎士たちがのぞいていました。

 ドロボウとか、ワルモノめという言葉も追いかけてきます。

 口々に「卵を殺せ」と叫んでいる大人たちを見て、落ちながら少年は笑いました。


「ボクは、あなたたちにとっての、ワルモノでいい」


 他の誰もが、ワルモノだと言っても。


 少年は、勇者が育てたこどもです。

 そして、勇者の剣が認めたこどもです。

 だから、勇者のこどもとして、正しいと思うことを、迷わず実行するのです。


 そして、勇者の剣に願いました。

 卵から竜が生まれるまで、邪魔が入らないぐらい、遠くへと運んでほしいと。

 邪竜なんて呼ばれないぐらい、強くて優しい竜に育てられる場所に行きたいと。


 魔法の力を持っている勇者の剣は、ピカピカと光って願いを叶えられる場所へと、少年の体を運ぶのでした。

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