そのいち
「勇者さま。どうか、力を貸してください」
森の中にある小さな家に、王国の騎士が訪ねてきました。
ヒョコリと顔を出した少年は、少しだけ困った顔になりました。
「ごめんなさい。勇者さまは、旅に出てしまいました」
「旅、ですか?」
「勇者さまは、本物の勇者さまなので、ちょっとしたおでかけが、旅になってしまうのです」
なにしろ、勇者さまは人助けが大好きなのです。
ちょっとだけ行ってくるよ、とすぐに帰るつもりでお出かけしても、ひとり助けると次の困っている人を見つけてしまう勇者さまです。
困っている人を助けると、また次の人を見つけて助けてしまいます。
すぐに帰ってくるよとお買い物に出かけたときも、ひとりを助けると、ふたりめも助けてしまい、続けて3人4人と手助けしているうちに、1ヵ月ぐらい帰ってこないのです。
それでも、少年が本当に小さな子供の時は、毎日おうちに帰ってきていたのですが、少年が身のまわりのことができるようになった今は、勇者さまものびのびとお出かけしてしまうのです。
だから今みたいに、人助けをしてくるとお出かけした時には、何年も帰ってこないでしょう。
そんな少年の説明を聞いて、騎士は困った顔になりました。
「勇者さまのいる場所はわかりますか?」
「困っている人が、いるところです」
「困った、困ったと広めれば、勇者さまはお城まで来てくれるでしょうか?」
「それはわかりません。お城にはたくさんの人がいるのでしょう? たくさんの人が力をあわせれば、できることが増えて、勇者なんていらないそうですから」
そう勇者さまは言っていましたと伝えると、騎士は頭をかかえました。
それは、まちがった言葉ではないけれど、力をあわせてもできないことがあって、困っていると言いました。
少年は驚きました。
大人である騎士が泣きそうな顔になるほど、困ったことがお城で起こっているなら大変です。
「勇者さまはいませんが、勇者さまにできることは、ボクにもできるそうです。旅に出る前に、勇者さまが言っていました」
「本当ですか?」
「本当です。ボクはこの家でずっと暮らしていましたが、ボクにいろいろと教えてくれたのは、勇者さまですから」
ちょっとだけ待っていてくださいと、テキパキと旅の準備をする少年の姿に、それまでションボリしていた騎士は、急に元気になりました。
騎士から見れば、10才の少年はまだまだ子供でしたが、旅支度の手際を見れば、確かに勇者の代わりができそうです。
それに勇者がいない理由を、少年なら王様に正しく伝えられます。
「ところで、キミは誰ですか?」
あっという間に旅の支度をした少年と、お城に向かって歩きながら、騎士はたずねました。
不思議に思うのもしかたありません。
勇者には家族がいないはずでしたから。
よくある質問だったので、少年はニコニコと笑いながら答えました。
「ボクは、勇者さまのこどもです」