(8)闘技会最終日
背に翼を秘め、神秘な力を持つ異種たちの長い長い物語です。
この第八話は、いよいよ夏風の貴婦人と翡翠の貴公子との対戦です。
二人の闘いっぷりを楽しんで戴けたら幸いです。
闘技場は、今年最後の試合に騒然と蠢いていた。
銅鑼の鐘の音と共に騎兵たちが入場すると、既に酒に酔った観客たちが叫び出す。
「おおおお!! 早くやっちまえー!!」
眼下に広がる舞台に現れたのは、橙砂と鉱緑の軍隊であった。
一回戦で早々と副将を失くした鉱緑の騎兵はニ回戦の黒耀との試合で更に激減し、
既に二十騎余りしか残っていなかった。
対する橙砂の軍は、副将二騎を含めた倍の四十騎。
しかも橙砂の副将が腕利きである事は、今迄の試合で明らかだった。
頼り甲斐の無い騎兵たちを引き連れて、何とか今まで凌いできた鉱緑の大将の強さも、
観客には目に瞠るものが在ったが、同時に橙砂の大将の凄さも明確なだけに、此の試合、
どう見ても鉱緑の分が悪過ぎた。
騒ぎ出す観客に応えるかの如く、遂に銅鑼の音が鳴った。
其の音と共に橙砂の軍が一斉に鉱緑に押し寄せて来た。
が、橙砂の軍は大将で在る翡翠の貴公子には目もくれず、鉱緑の騎兵たちを潰しに掛かった。
まずは小物から潰すつもりなのか?? と伺えたのも束の間、橙砂の副将のニ騎が、
大将の翡翠の貴公子の両側から同時に襲い掛かって来た。
翡翠の貴公子は副将の長棒を跳ね返すと、馬を走らせる。
だが橙砂の副将は翡翠の貴公子の両側にぴたりと付くと、
休む間を与えないと云う様に左右から打ち込んで来る。
すると正面から橙の鬣の騎兵が現れたかと思うと、橙砂の大将が突っ込んで来た。
翡翠の貴公子は夏風の貴婦人の長棒を振り払うと、其のまま左右の副将を薙ぎ払い、
橙砂のトライアングル攻撃の中から抜け出した。
だが何度、其のトライアングルから抜け出しても、橙砂の副将はぴたりと横に付き、
まるで壁の様に次から次へと攻撃を仕掛けて来る。
そして、ぐるりと一回転して来た夏風の貴婦人が再び正面から襲い掛かって来る。
其の光景を目の当たりにした観客は動揺を露わに声を上げた。
「ありゃあ、挟み撃ちどころじゃねえ!!」
「完全に包囲されちまってる!! 逃げ道ねぇな・・・・」
「本当の戦でも、こんなのだけは勘弁して欲しいもんだぜ」
昂ぶる緊張が更に観客を興奮させていた。
「しかも橙砂の副将はニ騎とも強えぇ」
「一騎は女だって聞いたぜ??」
「そりゃあ、大将の事だろう??」
「いや、副将の一人が女だそうだぜ」
確かによく見ると、翡翠の貴公子の左側に付いている副将は、やや小柄であった。
「最近、増えてるらしいぜ。ああ云った逞しい女がさ」
「うわ・・・・嫌だねぇ。女は、やっぱり、こう、可愛いのがいいぜ」
此処、近年、夏風の貴婦人の影響か、兵士志願の娘が少なからず増え始めていた。
そして彼女たちは口を揃えて言うのだ。
「夏風の貴婦人様の様に強くなりたい」と。
橙砂の副将もそんな出の娘で在ったが、其の技量は既に並みの男を遥かに越えていた。
そんな副将に挟み撃ちにされた上に、
正面から大将の夏風の貴婦人から攻撃を受ける翡翠の貴公子は応戦に追われていた。
此の状態では最早、馬の足を緩める事は出来なかった。
執事が駿馬を用意してくれて助かった。
翡翠の貴公子は夏風の貴婦人の四回目の攻撃を打ち払うと、
此のトライアングルから脱する方法を模索していた。
そんな翡翠の貴公子を、夏風の貴婦人は明らかに面白がっていた。
早く重い一刀を翡翠の貴公子にぶつけると、ぐるりと場内を半周して、また襲って来る。
騎兵たちが乱闘を繰り広げる傍で、四騎だけが猛然と場内を走り抜けていた。
其れを見る異種たちも流石に舌を巻いていた。
「あれは、流石に・・・・きついね」
白銀の貴公子が、しみじみと声を漏らす。
其の隣で漆黒の貴公子も頷く。
金の貴公子は、ぶるぶると拳を握る手を震わせ、
「な・・・何だよ、あれ!! ひでぇ!! 卑怯だ!!」
見ていられず、ぎりぎりと歯軋りする。
と同時に、やはり夏風の貴婦人は恐ろしい女だと思った。
一体どうやって翡翠の貴公子は、此の魔のトライアングルから抜け出すのだろう??
繰り返される橙砂の攻撃に、誰もが鉱緑の大将がどう出るのか目を離せずにいた。
翡翠の貴公子は考えていた。
とにかく此の状況から抜け出さなくては。
翡翠の貴公子は馬を猛然と走らせ乍ら、右の副将を見た。
左の女副将に比べて、右の巨漢の副将の方が僅かに技量が劣っているのを、
翡翠の貴公子は感じ取っていた。
此れしかない。
どちらかの相手をしている内に、どちらかが長棒を振り上げて来る。
其れを駿馬で辛うじて振りきっても、正面から回って来た夏風の貴婦人に足止めをされてしまい、
また囲まれる。
其の繰り返しだ。
一刻も早く、此の状況を壊さねば。
そう長くは堪えられない。
翡翠の貴公子は二騎の副将の長棒を振り払うと、馬を一層速く走らせた。
其処へ夏風の貴婦人が真正面から突っ込んで来る。
其れを翡翠の貴公子がニ振りで払うと、再び副将が両側にぴたりと付いた。
通り過ぎた夏風の貴婦人は又、半周、馬を走らせる。
チャンスは此の時しかなかった。
翡翠の貴公子は右側の巨漢の副将に思いきり長棒を打ち込んだ。
一瞬、右の副将の身体が体制を崩す。
其れを確実に崩さんと、翡翠の貴公子は更に打ち込んだ。
だが其の隙を狙うかの様に、左の女副将が長棒を振り翳して来た。
しかし。
翡翠の貴公子は振り返らなかった。
振り返らずに・・・・左腕で受けていた。
「痛っ・・・!!」
翡翠の貴公子は歯軋りしたが、其のまま右の副将に更に長棒を打ち込むと、
遂に右の副将を地面へと落とした。
そして一気に馬を走らせる。
女副将は一瞬、唖然としたが、はっとして翡翠の貴公子を追い始める。
其処へ回って来た夏風の貴婦人が強い一撃を振り下ろして来る。
が、今度は通り過ぎる事はなかった。
女副将と翡翠の貴公子を挟み撃ちに、がんがん長棒を振り下ろして来る。
トライアングルは確かに相手の動きを封じるには最適であったが、其の分、
夏風の貴婦人の攻撃力は半分も発揮されてはいなかった。
だが正面と片方が空いたとなると、今度は鬼女の遣りたい放題であった。
夏風の貴婦人と真面に遣り合い乍ら左の副将の相手をするのは無理があった。
夏風の貴婦人ほどではなくても、此の副将もかなりの凄腕である。
故に翡翠の貴公子は駿馬を走らせた。
馬の足が及ばないのか、ニ騎は少し遅れる。
其の隙に翡翠の貴公子は乱闘を広げる騎兵たちの間を縫う様にして入った。
後を追って来た夏風の貴婦人と副将は舌打ちをし乍ら、ばらばらに騎兵の間に入ると、
翡翠の貴公子を追う。
途中、橙砂の騎兵が翡翠の貴公子目掛けて攻撃して来たが、彼は難無く躱すと、
一気に加速をつけて橙砂の副将に接近し、長棒を鋭く打ち込んだ。
其の勢いに橙砂の副将の身体が揺らいだ。
だが彼女は直ぐに体勢を整えると、渾身の力を込めて打ち込んで来た。
翡翠の貴公子は片腕で其れを受け払うと、更に連続して打ち込む。
目の端で夏風の貴婦人の姿を確認する。
彼女が来るまでに此の副将を倒さねば・・・・。
翡翠の貴公子は今迄にも増して速く切れの良い一刀を打ち込んだ。
驚く事に橙砂の副将は両腕で其れを受け止めた。
だが其れが限界だった。
翡翠の貴公子が更に鋭利な一刀を打ち込むと、副将は一瞬、宙を揺らめき、落馬した。
其処へ猛然と夏風の貴婦人の一撃が襲い掛かって来る。
翡翠の貴公子は其れを受け流すと、埃立つ騎兵たちの中から抜け出した。
其の後を夏風の貴婦人が追って来る。
遂に二人の追い駆けっこが始まった。
翡翠の貴公子は、ごった返す軍から大分離れると、今まで逃げていた馬の足を止め、踵を返し、
夏風の貴婦人目掛けて馬を走らせた。
二人の大将は物凄い勢いで長棒をぶつけ合う。
ガンッ!!
激しい金属音が場内の人たちの耳を突くと、二人は其の儘ギリギリと長棒を押し合う。
其れを見た観客は堪らないと云う様に次々と立ち上がった。
「大将の一騎打ちが始まったぞ!!」
「すげええぇぇ!!」
夏風の貴婦人は長棒を押し返すと、間髪を置かずに打ち込んで来る。
其れを翡翠の貴公子は横に払うと、更に速い振りで打ち込む。
両者は一歩も譲らないと云う様に激戦を繰り返し始める。
そんな闘いの中、冑の下で夏風の貴婦人は笑っていた。
「最高・・・・楽しいわ」
にぃと笑うと、大振りを振り翳して連打して来る。
其れを受け止める翡翠の貴公子の表情は外からは判らない。
夏風の貴婦人は掛け声と共に大きく横払いをすると、
手綱を強く持って体勢を整え乍ら長棒を構える。
翡翠の貴公子も数歩馬を下がらせると、長棒を縦に構え直す。
ニ騎、ゆうるりと小さな円を描いて馬を歩かせ始める。
夏の太陽の様な橙の瞳をぎらぎら光らせ乍ら、夏風の貴婦人が冑の隙間から睨む。
「白銀の貴公子と遣り合うのもいいけど」
夏風の貴婦人は手綱をきると、
「あんたと遣り合うのが・・・・一番楽しいわっ!!」
馬の腹を強く蹴り、一気に翡翠の貴公子に襲い掛かって来た。
翡翠の貴公子は咄嗟に両腕で長棒を掴むと、激しい一撃を受け、払い、
間を置かずに今度は自分から打ち込む。
其のまま二人は又、激しい一騎打ちを始める。
闘技場の舞台を見ると、二人の大将を見守る様に橙砂の軍がぐるりと取り囲んでいた。
鉱緑の軍は既に全滅し、あちこちで落馬している。
だが橙砂の軍は翡翠の貴公子に手を出そうとはしなかった。
皆、大将同士の壮絶な一騎打ちに目を奪われていた。
夏風の貴婦人は持ち前の速い力技で、間髪を置かずにどんどん責めて来る。
其れを躱し払い乍ら、翡翠の貴公子は速く正確な攻撃を打ち込む。
其れを又、切り返しの速い彼女が猛然と打ち込み返す。
闘技場の客席は既に紅く包まれ始めていた。
夕暮れが二人の大将の甲冑を金色に光らせている。
此の試合、決着が着くのか??
大将同士、既に肩で息をしているのが見える。
だが、どちらも引く様子はない。
此の儘では日が暮れてしまうのではないか・・・・??
そう誰もが思った時だった。
翡翠の貴公子は夏風の貴婦人に強い一刀を打ち込むと、不意に逃げる様に馬を速く走らせた。
其れを直ぐに夏風の貴婦人が追い、二人は横並びに馬を走らせ、円を描き乍ら再び激戦を始める。
闘技場には、二頭の馬の蹄と金属の打音だけが鳴り響く。
ガン!!
ガン!!
ガガン!!
無機質な音と砂埃を上げ乍ら、二人を乗せた馬が闘技場を走る。
だが一周、二周・・・・と広い場内を回り掛けた頃、突如、
翡翠の貴公子が勢い良く手綱を引いたかと思うと、跳ね返る様に振り返った馬と共に、
思いきり夏風の貴婦人に長棒を打ち込んで来た。
夏風の貴婦人は馬の手綱を強く引き乍ら応戦しようとしたが、勢い良く加速をつけて来た為、
馬も彼女も身体が反応出来ずに体勢を崩し掛ける。
其れでも彼女は直ぐに体勢を整え様としたが、其の間を与えないと云う様に、
翡翠の貴公子が鋭い一撃を打ち込んで来た。
夏風の貴婦人は辛うじて長棒で受けたものの、鞍からずれた体勢では、
そう長くは持ち堪えられなかった。
翡翠の貴公子の弧を描く様な最後の一刀に、とうとう夏風の貴婦人の身体が馬から落ちた。
其の瞬間、全ての人間の息が止まった。
が。
夏風の貴婦人の腕を、翡翠の貴公子の腕が掴んでいた。
其の彼の腕が彼女を地面に激突させる事なく、ゆっくりと着地させる・・・・。
夏風の貴婦人は翡翠の貴公子の手に、そっと触れると、
「あんた、此の腕で、よく遣ったわね」
満足した様に笑った。
銅鑼の鐘が夕暮れの空に響き渡ると、感動に爆発した歓声が雨の如く降り注いだ。
翡翠の貴公子が更衣室に戻ると、白の貴公子が寛いだ様に椅子に腰掛けていた。
どうやら騎馬戦の前の試合を終えてから、ずっと此処で休んでいた様だ。
「御長い試合で」
白の貴公子が口笛を吹いたが、翡翠の貴公子は答えず、甲冑を脱ぎ始める。
白の貴公子は更衣室の外の廊下の窓から試合を眺めていた様だ。
翡翠の貴公子は甲冑を全て脱ぐと、取り敢えず椅子に座って、ふう・・・・と溜め息をつく。
其処へ、
「失礼致します」
翡翠の館の執事が入って来た。
「主様、御手当てをさせて戴きます」
執事は白い深皿にポットとタオルを乗せた物と、救急箱を持っていた。
どうやら今の試合で痛めた翡翠の貴公子の腕の手当てをしに来たらしい。
「今は冷やすだけでいい。自分で遣るから、もう下がって構わない」
執事に戻る様に指示する、翡翠の貴公子。
此れ以上言っても無駄な事を理解しているのであろう、執事は持って来た物だけを机に置くと、
「何かございましたら、直ぐに御申し付け下さい」
落ち着いた物腰で言って出て行った。
すると翡翠の貴公子は椅子に座った儘、上の服を脱ぎ出す。
其の翡翠の貴公子の行動に、白の貴公子は思わず内心ぎょっとした。
此処は更衣室なのだから当たり前の事なのだが、何処に目を遣れば良いのかと、
内心焦りまくる白の貴公子。
だが、そんな白の貴公子を救うかの様に、或るものが目に飛び込んできた。
「うわっ!! 何だ、其れっ・・・酷いな」
声を上げる白の貴公子に、翡翠の貴公子は自分の左腕を見下ろした。
彼の左二の腕は、拳大の大きな青痣が出来ていた。
よく見ると甲冑の左腕も大きく凹んでいる。
「御前な・・・・幾ら何でも自分の腕を盾代わりにするなよな」
「あの状況では、そうするしかなかった」
翡翠の貴公子はポットの水を深皿に注ぐと、布を其の水に浸し、片手で絞って痣に当てる。
見ているだけで痛々しく、白の貴公子は眉間を寄せた。
「そんなのでいいのか?? 罅が入っているかも知れないぞ」
すると翡翠の貴公子は、
「だろうな」
と淡々とした口調で言った。
「打撲で済むかと思ったが、あの副将、強かった・・・・」
言い乍ら、翡翠の貴公子は今度は薄い布を冷水に浸す。
白の貴公子は呆れて言葉を失っていた。
此の男は罅の入った腕で、ずっと手綱を掴んでいたと云うのか??
しかも其れで夏風の貴婦人と互角に遣り合っていたとは・・・・。
化け物め・・・・。
翡翠の貴公子は薄い布を当てると、片手で器用に包帯を巻き始める。
そんな翡翠の貴公子の黙々とした姿に、白の貴公子は「私が遣ってやろう」と云う一言が、
どうしても言えなかった。
何だか又、目の遣り場に困ってしまい、白の貴公子は、ちらりと翡翠の貴公子を見てみる。
細いが、よく鍛えてあるのだな、と思う。
無駄なく筋肉が綺麗についている。
男女問わず此の同族に惹かれてしまうのも、無理が無いのかも知れない・・・・。
肌なんて身体の内部まで透けて見えてしまいそうなくらい皓い・・・・なのに見えないのが、
ぞわぞわする。
こんな、うつ、く・・・・其処まで考えて、白の貴公子は勢い良く立ち上がった。
「ああ!! むかつく!!」
ドン!! と椅子を蹴る。
「御前と居ると、むかつくんだよ!! 此の軍人上がりめ!!」
白の貴公子は大声を張り上げると、ドシドシと足音を立てて更衣室を出て行った。
翡翠の貴公子は、よく判らないと云うように暫し扉を見ていたが、
グラスを手に取って水を飲むと、大きく溜め息をついた。
やっと終った・・・・と。
8話目は、闘技会での試合の最後となりました。
次が、締めの御話ですので、どうぞ息を吐いて読んで下さい。
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆




