(9)終了の夜明け
「夏の闘技会」は、この九話目で、終了です。
まだ異種達の全貌が判らないかと思いますが、
雰囲気や何かだけでも、少しでも伝わったらいいなと思っています。
五日間続いた闘技会は、無事、幕を降ろした。
閉会式を終えた異種たちは、今まで泊まっていた宿泊先へは帰らず、直接、
別の高級宿へ行く事になっていた。
其処には各地各国の名門貴族や富豪が宿泊しており、闘技会の無事終了を祝って、
こぞってパーティーを開く事になっていた。
当然、異種たちも、快の貴婦人以外は全員参加する事になっていた。
パーティーは軍服や礼服、ドレスを纏った紳士淑女たちが、
立食し乍ら夜更けまで喋ったり踊ったりするのだが、端から物珍しい異種たちは、
それぞれ年齢層様々の紳士淑女に取り囲まれ、まるで珍獣扱いであった。
のっぽの蘭の貴婦人も、勿論、例外ではない。
薄桃色のドレスに身を包んだ彼女を、二、三人の紳士たちが取り囲んで、
あれや此れやと話し掛けてくる。
「実に素敵な髪だ。其の愛くるしい瞳も、なんて素敵なんだ」
「どうですか?? 僕と一曲・・・・」
手を差し伸べてくる紳士たちに、蘭の貴婦人は内心きーっと叫んだ。
邪魔、邪魔、邪魔だわ!!
遂に堪らなくなった蘭の貴婦人は、
「ちょっと、ごめんなさい!!」
紳士たちの間を擦り抜けた。
そして、ドレスの裾を上げて、会場を見回す。
あちこちで同族が貴族たちに捕まっている。
が、彼女の御目当ての翡翠の貴公子の姿が見当たらない。
パーティーが始まって直ぐにでも探したかったのは山々だったが、
始めの一刻は異種たちは群がる人々に殆ど身動きが取れなかったのである。
よって異種たちにとってのパーティーとは、怒涛の接待地獄と云っても過言ではないのだ。
そして漸く身動きが取れる様になった蘭の貴婦人だったのだが、
本命の翡翠の貴公子の姿が何処にも見当たらなかった。
蘭の貴婦人は立食している夏風の貴婦人を見付けると、ぜぇぜぇと駆け付けた。
象牙色の胸の開いたドレスを着た夏風の貴婦人の隣には、
異国の紳士がワインを片手に何か話し掛けている様だったが、
蘭の貴婦人は構うものかと云う様に割って入った。
「主っ・・・主、見なかった??」
夏風の貴婦人は小料理を摘み乍ら、のっぽの蘭の貴婦人を見上げると、
「あいつなら、もう部屋に戻ったわよ」
もぐもぐと食べ乍ら答える。
「え・・・ええええ!!」
蘭の貴婦人は思わず仰け反ると、其の儘ガクリと頭を落とした。
接待嫌いの翡翠の貴公子が、いつもさっさとパーティーを切り上げるのは知っていたが、
だからこそ今日は、いつもより早く群がる紳士の輪から抜け出して来たと云うのに・・・・
「無念・・・・無念だわ」
すっかり意気消沈の蘭の貴婦人である。
すると更に夏風の貴婦人は、こんな事を言った。
「そう云えば金の貴公子も、同じこと訊いてきたわね」
其の言葉に、蘭の貴婦人は桃色の目を据わらせる。
「金の貴公子なんて、どうだっていいのよ。どうせ男同士、部屋に行き来出来るんだから」
此の日、異種たちは皆、同じ宿に宿泊してはいたが、男子と女子の部屋は、
やはり離れた棟に在った。
故に部屋に戻られると、男女が互いに行き来するのは非常に憚られるのだ。
はああああ・・・・。
蘭の貴婦人は、すっかり遣る気を失くすと、カクテルをぐびりと飲んだ。
其処へ一人の紳士が近付いて来ると、
「一曲、御願い出来ますか??」
誘って来る。
蘭の貴婦人は、ほほほほ!! と高笑いすると、「何曲でもよくってよ」と手を差し出した。
其れを傍目に見ながら、うん、自棄になっているな、と、夏風の貴婦人は八重歯を覗かせて笑った。
そんな蘭の貴婦人の無念など知る由も無い金の貴公子は、
何に憚られる事もなく翡翠の貴公子の部屋を訪れていた。
女性をこよなく愛するフェミニストな金の貴公子にとって、
パーティーでの貴婦人の出逢いは欠かせないものであり、
普段ならば自ら進んで貴婦人たちの接待に励むのだが、
今夜は翡翠の貴公子の腕の怪我が気になって、珍しく早々と切り上げて来たのであった。
金の貴公子がノックもせずに扉を開けて中へ入ると、
翡翠の貴公子は軍服を着た儘、長椅子で寝息を立てていた。
闘技会の疲労の為か、金の貴公子が近付いても起きる気配がない。
翡翠の貴公子の左腕を見てみる。
どうやら、ちゃんと手当ては受けた様だ。
しかし首から布で腕を吊っている姿を見ると、
本当に大丈夫だろうかと心配してしまう金の貴公子。
まじまじと翡翠の貴公子を見下ろす。
それにしても・・・・。
こんな所で朝まで眠るつもりなのだろうか??
「もしもーし。こんな所で寝ると、風邪ひきますよ~~」
金の貴公子が小さく声を掛けてみたが、まるで反応する様子はない。
よく見ると、眠っている翡翠の貴公子の頬が、うっすらと赤かった。
成る程。
疲労も在るが、酒にやられてしまった様だ。
こうなると翡翠の貴公子は朝まで起きない。
金の貴公子は仕方ないと云う様に溜め息をつくと、隣の寝室から毛布を持って来た。
そして、そっと翡翠の貴公子に掛けて遣る。
「本当・・・・此の人、酒に弱いよな」
夏風の貴婦人に続く無敵の此の男の弱点と云ったら、此れであろう。
異種の男子同士で飲んでいても、翡翠の貴公子は、ワイン二、三杯で眠りこけてしまうのだ。
一緒に居て、本当、飽きない人だ・・・・。
此の人に生涯ついていこうと決心した日の事を、思い出す。
決して忘れる事のない、過去のあの瞬間・・・・。
眠っている姿も、此の人は本当に綺麗だ。
他のどの同族とも違う、此の独特な雰囲気は何なのだろう??
長い翡翠の睫毛が綺麗な陰影を、桜色に色付いた頬に落としている。
見惚れてしまう・・・・時さえ忘れてしまいそうな程に。
「!!」
其の刹那、金の貴公子は我に返った。
踵を返して部屋を跳び出す。
そして扉の前にしゃがみ込むと、床を思いきり拳で殴り付けた。
其のまま大きな手で己の顔を覆い、
「そういや、今日、約束あったんだっけ・・・・」
行く気しねぇ・・・・。
一人、呟く。
公爵夫人との密会の約束は今夜の最後の鐘の音が鳴る刻だ。
だが金の貴公子は回廊の窓辺に寄ると、其の背から黄金の翼を解き放った。
闇夜に閃く其の輝きは、約束の場所とは全く違う方へと飛び、遠くなって行く。
夜の雲間を越え、やがて彼が舞い降りたのは、高級娼館の一つの窓だった。
金の貴公子が甘い香りの漂う部屋の窓際に腰掛けていると、暫くして部屋の主が戻って来た。
「あら・・・・吃驚した。来ていたのね」
突然の訪問者に微笑んだのは、亜麻色の髪にエメラルドの瞳の美しい女だ。
雅な衣と宝石を纏った此の美しい女の名は、シルフィーニ。
彼女は此の高級娼館の売れっ子娼婦で、金の貴公子とは、もう二年近く関係を続けている。
「君に逢いたかった」
金の貴公子が切なげに囁いた。
だが、シルフィーニは困った様に笑うと、
「ごめんなさい。今日は無理よ。判るでしょう??
闘技会の後で熱を持った殿方が、わんさか来てるのよ」
首を振る。
すると、
「なら、いい」
金の貴公子は顔を背けると、今にも窓辺から飛び発とうとした。
すると慌ててシルフィーニは駆け寄った。
「待って!! いいわ。いらっしゃいな」
そう言って金の貴公子に手を伸ばすと、優しく抱きしめる。
「又、そんな、傷付いた仔犬みたいな顔をして・・・・」
彼の金の髪に口付ける。
金の貴公子は暫く黙っていたが、シルフィーニの柔らかな身体に手を回すと、
「シルフィーニ・・・・君が・・・・好きだ・・・・君の事を愛してる・・・・
誰よりも愛してる・・・・他の女なんて、本当は、どうだっていいんだ・・・・
君だけを愛してる・・・・君しか見えないんだ・・・・こんなに傍に居るのに・・・・
こんなに愛してるのに・・・・判ってよ・・・・」
震える声で縋ってくる。
シルフィーニはエメラルドの瞳を細めると、優しく微笑んだ。
「可哀相に・・・・」
そうして金の貴公子の髪を撫で乍ら、
「其の言葉を一等好きな人に伝えられなくて・・・・辛いのね」
彼の頭を埋める様に胸に抱き締めた。
こうして三年に一度の闘技会を終えた異種たちの夜は更けていくのだった。
ここまで読んで下さり、有り難うございます。
「どこがBLなんだ?!」と言われそうですが、
まだ始まったばかりの物語なので、これからそれを感じて戴ける御話を、
UPしていくつもりですので、次の御話も付き合って下さると嬉しいです。
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆