(7)熱闘闘技会
背に翼を秘め、神秘な力を持つ異種たちの長い長い物語です。
この第七話は引き続き異種が沢山出ますが、
翡翠の貴公子と白銀の貴公子だけでも認識して貰えればOKです。
舞台に出た白銀の貴公子と翡翠の貴公子を、既に激しい黄色い声援が包んでいた。
異種の男子が二人揃って、しかも甲冑を纏う事なく其の麗しい姿を晒すのは、
闘技会四日目の今が初めてであった。
よって婦女子たちの熱も一層高まると云うものである。
「きゃあああ!! どうしましょう!? どっちも・・・・どっちも素敵だわ!!」
「ああ、私、もう、どっちでもいいわ!!」
「私、今日、勝たれた方の異種様と結婚するわ!!」
「私も!!」
婦女子たちの熱い声援が届いているのかいないのか、
翡翠の貴公子より頭半分背の高い白銀の貴公子は柔和に笑っている。
一方、翡翠の貴公子は普段通りの無表情である。
此の二人の一体どちらが上なのか、同族も観衆も手に汗を握っていた。
そして遂に開始の銅鑼の音が鳴った。
観覧席が波打ち始める。
最初に仕掛けたのは、白銀の貴公子だった。
大振りに振り翳して来た長棒を翡翠の貴公子が受け止めると、
二人はどっちも引かないと云う様に、ぎりぎりと押し合いする。
すると白銀の貴公子が棒越しに話し掛けてきた。
「せっかくの機会だ。告白をさせて貰うよ」
「??」
翡翠の貴公子は白銀の貴公子を押し払うと、軽く後ろへ下がって長棒を構え、首を傾げた。
「実は」
白銀の貴公子が一気に長棒をぶつけて来ると、連続して打ち込んで来る。
翡翠の貴公子は冷静に受け止めていたが、
「実は私は、夏風の貴婦人を愛していたんだ」
思わぬ白銀の貴公子の告白に、翡翠の貴公子は驚愕に目を見開いた。
其の隙を突いた白銀の貴公子の長棒に思いきり払われる。
翡翠の貴公子は後ろへ宙を一回転すると、着地をして体勢を整えたが、
其の表情には動揺が現れていた。
だが其処へ休む事を許さない白銀の貴公子が、物凄い速さで攻撃を仕掛けて来る。
「君たちが私の館へ来て、初めて彼女を見た時」
白銀の貴公子は縦横無尽に長棒を振り下ろし乍ら、話を続ける。
「なんて聡明でしたたかな女性だろうと、子供ながらに心を揺り動かされてね、以来、
ずっと彼女を愛していた」
目を瞠る翡翠の貴公子は防戦一方に回っていた。
速く重い白銀の貴公子の長棒に、がんがん押される。
すると、
「場外!!」
審判の声が上がり、翡翠の貴公子は、はっとした。
見ると、ラインから自分の踵が出ていた。
二人は一旦、長棒を下ろすと、舞台の真ん中へと戻る。
「始め!!」
審判の合図と共に、又も白銀の貴公子が打ち込んで来る。
そして話の続きを始める。
「だが彼女の目の先には、いつも君が居た」
翡翠の貴公子は白銀の貴公子の長棒を払うと、今度は自分から打ち込む。
「子供だとて、直ぐに悟ったよ。ああ、彼女は、君しか目に入っていないのだと」
白銀の貴公子は切れの良い翡翠の貴公子の長棒を受け止めると、嬉しそうに笑った。
「それから必死だったよ。君を追い抜きたくて」
白銀の貴公子が大きく横凪ぎに打ち込んで来た。
翡翠の貴公子は其れを受け止めようとしたが、一瞬、遅かった。
長棒は翡翠の貴公子の手を離れると、地面に転がった。
間髪を置かずに白銀の貴公子が打ち込んで来るのを辛うじて避けると、
翡翠の貴公子は直ぐに長棒を拾って応戦する。
だが其の表情は依然、驚きを隠せないでいた。
「こう見えても、私は負けず嫌いでね。
とにかく君の様に何でも出来る男になろうと、必死に努力したよ」
白銀の貴公子は柔和に笑っていたが、攻撃の手を緩め様とはしない。
「それから数えきれないくらい彼女に求愛したんだが、彼女は応えてくれはしても、やはり、
いつも君しか見ていなかった」
翡翠の貴公子は白銀の貴公子の長棒を払うと、反撃に出た。
だが白銀の貴公子は相変わらず余裕の笑みを見せていた。
「何度も諦めようかと思ったよ。彼女は君を愛しているし、
君も彼女を愛していると思っていたからね。横恋慕も、どうかと思っていたよ」
でも違った。
「君は彼女を一番愛していると云う訳じゃなかった。意外だったよ」
白銀の貴公子の其の言葉に、翡翠の貴公子が物凄い勢いで長棒を打ち込んで来た。
白銀の貴公子は咄嗟に両腕で長棒を持つと、何とか受け止めた。
ぎりりと歯軋りする翡翠の貴公子の目が珍しく怒りを放っていた。
「俺は彼女を、愛している」
夏風の貴婦人への気持ちを揶揄されたのが気に障ったのか、
翡翠の貴公子は珍しく怒りを露わにした。
翡翠の貴公子の激しい打ち込みに、白銀の貴公子は防戦に回る。
だが、
「なら、何故」
白銀の貴公子は力技で押し返すと、其のまま間を置かずに打ち込んで来る。
「何故、水の貴婦人を連れて来た??」
其の言葉に一瞬、翡翠の貴公子の動きが止まった。
其の隙に白銀の貴公子に思いきり長棒をぶつけられて、翡翠の貴公子は大きく後ろへ跳んだが、
とんとんと二度宙を回って地面に立つ。
だが其の表情は酷く困惑していた。
其処へ白銀の貴公子が凄い勢いで打ち込んで来る。
「君が二人の女性を同時に愛せる様な、器用な男だとは思っていなかったよ」
翡翠の貴公子は酷く狼狽していた。
そんな翡翠の貴公子に、白銀の貴公子は更に続けて言った。
「君が水の貴婦人を連れて来た時、私は、やはり夏風の貴婦人が欲しいと思った」
白銀の貴公子は翡翠の貴公子を場外へ追いやろうと容赦無く打ち込む。
「けれど、やはり、フラれてしまったよ」
白銀の貴公子は苦笑する。
「君が水の貴婦人を連れて来ても、それでも彼女は君しか見ていなかった」
初めて失恋と云うものを味わったよ、と白銀の貴公子は笑った。
だが其の白銀の貴公子の一打は重く、翡翠の貴公子は何とか躱すと、後ろへ下がる。
場外へ追い詰められた翡翠の貴公子は肩で大きく息をしていた。
今まで何とか互角に遣り合ってきたが、翡翠の貴公子は既に体力の限界が近かった。
そんな翡翠の貴公子の様子を見た白銀の貴公子は、一旦、長棒を下ろすと、
「おや?? もう御疲れの様だね」
軽く深呼吸をした。
「私が君に勝ったものと云えば、背丈と・・・・」
白銀の貴公子は微笑すると、
「今日の試合かな」
今迄にも増して凄い勢いで長棒を打ち込んで来た。
翡翠の貴公子は応戦しようとしたが、今の自分の体力で受けるのは無理だった。
最早、反撃に出る余裕はなかった。
此の儘だと、やられる。
そう思った時、翡翠の貴公子の長棒が空高く飛んでいた。
体勢を崩した翡翠の貴公子は地面に手を着いた。
すかさず白銀の貴公子の長棒が翡翠の貴公子の咽喉元に突き付けられる。
「・・・・参った」
翡翠の貴公子が静かに言った。
其の瞬間、終了の銅鑼の音が鳴った。
歓声が一気に沸き起こる。
翡翠の貴公子は立ち上がると、服の埃を払った。
白銀の貴公子は相変わらず柔和な笑みを浮かべている。
渦巻く歓声の中、二人は退場した。
其の光景を一部始終観戦していた異種たちは驚愕の表情を浮かべていた。
「白銀の貴公子が・・・・勝ったな」
ぼそりと白の貴公子が言った。
其の隣で金の貴公子は困惑した様に、わなわなと手を震わせていた。
「あ・・・あ・・・あ・・・・主が、負けた??」
頭を抱える。
「うおおおお!! 主が・・・・主が・・・・落ち込んでいるかも知れない!!」
なぐさめにいかねば!!
思わず立ち上がろうとする金の貴公子の髪を、白の貴公子が引っ張った。
「行かんでいい」
阿呆か、御前は。
其の隣で漆黒の貴公子も「同じく・・・・」と頷く。
一方、異種の貴婦人たちも驚きの声を上げていた。
「白銀の貴公子が勝ったわ!! 凄いじゃない!!」
感嘆を上げる白の貴婦人を、蘭の貴婦人がギロリと睨んだ。
「あんなの無しよ!! 無し!! どう見たって、主、疲れてたもの!!」
「でも負けは負けだわ」
「五月蠅~~い!! 負け負け言わないでよね!!」
蘭の貴婦人は、めい一杯、頬を膨らませる。
そんな蘭の貴婦人を余所に、春風の貴婦人が真っ赤になって口許を手で押さえていた。
「ふふ、良かったわね」
蒼花の貴婦人が話し掛けると、春風の貴婦人はこくりと頷いた。
「まぁた、あんたは、惚れ直したんでしょう??」
夏風の貴婦人が、わはは!! と笑うと、
春風の貴婦人は耳まで真っ赤になって顔を両手で覆い隠した。
結婚して何年経とうとも、初心な春風の貴婦人である。
「でも何か、あいつ等、話してるみたいだったわね」
夏風の貴婦人が首を傾げ乍ら言うと、他の貴婦人たちは目を白黒させた。
「ええ?? そうなの?? 此処からじゃ全然判らなかったわよ」
皆、一様に頷く。
「ううむ。私の気のせいかも知れないわ」
はっきりしない顔で夏風の貴婦人は腕を組んだ。
流石の彼女も、よもや自分の話が競技中にされていたとは、思いもしなかったのである。
控え室に続く通路で、白銀の貴公子が翡翠の貴公子の肩を、ぽんと叩いてきた。
「今度は君の体力が万全の時に、手合わせ願うよ」
そして「今日の告白、驚いた??」と問うてくる。
翡翠の貴公子は、しみじみと頷いた。
「・・・・驚いた」
昔、長い間、白銀の貴公子と同じ屋根の下で生活していたが、
翡翠の貴公子は夏風の貴婦人と白銀の貴公子の関係には全く気付いていなかった。
二人は更衣室に入ると、翡翠の貴公子がテーブルに用意された二人分のグラスに水を注いだ。
白銀の貴公子はグラスを受け取り乍ら笑う。
「君のそう云う疎い所は、流石に真似出来ないが」
そして、やや首を傾げて言う。
「そんな君が何故、水の貴婦人と付き合っている??」
「・・・・・」
「何度考えても水の貴婦人の様なタイプの女性に、君が惚れるとは思えないんだが」
「・・・・・」
翡翠の貴公子はグラスを握り締めたまま椅子に腰掛けると、黙りこくっていた。
やはり困惑の表情を浮かべている。
夏風の貴婦人を愛していると、はっきりと言った翡翠の貴公子が何故、
水の貴婦人と付き合っているのか、其の真相を白銀の貴公子は訊きたいところだったが、
今日のところは辞めておくかと、着替え始める。
そして軍服を纏うと、
「では先に失礼するよ」
柔らかく笑った。
「ああ」
翡翠の貴公子は頷く。
彼は、もう少し休んでおくつもりの様だ。
「あ、それと」
白銀の貴公子が振り返り様に言った。
「今日の話は、妻には内緒だよ。今は妻を一番愛しているからね。
余計な心配はさせたくないんだ」
そう小さく囁いて出て行った。
一人残った翡翠の貴公子は白銀の貴公子の問いに、自分でも何故か判らないと云う様に、
呆然としていた・・・・。
闘技会、最終日、其の盛り上がりは前回の闘技会を遥かに越えたものであった。
どの競技も強者ばかりが残り、一つ一つの試合は実に濃い内容になっていた。
更に各試合で優勝者が決定する為、其の賞金を得たチームの盛り上がりも凄いものであった。
午前の部では棒術が行われ、
異種たちが最も注目していた夏風の貴婦人と白銀の貴公子の対戦では長時間の試合の末、見事、
夏風の貴婦人が勝利を収めた。
そして舞芸、弓技、体術、一騎打ちと競技が終了していき、今回、最後の闘技会の試合は、
やはり騎馬戦で幕を閉じる事となった。
一つ一つの試合が長引いていた為に、騎馬戦が始まる頃には既に西の空が赤く染まり始めていた。
翡翠の貴公子が甲冑を纏って待機場へ行こうとすると、誰かが声を掛けて来た。
「主様」
声を掛けて来たのは、翡翠の館の執事であった。
「駿馬を御用意しておきました。御健闘を御祈り致しております」
一回目の試合で翡翠の貴公子が駿馬を補佐員に訊ねていたところを聞いていたのであろう。
執事は何処から工面したのか、駿馬を用意していた。
「其れは助かった」
翡翠の貴公子は礼を言うと、待機場へと向かった。
7話目は、引き続き異種が全員出て来て、済みません。
基本的に、夏風の貴婦人と翡翠の貴公子の二人を想像して貰えたら大丈夫です。
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